女王とウサギとダメ押しと
この後の夕食が控えていることを考えたからか、量は控えめだった。
おかわりがあるかどうかすら、怪しいレベルだった。
小さいカップに収まったゼリーにプリン、に四角にカットされたケーキ、各種フルーツと種類は豊富だった。量より質にこだわった感じか。
まあ、喜んでもらってるみたいだし別にいいか。
メインはスイーツじゃないしな。
料理もあらかた片付くと、俺とニコの視線があった。
ウサギ同士でうなずきあう。役割は違えど、同じ種族らしい。
お互いの考えも見事にかぶっていた。
「それでは、本日の一曲目はカインに歌ってもらいましょう~」
ニコはギター、俺はバイオリンをそれぞれケースから取り出す。
拍手が起こる中、カインは目を丸くしてその様子をガン見していた。
帽子屋がただひとり、困惑していた。
「あなたに言ったら、絶対に断られると思いましたから。
普段は私たちに押し付けてますし、たまには悪くないかと」
俺は近くにある楽団で修行中だし、ニコもそれなりに楽器は弾ける。
カインもごくたまに、家にあるピアノを弾いている。
まったくの素人というわけでもないらしい。
料理以外に何もできない人だと思っていたから、少し意外だった。
この間、弾き語りしているところを見て、その場で立ち止まってしまった。
ニコに話を聞いてみたところ、家に誰もいないときにだけ見られる光景らしい。
アイツが知ってるってことは、本人が気づいていないだけのようだ。
「アンタの歌なんてこんなときじゃないと、聞かせてくれないじゃないですか。
カラオケだって誘っても絶対に行かないのに」
「言い方な! 俺は断じて押し付けてるつもりはない!」
「案があるってそういうことだったんだ」
「ええ、キリサキとこっそり練習してたんです」
俺がその案を思いついてニコを誘ったら、まったく同じことを考えていた。
すぐに乗ってくれたし、ボーカル抜きで何度も練習した。
主役抜きの誕生日会をやっているような、不思議な気分だった。
「アンタも知ってる曲なんで滑ることはないです」
「そういうことじゃないんだよなあ……裏方でいいって、いつも言ってるじゃん」
カインががくりと肩を落とす。
いつも料理人らしく、めったに表に出てこない。
裏で頑張ってもらっているのは認める。
だからといって、表に出ない理由にはならない。
たまには主役やってもらわないと、張り合いがないってもんだ。
「さすがは我がしもべ共だな。
私が手を下すまでもなかったか」
「魔王みたいになってるぞ、女王様よ」
「何だよ、そのくらいやってもバチは当たらんだろ」
確かにその理不尽な理由は魔王のそれだ。
まあ、原作でも性格はだいぶアレだったけど。
「もしかして、たまに聞こえてたピアノの音ってカインがやってたの?」
光希すら知ってるってことは、本人がマジで気づいていなかっただけなんだ。
逃げ道がふさがれていくと同時に、カインの表情がどんどん渋くなっていく。
「なんだよ、隠すことないじゃんよー」
「そうだよー、あんな綺麗なのに」
樹季と光希が口をとがらせる。
四面楚歌とはこのことを言うのかな。
「本当にひさしぶりね、何だか嬉しいわ」
エリーゼのふわりとした笑顔。
はい、とどめの一言をいただきました。もう言い逃れできませんね。
「分かったよ! そこまで言うならやってやるよ!
ビビんじゃねえぞ、お前らぁ!」
カインがやけくそ気味に叫んだ。
「自分でハードル上げるとか……すげえわ、アンタ」
「後がキツくなりますよ?」
「お前らが! いらんハードル持ってきたんだろうが!
ハードルなんぞくぐってなんぼじゃ!」
「あ、超えるわけじゃないんだ」
「誰も超えろとは言ってないからな! 俺はくぐるぞ!」
まあ、そういう生き方もあるよな。
学生二人が理解するのはまだ先の話だろうけど。
とにかく、乗ってくれているうちにさっさと進めないと。
「じゃあ、聞いてもらいましょうか。
カインから始まる演奏会です」
帽子屋の歌いだしから始まり、演奏は始まった。
覚悟を決めたからか、ひとりで演奏している時よりノリがいい。
そりゃそうだ、オーディエンスがいたほうが盛り上がる。
声に引っ張られたからか、ウサギたちの演奏もその波に乗った。
一曲が終わると、いつのまにか人だかりができていた。
バラ園に響き渡ったらしく、拍手も最初の倍に膨れ上がった。
ウサギ同士でハイタッチ。うまくいったな。
カインは目が覚めたように、食器を片付け始めた。
「何してんだよ、ウサギ共は楽器しまえ!
メーガンはエリーゼ連れて先に出てろ!
他の連中は荷物全部まとめろ! さっさとずらかるからな!」
てきぱきと指示を飛ばす。調理場に立つ料理人って本当にこんな感じなのかな。
俺はドラマでしか見たことないから、何とも言えないけど。
というか、城に忍び込んだ盗賊みたいだな。
「ええ、もう終わるのか? アンコールもなしで?」
「逃げるのってなんかダサくない?」
「うるせえ!」
文句も一蹴し、荷物をまとめて逃げた。
ウサギより足が速いんじゃ、話にならないな。
「そういうわけで、ゲリラコンサートでした!」
「また、どこかでお会いしましょうね!」
全員がいなくなったことを確認して、俺とニコでお辞儀をする。
またふたたび拍手が起きる。本当に盗賊にでもなった気分だ。
いの一番で逃げた帽子屋を追って、俺たちも楽器を持ってその場からはけた。
「お前らさあ! 何で知ってんだよ! いつから気づいてた!」
「俺に八つ当たりしないでくださいよ」
肩をがくがく揺らされながら、カインは吠える。
夕食を済ませた後、詳細を聞くことにしたらしい。
よく考えてみれば、純はいつも引きこもってるから知らないはずがない。
それに、結構響くんだよな。ピアノの音って。
ただでさえ、このあたりは静かなのにさ。
「ピアノ弾くのはキリサキかニコしかいないと思ってたしな。
ずっとどっちかが弾いてるもんだと……」
「二人がいないときはメーガンがやってんだと思ってた」
「残念だけど、私にそんな機能はないわ」
メーガンはゆるやかに否定した。
「カインは今までずっと弾いていたのよね、あのピアノ。
こっちに来てからずっとだから、もう何年くらいになるかしら?」
エリーゼが首をかしげる。
その様子だと、数年は軽く経っていると見た。
そりゃ、どこかで披露しないともったいないよ。
「で、私がいることを忘れて夢中でやっていたわけだ。
作業用の音楽にはちょうどよかったかな」
「ちゃんと聞いてんじゃねえよ……お前も」
エリーゼとニコは黙認状態、純に至っては聞き流していただけだ。
「ド素人の演奏なんぞ、おもしろくもなんともないだろうに……」
カインはそう呟きつつも、どこか楽しそうな笑みがこぼれていた。
バラ園にて待つ 長月瓦礫 @debrisbottle00
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