第3話 高校生は若い
ゆきさんの声がした。
「さあ勇太、支度はもうできたでしょ。学校へ出発よ!」
「これでよし。学校へは何で行くんですか?」
「自転車よ。一台用意してあるからそれに乗って、私の後に着いてきてっ!」
「は~い」
制服はこれで良し、鞄は持った。お金を少し持って行こう。キッチンからは美紀さんの声がしている。
「お弁当作っておいたから持って行ってね、勇太君」
「どうもすいません。お……」
「おばさんでいいわよ」
「おばさん、お世話かけます」
「礼儀正しいのねえ、勇太君は」
「いや、そんなことはありません」
「しっかりしてるわ」
ああ、いけない。サラリーマン時代の癖が抜けない。気さくに話すことが出来なくなってしまっている。勇太は弁当を掴み、自転車に乗った。
ところでここはどこの街なんだ。住所表示を見ながら自転車をこぐ。昔風の平屋の建物が多く、所々にアパートやマンションなども見える。地方都市のどこかだろう。
「ここは……」
「ここはあ、南川市、ほら向こうに橋が見えるでしょ。あの下を流れるのが中川。川の南にあるからこっちは南川市」
「すると向こう側は、北川市?」
「あったりーっ、その通り!」
南川市? ふ~ん、なるほど。納得などできなかったが、覚えておくしかない。
「そしてこれから向かう高校は?」
「南川高校に決まってるでしょ」
「ボケちゃってごめん。色々忘れちゃって」
「そのようね。自転車で十分ほどで着くからね。距離にすると二キロぐらい」
「おお、毎日自転車通学とは健康に良さそうだな」
「うん。健康のこと考えるなんて偉いわね。でも、ちょっとおっさんみたいよ」
「あっ、ああ、地元では電車通学だったもんで……」
「ここはバスも少ないから、自転車通学の子が多いのよ」
「それは、大変だな」
「まあね」
俺たちは、川沿いの道を走り交差点をいくつか通過した。
「さあ、そろそろ着くわよー!」
「うん、緊張するなあ」
「そんなに緊張することないって! 高校生同士なんだから、気さくにやってよ!」
「はいっ!」
会社には電車で毎日通っていた。移動の途中を歩くのみで、最近は運動らしい運動をやっていなかったから、自転車通学はいい運動になるだろう。
「着いたわ。ここよ!」
門を入ると広い駐輪場があり、その向こうには四階建ての校舎が建っていた。校舎はお洒落な煉瓦色をしていてレトロな建物だった。真ん中部分だけが五階まであり、その上には時計が掛けられていた。
「凄い、お洒落な校舎だ!」
「まあね。この校舎は自慢よ」
二人は駐輪場に自転車を止めた。
「ああ、いい運動になった」
「また行ってる。おじさんみたいよ」
「そうかな」
「まあ、いいや。行こう」
ゆきは自転車から降りてすたすた歩きだした。後ろ姿を見ると、スタイルが非常にいい。脚も筋肉質で引き締まっている。何か運動をしているのだろうか。
「ゆきは、部活は何かやってるの?」
「ダンスよ。ダンス部に入ってるの。勇太も入る。結構練習きついけどね」
「いや、遠慮しとく。俺はバレーボールをやってたんだ」
「やってたって。もうやめちゃったの?」
「いや、いや、今でもやってるけど。最近さぼり気味だったんで、うまくできるかわからない」
「今度やって見せてよ。約束ね」
「じゃあ、練習してから」
「さあ、今日は最初だから職員室へ行かなきゃ。こっち、こっち!」
既に生徒たちが廊下を歩いている。お揃いのチェックのスカートやパンツ姿の十代の若者たちは、声のトーンが高く様々な言葉がこちらへ飛び込んできた。
「ねえ、あの子転校生かな?」
「なーに、あの髪型。ダサくない?」
「どこのクラスに入るのかしら?」
雑音のようでいて、しっかり意味は伝わってくる。
ゆきと勇太は職員室へ入った。ゆきは、若い女の先生の前で止まった。
「先生、連れてきました。昨日から家にホームステイしている正木勇太君です」
彼女は顔を上げて勇太を見た。勇太の心臓がビクンと跳ねた。こんなチャーミングな女性うちの社では見たことがなかった。俺が気付かなかっただけなのか。印象よくしとかないとな。
「よろしくお願いします。素晴らしい校舎で、環境抜群ですね。生徒さんのしつけも素晴らしい」
「まあ、面白い子。よろしく。私は吉田はるかです。一緒に教室へ行きましょう」
勇太は担任に連れられて教室へ入った。ざわざわしていた教室が静まり返った。何だ俺はどこか変なのかな、と勇太は一瞬焦った。が、それもつかの間だった。
「こちらは今日からみんなの仲間入りをする、姉妹校から来た正木勇太君です。この街へ来るのは初めてだそうだから、分からないことがあったら教えてあげてください」
「よろしくお願いしま~す」
勇太はお辞儀した。その時くすくすと教室のあちこちで笑い声が上がった。まずい何か失敗をしでかしたかな、と担任の方をちらりと見た。いつもの習慣で、お辞儀はお客さんの前では腰を四十五度の角度で曲げる。ついその時の癖が出てしまったのだ。いけない、いけない。
「勇太君はとっても礼儀正しいのよ」
「えへへ……」
勇太はズボンをいつもより少し腰へずらした。この方が今どきの高校生に見えるようだ。髪の毛もきちんと梳かさないほうがいいようで頭をポリポリかいてくしゃくしゃにした。
「席は、後ろから二番目の鈴山愛理さんと、ホームステイ先の水島ゆきさんの間ね」
ここで、「ほーっ」というため息が男子の間から上がった。この席は男子にうらやましがられる席、ということなのだろう。その理由は明白だった。鈴山愛理は、クラス中どころか学校中でも目立つ存在だと思われた。制服姿ではなく、もし私服で俺の会社にいたら男性社員が放ってはおかないだろう。声を掛けられまくり、デートの誘いを断るのが大変なのではないだろうか。俺だって声を掛けているかもしれない。ただ相手にされるわけがないが。こんなことを考えながら、勇太は鞄を肩にかけ直し、体をゆらゆら揺らしながら特等席に座った。こういう歩き方が高校生っぽいんだよな、と思いながら。そして、さりげなく彼女に挨拶した。
「正木勇太です、よろしく」
右手を軽く頭の横に持って行き、手を振った。
「まあ、面白い人……」
そう言って彼女は、くすっと笑った。彼女が笑っている! 俺にもう一度青春がやってくる! と勇太の心はふわふわと舞い上がっていた。
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