バラ園にて待つ
長月瓦礫
バラ園にて
『本日の午後3時、バラ園にて待つ』
俺は思わずため息をついた。こんなんすぐにばれるだろうが。
サプライズの意味、分かってんのかな?
優雅に彩られた手紙が文章のせいですべて台無しだ。
「果たし状かな?」
樹季は首をかしげる。
「カインらしいわね」
エリーゼはくすくすと笑っている。
「素直にピクニックしようって言えばいいのにね~」
光希には正論を言われている始末だ。
白うさぎの俺は対応に困り、立ち尽くしていた。
時間に余裕があるとはいえ、こうなるとは思っていなかった。
「キリサキも頑張ってるのになー」
「頑張ってるとか言うな」
白うさぎに指定されてしまい、借り物の懐中時計と私物の傘を持ってきたわけだ。
ウサギ耳のカチューシャにめったにつけない蝶ネクタイまでしめた。
「えー、こんなかっこいいのに」
「よく似合ってるわね、本当」
「なんかもう、すみません。
こんなことになるとは思ってなくて……」
俺は膝から崩れ落ちた。
予定が狂いすぎだ、チクショウ。
「そういうわけで、今日はバラ園に行きます……」
何で俺がこういうことを言わなきゃならないんだ。
そういうのを想定した上での配役じゃなかったのかよ。
「てか、自分から言っていいのかよ。
俺たちを驚かすつもりだったんだろ?」
「もう何やっても修正できねえよ」
ここまで崩れてしまうと、仕切り直しも不可能だ。
しょうがない、このまま連れていくか。
「ほら、カインたちも待ってるし。さっさと行くぞ」
ため息をつきつつ、立ち上がる。
手紙を見れば、向こうで待っている連中も察してくれるはずだ。
「あれ、着替えないの?」
「一応、こういう企画だからな。
ぐっだぐだになっても、やるべきことはやらんと」
近所のバラ園が満開を迎えたと聞いたのは、つい先日のことだった。
本当に何気ない雑談だったから、俺もほとんど聞き流していた。
樹季と光希は学校、純も仕事でその場にいなかったし。
近いうちにみんなで行こうと言ったのは、樹季と光希。
最初は本当にバラ園を見て回るだけで終わるはずだった。
不思議の国のアリスをイメージしたパーティをしようと言い出したのは、料理人のカインだ。俺もいるし、違ったことをやりたいと思ったらしい。
みんなには黙っておいて、お茶会をすることになった。
しかし、話を進めていくうちに、なぜか各々コスプレすることになってしまった。
誰が言い出したんだっけ、この案。その場にいた全員がやけくそみたいなテンションだったから、さっぱり覚えていない。
とりあえず、「お前が白うさぎやれ」って真っ先に言われたのは確かなんだけど。
もっとこう、カッコつけられるような状況を想定していたんだけどな。
サプライズのはずが最初の手紙で全部台無しになってしまった。
何でこう、ヤンキーみたいなセンスを発揮するんだろうな、あの人。
「こういうのなければさ、純ちゃんにウケると思うんだよね」
「ねー。なんかもったいないよね」
二人は手紙を回し読んでいた。
正直、エリーゼとの関係性が未だによく分からない。
親族ではないと聞いていたから、誰かに面倒を見るように言われたのだろうか。
十代前半にしては、素直な性格ではあると思う。
まあ、俺なんかが踏み込んでいい話ではないはずだ。
機会が来たら、話を聞けばいい。
「あ、よかった。ちゃんと来てくれたのね」
バラ園の入り口でメーガンが待っていた。
エリーゼの介護と樹季と光希の面倒を任されている人型のロボットだ。
本人は眠りネズミというキャラクターのコスプレのつもりらしい。
ネズミの耳をつけただけで、首から下は普段着だからいかんせん変化がない。
「なんかもう、ほとんど崩壊したようなもんですけどね」
「そうなの? まあ、席は取ってあるから」
あらかじめ早めに来てもらって、テーブル席を確保しておくように頼んでおいた。
色とりどりに咲くバラと濃厚な緑色をゆっくりと見て回っていく。
「今年もきれいに咲いたわね」
「ええ、本当に。何度来ても楽しいですね」
鑑賞する時間を考えて、少し遅めに設定したわけか。
なるほどと思いつつ、メーガンの後についていく。
「おー、来たか」
イカレた手紙を出した帽子屋はのんきに皿を並べていた。
今回の言い出しっぺでありながら、一番やらかした料理人。
帽子屋らしく、シルクハットをかぶっている。
首から下は赤のジャケットにチェックのベストだ。
それ、全部私物なのかな。
派手な服装をしているとこを見たことがない。
簡単なデザートなども彼が中心となって、企画者全員で作っていた。
他の食事も並行していたから、一番の功労者といえばそうなんだけどな。本当に。
「来たかじゃねえですよ……アンタのセンス、マジどうなってるんです?」
「ああ、もうバレちゃってるんだな。全部」
赤の女王の純が渋い表情を浮かべた。
メーガンのメンテナンスなどを担当しているエンジニアだ。
エリーゼの家で仕事をするほうがはかどるらしく、ほとんど入り浸っている。
「ちなみにだけど、どの時点で気づかれた?」
赤いワンピースに王冠のような髪飾りをつけただけのシンプルな服装だ。
コスプレとは言えないものの、十分にそれらしく見える。
「最初の手紙で、全部気づかれました」
樹季から渡された手紙を見て、彼女は天を仰いだ。
うん、そうなるよね。俺がおかしいわけじゃなかった。
手紙を回し読みし、それぞれ苦笑を浮かべた。
「女王命令、誰かこの帽子屋をシバいてくれ」
「あ、それなら私共に案がありますよ~」
ペットボトルを並べていた茶色のウサギが手をあげた。ニコはエリーゼの唯一の親族であり、メーガンの主人でもある。
三月うさぎだっけか、そっちの名前は。
茶色のウサギの耳にオレンジのジャケットに白のシャツ。
耳以外は全部私物だろうか。
正直、どれも見たことがない服ばかりだ。
どこから引っぱり出してきたんだろう。
「あら、何かしら?」
エリーゼが腰かけた。
「きっと気に入られると思いますよ」
「うむ、楽しみにしておるぞ」
「女王がそんな物騒な命令出すな。
ウサギ共も笑ってんじゃねえ、まとめてパイにすんぞ」
首を落とせとか言わないあたり、まだ良心的ではあると思う。
というか、そのウサギは違う作品だし、パイにされたのは親父のほうだ。
「ま、バレちゃしょうがないな……実はこのお茶会、俺たちが企画していたのだ」
不敵な笑みを浮かべてんじゃねえよ。それだとただの悪役だよ。
「最初に言い出したのもお前なんだよな、カイン?」
純はウインクしてみせた。
各々席に着いて、帽子屋を見る。
「めずらしいね、そんなこと言い出すなんて」
「何かやっちゃった?」
「やっちゃってません!」
ぶっきらぼうにそう言って、帽子のつばで顔を隠した。
意外そうな反応が嫌だから、その場にいた奴らに黙っていろと言っていた。
サプライズが似合わないのは分かっているのだろう。
呆れ気味に息をついてはいるものの、まんざらでもなさそうだ。
めったにやらないから、反応に困ってるんだな。アイツ
俺も笑いながら、デザートを並べる。
「よし、揃ったな。料理も回ったな?
まあ、今日はのんびりしてってくれや」
全員に行きわたったのを確認して、帽子屋がグラスを片手に音頭を取った。
いただきますの声が響き渡り、お茶会が始まったのだった。
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