第6話 ゆきのいるダンス部へ

 勇太は吉田先生に挨拶して化学室を出た。


 そうだ、ゆきはダンス部に入っているんだった。ダンスの練習を見に行こう。


 次は体育館へ向かった。体育館では音楽に合わせて三十人ほどの生徒たちが踊っていた。勇太はお辞儀をして隅の方で練習風景を見た。目につかないように体を半分隠し、顔だけをそっと横から出してみていたつもりだった。すると女性の声がした。


「ちょっと、そこで見学している男子!」

「……え……」


「そこの君!」

「……僕ですか?」


「そうよ。ちょっと見学するなら中へ入ったら?」

「……あ、ああ」


 そんなしっかり見学するつもりはなかったのに。勇太は床をそろそろと歩いて練習場所に近寄った。すると、ゆきが声を掛けた女性にいった。


「彼は交換学生の正木勇太君です。家にホームステイしている子です」

「あら、そう。じゃこっちで見学して。入りたかったら体験入部してもらってもいいわよ」


 すると口々に声が上がった。


「男子は少ないから、入ってみたら」

「やってみたらどう?」


 勇太はしり込みしてしまった。ほんの少し見ただけだったが、皆柔軟な体をしていて、動きもきびきびしていて美しい。ちょっとやそっとでできそうな気がしなかった。ところがゆきは、勇太にいった。


「あら、やってみるだけならいいんじゃない。体験入部だけでもいいわよ」

「……そうかな」


「そうそう、何事も経験!」

「……う~ん……」


「じゃあ、こっちで着替えてきて!」


 勇太はステージ脇へ連れてこられて、着替えをすることになった。ゆきはかなり強引なところがある。


 勇太は着替えをして、先ずは柔軟運動をした。床に足を開脚した状態で、手を思いきり前屈する。日ごろ全く運動していないせいか、体はなり固くなっていて、ゴキゴキ音がしそうだった。それでも少しづつ体を慣らしていった。ある程度体が柔らかくなったところで彼らのダンスを見よう見まねでやってみた。腕を体の上部で回転させたり、体を捻ったりステップを踏んだり、見ている以上に難しかった。コーチは時折勇太の方を見ては、手加減しながらアドバイスした。


「そう、そこで回転して」

「はいっ!」


「ステップ、ステップ」

「あああ、はいっ!」


 一時間ほど体を動かしていたら、汗びっしょりになっていた。一曲通して踊ることになり、皆決められたポジションで踊り始めた。勇太は当然中には入っていなかったので、その時は中に入らず自由に手足を動かして踊っていた。自己流ででたらめな動きだったのだが、コーチはちらちらとその姿を見ていた。よく音楽ビデオで曲に合わせてダンサーが踊ったりするのがあったが、それを思い出して適当に振り付けをしていたのだ。


 曲が終わった時、部員たちやコーチがこちらを見て言った。


「ダンス始めてなんて、本当なの?」

「振り付け決まってたじゃない。かっこよかったよ!」


 生徒からそんな声が上がった。そんなにうまいものではなかったが、見覚えのあった振り付けをまねしていたのだ。でもこれはまずいんだろうな。この時代の人たちは見たことのない振り付けだから。


「じゃあ、僕はそろそろ失礼します」

「あら、もう行っちゃうの。気が向いたらまた来てください」


 コーチは、勇太にそう声を掛けた。勇太の体は一時間踊っただけでかなり痛くなっていた。俺はいつまでこっちの世界にいることになるのだろう。本当の俺は生きているんだろうか、それとももう死んでしまったんだろうか。それすらもわからず、勇太は自転車にまたがり帰宅の途についていた。


 自転車に乗って風を受けていると、川面を渡ってくる春風は優しく、木立の緑は鮮やかになっていた。太陽はいつもと同じように照らし、沈んでいく。

 

 ゆきの家へ帰るとおばあちゃんの照代さんが迎えてくれた。


「失礼なことを聞くようですが、照代さんは今何歳ですか?」

「私は七十三歳ですよ」


「まあ、年なんか聞いちゃって。老けて見えますか?」

「いえ、若く見えます。八十歳ぐらいかなと思いました」


「お茶でも淹れますよ」


 照代さんは、お茶を淹れてくれた。このおばあちゃんは俺の本当の時代では生きているんだろうか。その時まで元気でいたら、八十六歳だ。そう考えるとおばあちゃんといる時間はものすごく貴重な時間なのだと思う。


「お元気そうでいいですね」

「そんなことはないのよ。歩くのが大変でね」


「いつまでもお元気でいてください」

「まあ、優しいのね。勇太君は。若い人はそんなこと言ってくれないわ」


「元気なのが当たり前だと思っているからですね」

「不思議なことをいう子だね」


「えへへ」


 勇太は部屋へ入り、持たせてくれたお金と、ポケットに入っていたお守りを見つめた。このお守りだけが僕がここへ来た証拠だ。これだけは肌身離さす持っていよう。

勇太は、床にごろりと横になった。これで眠ってしまったらまた元の世界に戻れるのだろうか。じっと目をつむって体を動かさずにいた。夕食までにはまだ時間がある。勇太はうとうとして、少し眠ってしまった。


 はっとして目を開けた。オレンジ色の光が部屋に入っていた。そこは元のゆきの家で、何も変わっていなかった。まだまだこの世界にいろということか。いつか突然死神が再び現れて病院に戻されるか、体が世から消えてしまうのだろうか。勇太には見当もつかなかった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る