第12話 思いがけない事故
学校からの帰り道、ゆきと勇太はいつもの様に自転車を気持ちよく飛ばし、二人並んで走っていた。この辺りの道は視界はよく、遮るものはほとんどない。田んぼや畑などの間を縫う道を過ぎ、街に入った辺りだった。二人はどんどんスピードを上げた。ゆきは勇太の方を向きながらおしゃべりに夢中になっている。交差点に近づいてきたが、ここもすんなりと渡れそうだ。信号機のない交差点だが、普段車の通りはほとんどない。
そのまま直進していたその時大きな音がした。視界にトラックが入った。トラックからの距離は数十メートルはありそうだったが、かなりのスピードでこちらへ向かっていた。アッと思った時にはすくそばまで来ていた。勇太たちの進む方向には停止の表示があったのだが、いつも車が来たためしがなかったのでそのままいつも直進していた。自転車もかなりのスピードが出ていた。
「危ないっ!」
勇太が叫んだが、ゆきの方が先を行っていた。
「ダメだゆき、止まるんだ!」
その時咄嗟の判断で、勇太は、ゆきの自転車に体当たりする形で突っ込んでいた。体を張って制止しようとしたその時、ゆきの自転車はバランスを崩して横転した。勇太の方がほんのわずか前に出る形になった。
「まずいっ! トラックにぶつかる!」
ようやく事態が呑み込めたゆきは、地面に転がり勇太の名を呼んだ。
「勇太君!」
勇太は、力の限りブレーキをかけ脚を突っ張った。ドスンという衝撃の後、自転車は跳ね飛ばされた。勇太はその衝撃で自転車から投げ出されふわりと宙を舞った。ああ、このまま何処かにぶつかってしまうのか。地面にたたきつけられるのか。それとも……。
最悪、車の下敷きになってしまうことも覚悟した。別の世界へ来て、再びまた消えてしまうんだろうか。そうなったら、本当の自分は存在できるんだろうか……。
次の瞬間、足と腰に衝撃が走った。投げ出された体はトラックの向こう側に跳ね飛ばされ、宙を舞ってから地面にすとんと落とされた。体はくるりと転がり膝を思いきり地面に擦り付けていた。長ズボンを履いていたからいいものの、ヒリヒリした痛みが下肢を襲った。
数秒経ち、そっと目を開けた。ああ、意識はある。手足を見ると大きく怪我をしているところはなかった。この体は無事だったのだ。
「勇太君! 勇太君!」
叫び声が聞こえた。
トラックが少し先で止まっている。運転手の男が降りてきて、青ざめたような顔をしてこちらに駆け寄ってきた。勇太は彼の姿を捕らえると、座ったまま手を挙げて合図した。座り込んではいるものの、勇太の座っている姿を見ると少しほっとしているようだった。
「君、大丈夫か! 救急車を呼ぼう。どこか痛いところはあるかい」
「足を打ったようです。それ以外は、この通り頭や腕は何ともないようです」
ゆきも、こちら側へ渡り駆け寄ってきた。
「勇太君、私が話に気を取られてたからっ!」
「いや、二人とも不注意だった」
勇太は、足に力を入れ立ち上がろうとした。痛みはあったが立ち上がることができた。骨には異常はなさそうだ。制服のズボンをまくり上げ地面に擦り付けられた足を恐る恐る見ると、皮がむけ皮膚の一部が切れて血が滲んでいた。心配なので、念のため運転手が救急車を呼んでくれた。救急車にはゆきが付き添った。これぐらいなら、皮膚を縫合して消毒するぐらいで済みそうだ。勇太は、救急車の中でも少し安どしていた。
病院に着き救急用の出入り口から入りすぐ医師に診察してもらった。
「早く治るように、念のため傷口を縫合しますね。保険証は持っていますか」
「あ、すいません。実家に置いてきてしまったようです」
するとトラックで後を追った運転手が言った。
「私が全額立て替えておきます。それから何かあったら、ここへ連絡してください。警察にも連絡したので、私はこれから警察署へ行ってきます」
そう言って、勇太に住所と電話番号氏名が書いてある紙を持たせた。
「傷跡は残ってしまうわね、勇太君。御免ね」
「いいんだ。気にしないで」
勇太は包帯を巻いてもらい、家に帰ることにした。
「自転車も置いてきちゃったね」
「道の端に止めてあるから明日取りに行けばいいわ。この辺じゃ止めといても捕られることなんかないから」
運転手にもらったタクシー代を握りしめ、二人はとぼとぼ病院からの道を歩いて帰った。大した怪我じゃなくてよかった。だけどあの時車に押しつぶされて死んでしまったら、自分はこの世から本当にいなくなっていたのだろうか、と身震いしていた。
一週間ほどで傷はすっかり塞がり、小さな傷跡が膝がしらに残った。以前はなかった傷だった。その傷跡を見る度、ゆきはごめんね、ありがとう、と言って申し訳なさそうに撫でてくれた。
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