化け物の生きる道

「あ、お兄ちゃん今日は仕事?」


 次の日、俺は仕事のため朝早く起きた。

 ラジオ体操でもするつもりだったのか、妹も既に起きていてオレンジジュースを飲んでいる。

 昨日と同じように俺にもそれを注いで、差し出してくれた。

 天使である。


「ああ、今日は早出だ。きのうちょっと寝るのが遅かったからな。少ししんどいが……」


 少年におじさん呼ばわりされるのも無理はないか……。


「えーなに? 夜遊びしてきたの?」

「馬鹿なことを言うんじゃない」


 からかうように言ってくる妹にそう返して、俺は洗面所へと向かった。

 顔を洗えば少しはすっきりする。ばしゃばしゃと顔を洗いタオルで水を拭いていると、ふと、鏡が目に入った。


「……」


 そこに映った俺の目は、やはり光を反射しない真っ黒だった。


「なあ、妹よ」

「なに?」


 リビングにいる妹に話しかけると、返事があった。


「あの連続小動物殺傷事件はな、もう起こらないぞ」

「ほんと!? 犯人捕まったの!?」

「正確には事件でないから、逮捕もなにもできんと言うに。まあでも昨日の夜、もうあんなことはしないと言っていたぞ」

「よかったぁ……」


 心底安心した声が聞こえた。きっとソファにへたりこんでいるのだろう。

 命の尊さを知る妹。

 天使である。


「これでもう、猫ちゃんたちが殺されないで済むんだね」

「まあな。少しは安心したろ」

「うん! お兄ちゃんのおかげだね!」


 お兄ちゃんはいつも、私のことを守ってくれるよね、と妹は言った。


「不安なことがあるとすぐに解決してくれてさ。なんでお兄ちゃんて、いつもそうなの?」

「おまえのことが大切だからだ」


 まじりっけなしの本音である。

 だが妹は俺の真剣なセリフを、笑いで受け止めてくれた。


「なにそれー。まあいいけどさ」


 明るい笑い声と共に、妹がパタパタと移動していく足音が聞こえる。

 きっと朝食でも用意しに行ったのだろう。今日も妹の周りは平和だ。それでいい。

 そのために俺は、昼間も夜も、こうして動いているのだから。

 俺は洗面所を出て、朝食を食べるために台所に移動した。

 妹が卵を焼いたりパンにバターを塗ったりしていた。うむ。絶対に嫁にはやりたくない。

 ご相伴に預かり、支度をして俺は玄関に向かう。


「お兄ちゃーん。忘れ物ー」


 靴を履いていると、妹がリビングから小さな手帳を持って駆けてきた。

 ああ、本当にぼんやりしているな。それを受け取って、俺は妹に礼を言った。


「もう、お兄ちゃんたら。それ、大切なものじゃない。忘れちゃだめだよ」

「すまん」


 俺はを胸ポケットにしまった。

 大切な商売道具だ。忘れるわけにはいかない。

 そう、パトロールが強化されることは、ニュースではなく署内の連絡で知った。

 昔調べた法律の知識は、今でも役に立っている。

 自転車の警察官は顔見知りだ。非番で私服だったため、近づくまで俺だとはわからなかったようだが。

 少年は警察の人間でないと判断したようだが、俺は肯定も否定もしていない。嘘はついていない。おじさんは否定したけれども。

 人のフリをし続けて――俺は、警察官になった。

 昼夜通して妹を守るために。


「じゃ、今日も町の平和を守るためにがんばってねー」

「うむ。いってくる」


 妹の声を背に受けて、俺は玄関の外に出た。

 とたん、夏の暑さと日差しが俺を突き刺す。

 けれどもう、そんなものには怯えなかった。


 捕まるなよ、少年。

 真っ黒な瞳のまま歩きつつ、俺は昨日の夜のことを思った。


 俺たちは化け物だ。だが、生きていていい。

 仲間に会うことだってある。天使を見ることだってできる。

 それになりより。

 人のフリをし続ければ、こうして大切なものを守るために。


 正義の味方にだって、なれるのだから。

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イキモノを殺してみたいと思ったことのある君たちへ 譜楽士 @fugakushi

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