第4話 誘拐と引き際

早朝、我は馬車の荷台で揺られていた。

荷台には穀物や果物、毛皮に酒などが所狭しと詰め込まれており、

とても快適とは言い難い乗り心地である。


同乗者である三人に目を向けると、小さくなっていく村を心配そうに

眺めている。我は思わずため息をついた。


「のぅ、人の子よ。そんなにも村が心配ならば、誰か引き返せば良いではないか」


「う、うるさいわね!! 別に心配なんかしてないわよ!!」


我の言葉を否定して、村の方角から目をそらすフィーナじゃが、やはりソワソワと

落ち着かない様子である。


「なあ、いくら村長の指示とはいえ一人ぐらいは村に残った方が良くないか?」


「いいえ、私たち全員が残ったとしても、昨日のような大量の魔獣を相手に

村を守ることは出来ないです。悔しいですが村長の言う通り、この金ぴか鎧を

王都まで連行した後で騎士を村へ派遣してもらえるように頼みましょう」


ローラが指をさしたもう一人の同乗者である金ぴか鎧は、不服そうな面持ちで荷台に横たわっていた。ローラに魔法で身動きを封じられ、更にはジェニーに縄でぐるぐる巻きにされており、少しかわいそうになってくる。


「そういえば、フィーナたちは王都へ何度か訪れておるのか?」


「あぁ、いくら村専属の冒険者って言ってもずっと村だけで依頼を

するわけじゃないぜ? 今だってこの荷馬車の護衛をやってるわけだしな」


そういってカラカラとローラが笑うと、荷台の前方から商人の声が飛んできた。


「おい、冒険者さんよぉ。護衛だっていうなら喋ってばっかり居ないで少しは周りを警戒してくれないかねぇ?」


「安心して頂戴、私たちはさぼってるわけじゃないわ。

こう見えても周りは警戒してるのよ? 村に来た時もこんな感じで

喋っていたけど、魔物の襲撃にはちゃんと対応してたでしょ?」


「そうかい? それならいいんだけどよぉ」


そういって商人は再び前を向いたが、少し落ち着かない様子であった。

ソワソワと周りを見回しては、馬を走らせている。

すると、少し小声でローラが話し始めた。


「やはり、昨日のことで商人さんも少し怯えてしまっているようですね」


「あぁ、無理もねぇさ。しかし、商人さんは運がねぇな。

この荷台の商品を納入する期限が無けりゃ、私たちが騎士を呼んでくるまで

村に留まることも出来ただろうに」


「まあ、おかげで私たちは楽をさせて貰えるけどね」


フィーナが苦笑交じりに言うと、ジェニーも苦笑しながら肩をすくめた。

会話が一区切りついたようなので、我はフィーナたちに問いかける。


「ところで、王都へはどれ程の時間で着くのじゃ?」


「んー、夕刻までには着くはずだぜ? 少し長旅だが、

歩きだと野宿しなきゃいけなかったから、馬車が使えて助かったよ」


「このまま何も起こらなければ良いんだけ良いんだけど」


フィーナが呟いたと同時に、馬車の進行方向に突然何か気配が現れる。

ふむ? この気配、何か妙な感じがするが……


「商人さん馬車を止めて下さい。

フィーナが余計な事を言うせいで面倒ごとがやってきましたよ」


「はぁ!? これ私の責任なの!?流石に難癖付けすぎでしょ!!」


「まあ、せっかくのお客さんだ。もてなしてやろうぜ」


三人が馬車を降りるのに続いて我も馬車から外へ出る。

視線の先には、長く白い髪に浅黒い肌をした娘が立っていた。

一見普通の人の子じゃな、背中のコウモリのような翼を除けば。


「人の子よ、なんじゃあれは。我はあんな存在は見たことが無いぞ」


三人は緊張した面持ちでそれぞれ武器を構える。

我の言葉にジェニーが不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「ああ、私も見たのは初めてだが何なのかは知ってるぜ」


「まさか、こんなところで魔人に出会えるなんてね」


フィーナの言葉に我は首をかしげる。

魔人? いかんなぁ、目覚めてから我の知らないことばかりじゃ。

目の前の存在は、間違えなく人の子であるはずだが魔物の気配が混じっている。

まるで、人の魂と魔物の魂を強引に混ぜ合わせたような……?


「……お初にお目にかかります。突然の訪問、どうぞお許し下さい」


突然喋りだしたと思えば、丁寧な口調でお辞儀までして見せる魔人。

警戒を解かずにローラが対話を試みる。


「丁寧な対応に感謝します。しかし、一体何の用で――」


「お迎えに上がりました。力の男神、武神様」


ローラの言葉を遮って、魔人は興味深い言葉を口にする。

……ほう? 人の子の中にはまだ我のことを覚えている者もいる様じゃの。

それはそうと、フィーナたちめ驚いておるな。

我が神だということを漸く信じる気になったか。


「う、うそ……。あんた、本当に神様だったわけ!?」


「いや、そこは重要じゃないぜフィーナ」


「はい、何故タケルさんのことを魔人が知っているのか。

そもそも、何故今頃になって魔人が現れたのかなど聞きたいことはありますが、

今は彼を魔人から守るのが先決です」


フィーナたち三人は完全に戦闘態勢に入っている。

おやおや、こやつ等はまだ我がどんな存在なのか理解してない様じゃのぅ。


「まあ待て。魔人だか何だかは知らぬが、我があのようなひよっ子に

後れを取るはずが無いじゃろう。任せておけ」


我はフィーナたちの前に立つ。我の実力は昨日見せたためか、

特に異論は無いようじゃな。まあ、気配は少しおかしいが人の子相手に

本気も不味い。上手く加減をしてやらねばな。


「さあ、かかってくるが良い」


「……では、失礼します」


魔人は歩いて我の目の前まで移動すると、我の手を取る。

動けなくなった我を抱え、魔人は翼を大きく広げ今まさに飛び立とうと―――


「ってオイイイイイイイ!!??」


全力で走ってきたフィーナの斬撃を躱し、魔人は距離を取る。

一方で我は魔人に手を離された瞬間に動けるようになっていた。

……


「おぉ、動けるようになった」


「動けるようになった、じゃないわよ!! ビックリしたわ!!

何あっさり誘拐されそうになってんのよ!!」


ジェニーとローラも我の傍に立ち、我を守る態勢に入った。

いや、えぇ? こんなはずでは?


「ふむ、おい魔人とやら。今我に何をした、話してみよ」


「いや、タケルちゃん。この期に及んでまだその態度崩さないのは凄いな」


「かしこまりました、武神様」


「向こうもあの態度を崩さないのですね……」


我と魔人のやり取りに呆れながら、憐れむような目を向けてくるローラとジェニー。

……いや、フィーナもか。不愉快じゃが、今は黙って話を聞くとしよう。


「結論から申し上げますと、私は何もしておりません。

私程度のものが武神様をどうこう出来るはずがありませんので」


「では、先ほどのあれはどういうことじゃ」


「……盟約でございます。武神様は昔、人に攻撃をしないという誓いを立て、

約束を交わしたのです。故に、武神様は人には攻撃出来ず、手や腕などを掴まれれば抵抗することも出来なくなります」


盟約じゃと? 制約ルールを決め、守ることを絶対とする魔法儀式だったか。

しかし、あれは対等な者同士でしか行えないはず……

っと、背後から迫る手を回避して目を向けると、ローラが手を上にして

目を泳がせている。


「……いえ、違うんですよ。本当に抵抗出来なくなるのかなぁっと気になりまして」


「ローラ、一応戦いの真っ最中に何やってんだ?」


「まあ、私も少し気になるけど……。どちらにしても、あの魔人は色々と知ってそうだし、さっさと倒して金ぴかと一緒に王都へ連行するわよ」


こやつ等、我を何だと思っておるのか……。

いや、それよりもフィーナが今にも飛び出して行きそうじゃ、止めねば。


「フィーナ、ジェニーにローラも。撤退じゃ、戦おうとは思うなよ」


「いや、大丈夫よ。私たちだって結構戦えるわ。

それよりも、タケルは馬車へ戻って。さっきみたいに助けられるかわからないから」


「ではお主、コレがいつ投げられたかわかっているか?」


我が見せたを見て、フィーナは首をかしげた。

……やはり、見えてはいなかったか。不味いな、せめて傷をつけないという

盟約ならばやりようはあったが、戦い自体を封じられては……。


「お前の斬撃を避けたときに投げたんだよ、人間」


一瞬、その言葉を口にしたのが誰かわからなかった。

今までの話し方とは口調も声色も全く違っていたからだ。

目を向けると、魔人は我に向けていた畏怖の目とは違い、蔑みの目を持って

フィーナたちを見ていた。


「えっ、投げた? これを?」


「……私は見えなかった。ローラ、お前は見えたか?」


「戦闘が始まってから、全員の能力を魔法で上げてますが見えませんでした。

魔人の投げるところも、それを掴んだタケルさんの動きも」


「―――やめろ、人間」


ローラを睨みながら魔人は吐き捨てるように言った。

ど、どうしたんじゃろう? なんか、機嫌が悪くない?


「その御方を、武神様を呼び捨てるなど不敬であるぞ。

先ほどからお前らは武神様を気安く扱いすぎだ。そして、お前たちに用はない。

邪魔をするなら殺すまでだ」


「こ、この声は!! サタン様ではありませんか!?」


馬車の方に目を向けると、金ぴか鎧が荷台から転がり落ちてきた。

大人しくしておけば良いものを……!!

魔人め、針を投げおった!! させん!!


「ど、どうか私めをお助けくだ、ッヒェ!?」


キンッと甲高い金属音が鳴り響き、我が投げた針が金ぴか鎧の傍に突き刺さる。

魔人の投げた針は金ぴかに刺さることなく、地面に転がっていた。

魔人は次に何やら魔法を詠唱し始めた。


「火よ我が指す方へ<ファイ――」


「<消えろ>」


魔法が発動する前に、その魔法を消去する。

物への攻撃は可能、魔法の消去も出来ると。わかってきたぞ。


「クソッ、さっきの針も見えなかったぞ。どうやって動いてんだ!?」


「あの一言だけで、魔法を消した!? 詠唱はどうしたんですか!?」


「……戦いの次元が違うって感じ? 冗談じゃないったら!!」


あぁ、本当に不味いな。戦うにしても、人の子が多すぎる。

さらに、こちらは攻撃出来ないとなれば…………まあ、仕方がないな。


「待て、魔人――サタンと言ったか?」


「はい、我が名を呼んでいただき光栄でございます」


本当に堅苦しいのぅ、もっと気安くとも良いのだがなぁ。

難儀に思いながらフィーナたちの前に、正確にはサタンの対面に立つ。

後ろでフィーナたちが戻るように声を上げているが、無視じゃな。


「大人しく付いて行こう。そのかわり、ここに居る人の子たちに手を出すな」


「かしこまりました、貴方様の仰る通りに致します」


「……サタン、お主は間違えなく人の子じゃ。

しかし、その力は人の子が振るうには大きすぎる。

一体何をした? いや、何をされた?」


「その答えも、武神様の記憶も全て、我が主の下に」


「……良かろう」


サタンが手を差し出した。我がそれを取ろうとしたとき、


「ちょっと、待ちなさい!!!!」


振り返るとフィーナが鋭いまなざしでサタンを睨んでいた。

まったく、頑固な奴よのぉ。


「フィーナ、止さぬか。要らぬ心配をするでない。

そもそも、我とお主たちは昨日出会ったばかりであろう。

何をそこまで必死に――」


「うるさい、うるさい!!!! 必死になったら悪いっていうの!?

私の目の前で、明らかに怪しい奴に攫われようとしている人がいるのよ!?

出会った時間なんて、見捨てる理由にならないのよ!!」


フィーナの言葉に続いてジェニーとローラも戦闘態勢に入る。


「まあ、そういう事だ。囚われの王子様。

待ってろよ、今勇者とその仲間たちが助け出してやるぜ」


「はい、私たちの手が届く限り、もう二度と見捨てることはしません!!

あの時のようなことはもう御免ですから」


良い覚悟じゃ。こうなった時の人の子は、尊く美しいものよ。

しかし、だからこそここで潰えさせる訳にはいかん。


「あっぱれな覚悟!! しかし、覚悟だけではどうしようもないこともある。

それが今、この時じゃ!! お主たちではどうしようもなく足りない!!

お主たちとて分かってるはず、どうあっても救うことは出来んぞ!!」


「じゃあ、どうしろって言うのよ!!」


「強くなれ!!」


フィーナたちの目が見開かれる。

正直な話、人の子がどれだけ鍛えようとサタンには勝てないじゃろう。

しかし、出来ないことをしないというのも大事なことよ。

だからこそ、しない理由を与えようではないか。


「いつでも良い、いつの日か我を助けに来ると良い。

その日が来るまで待っているとする。じゃから、今は生きろ!!」


我の言葉にフィーナたちは戦いの構えを解く。

それでよい。


「……武神様、御手を」


「わかっておる」


今度こそ我はサタンの手を取った。

サタンは羽を広げ我を抱え空を飛んだ。

……縁があればまたどこかで出会うこともあるじゃろう。

小さくなっていくフィーナたちを横目に、我はこの世界のことを考える。


我と同じ神と出会う必要があるな。


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あべこべ世界の武神様 霜月うまれ @Nakayasu

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