第8話 放課後はサイクリング
ゆきの後をついて自転車のペダルをこぐ。大体の道筋は頭に入った。学校帰りに周辺を自転車で散策し、街の概要はつかめてきた。家から駅へ出たら、駅前には商店街があり、写真館や時計や米屋などの個人商店も健在だった。勇太はこの街の佇まいがたまらなく懐かしい気がした。まるで昭和のテーマパークにいるようだった。
「ゆき、この街は昔からあまり変わっていないの?」
「そうよ。私が子供のころから全然変わってない」
「多分その前、昭和のころから変わってないんだろうな」
「私が生まれる前からこんな感じだったんだと思う。両親が子供の頃もこんな街並みだったらしいから」
だから、ものすごくレトロな感じがするのだが、それは勇太が子供のころと似ているから懐かしさを感じたのだ。
「勇太! 今日は部活がないから、帰りにちょっと寄り道して行こうか?」
「どこへ」
「町はずれに自然公園があるし、川へ降りることもできる」
「よし、行こう。放課後ね!」
「じゃあ愛理も誘ってみよう」
「うん」
これはいいなと、今からわくわくしてきた。三人で、放課後にデートするなんて、自分の高校時代にはできなかったことだ。週に三回ほどのバレー部の練習は男だけだったし、すぐ帰宅したところで、デートをするわけでもなかった。家でゲームをしたり、本を読んだり、一人で過ごす時間が多かったような気がする。こんな過ごし方もあるんだ。
「今から楽しみだ!」
「へへ、そうでしょう。じゃあちょっと飛ばすわよ!」
「よ~し」
ゆきは、スピードを上げて自転車をこいだ。勇太が寝坊してしまった分だけ、取り戻さなければならない。車もさほど多くないし道幅も広い。遠くまで見渡せるので、どんどんスピードが上がった。風を切って走ると気持ちがいい。
「ちょっと飛ばしすぎだあ!」
「そうお。気持ちいいねえ!」
「ヤッホー!」
曲がり角まで来たところで、ゆきがスピードを緩めた。
「わおう、もうすぐ着くよ」
「よっしゃー!」
川の流れは緩やかで、日の光を受けてキラキラ光っている。勇太が訊いた。
「この川深いのかなあ」
「それほどでもないけど。でも、一メートルぐらいはあるんじゃないかなあ」
「意外と浅そうに見えるけど、もっと深いんじゃないかな」
「そうかもしれないね。あと少しよ」
「どうやら間に合いそうだ」
「よかったあ……」
駐輪場に着いた時には、汗をかいていた。額の汗をぬぐいながら教室へ入った。愛理の姿を見ると、昨夜の夢がよみがえってきた。朝のホームルームまであと五分ぐらいある。確かめてみよう。
「愛理さん。おはようございます」
「あら、勇太君おはよう。慌ててきたのね」
「出発した時間がぎりぎりだったもんで……飛ばしてきました」
「愛理さん」
「愛理でいいわよ」
「では、愛理」
女性を名前で呼ぶ何て、しかも「さん」を付けないなんて。
「何ですか?」
「愛理の将来の夢は何ですか?」
「何になりたいかってこと?」
「突然こんなこと訊いちゃってすみません」
「別に謝ることはないけど……そうねえ、何がいいかなあ。色々あって迷っちゃうわよ」
「得意なことがたくさんあっていいですね」
「そうじゃなくて、何ができるのかわからないから……」
「あのう、医療系とか興味ないですか?」
「看護師とか薬剤師とか、理学療法士とか、そういうのね。あるわよ。それから、銀行とか会社務めとか、何もなかったら家で働くわ」
「家で、というと……家業ですか?」
「そうなの。家は代々味噌屋をやってるの。手作り味噌を売ってるのよ。だけどだんだん売り上げが芳しくなくなっちゃってさ」
「ああ、それだったらネット販売、いやいや通信販売をするといいですよ。宣伝効果は大きいですから。写真を撮ったりして、それをSNS、いやいや消費者に見てもらうんです」
「へえ、勇太君経済の事詳しいんだ。でも、話すとき敬語遣わなくてもいいよ。同級生なんだから」
「あっ、そうだったな。これからは気を付けるぜ」
「医療系は、候補の一つではあるんだけどね」
「ぜひ、頑張ってくださいっ! 期待してます!」
「ふ~ん、勇太君て不思議な人ね」
どうにか愛理さんに訊くことはできた。将来看護師をやっている可能性は高そうだ。きっとあの時の声は愛理さんなんだ、と思うとまたあの夢を見るのが楽しみになった。
授業はあっという間に過ぎ、放課後がやってきた。ゆりが愛理を誘ってくれた。
「愛理、放課後一緒に自然公園まで行かない? 勇太君を案内するつもりなの……」
「そうねえ、どうしようかなあ」
勇太も一緒に誘った。
「愛理さん! 一緒に行きましょう。案内してくださいっ!」
「そうねっ」
男勝りで強引なゆきと、可愛い愛理さんと一緒に放課後デートができる。勇太は心軽く自転車に乗り二人の後について行った。
街の景色を見ながら少し走ると、家がまばらになってきた。ところどころに畑が見えるようになり、木々の緑も鮮やかだった。愛理さんが言った。
「この辺は田舎でしょう?」
「のどかで、いいところです」
都会に住んでいると、畑を見ることはほとんどない。たまに家庭菜園がわずかにあるだけだ。
「さて、ここに自転車を止めて」
「ああ、中へは歩いて行くんですね」
「森を探検するようなものよ」
「わくわくするなあ」
公園の前には駐輪場も特になかったので、前に自転車を並べておいた。自然公園と書かれた看板の向こうを見ると、森の中の散策路の様になっていた。三人は、看板を通り過ぎ歩き始めた。一歩公園に入ると、木々が生い茂り道は木陰になっていた。
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