カツカレーのジレンマ





音楽を聴きながら動画を見れないのが不便だと感じることが結構ある。


僕の脳はあんまり優秀じゃないので、基本的にそういったマルチタスクは受けつけていない。たぶん、動画を見ながら音楽を聴くのは、大体の人ができない(あるいは敢えてしない)とは思う。


動画を見ながら音楽を聴きたい、というよりかは、動画も見たい!けど音楽も聴きたい!そして、それらをお互いに干渉し合わない状態で同時に行っていたい!というのに近い。

カレーを食べているけど豚カツも食べたくて、でもカツカレーとしては食べたくないし、でもどっちも食べたら満腹になっちゃうし、みたいな。


僕はせっかちなので(あるいは飽きっぽい)、何かをしているときに次に何をするかを決めていることが多々ある。

そういうと、何だかちゃんとした人間のように思えるが、YouTubeで動画を視聴中に、次に見る動画の目星を付けておく、くらいのことだ。

せっかちであり飽きっぽく、堪え性のない人間であるところの僕は、そういうとき、見ている動画がつまらないと、すぐそっちを見始めてしまったりする。


なんでこんな話をしたのかというと、先ほどのカツカレーのジレンマに通じるところがあったからである。


人の車に乗っていたりすると、大体はカーステレオから流れてくる何らかの音楽を聴くことになる。

その曲が好きか嫌いか、知っていたかどうか。軽く口ずさんだりすることもあるかもしれない。が、基本的にただ聴くだけで、気に食わない曲だったとしても曲を変えようとは思わない。

それはもちろん他人の車だからということもあるが、ほかにも理由がある。


僕は選曲を行うのがちょっと苦手なのだ。


どういうことか少し説明をする。(説明も何も読んで字のごとくなのだけど)

音楽プレーヤーで曲を聴いていると、次に聴きたい曲が出てくる。

それ自体は何も悪いことではない。

今の曲を聴き終わったら次に聴けばいい。

だが、僕の場合もう「あれが聴きたいな」と思った瞬間にその曲を流したくなってしまう。

そしてその曲を聴き始めるとすぐに....といった感じで、もはや自分で選曲を行いながら音楽を聴くのが結構苦痛なレベルになってくる。

「あの曲のあの箇所だけ聴きたい」と思ったら、そこまですっ飛ばしてすぐにでもそこを聴かないと気が済まない。

そんな、時間にでも追われているような、何かに急かされているような状態では、音楽も気持ちよく楽しめなくなってくる。


そういったこと以外にも、例えば、カラオケでは自分で入れた曲を歌うよりも、人が入れた知っている曲を歌っている時のほうが、なんだか楽しいような気がする。

レストランで、他人が頼んだものの方がおいしそうに見える、みたいなやつと似ている気もする。


そもそも自分で何かを選ぶというのがすごく苦手な気もする。


例えばそれが世界に唯一無二のものであったり、同系ものが存在するにしてもすべてが同じであったりするなら、それを選ぶことは容易だと思う。

だが、そのものの規格に、こうであれば優れており、こうであると劣っている、というような、明確な基準が定まっている場合、選出は度々、困難を極めることになる。


すごく小さかったころ、姉とともに父にスーパーに連れて行ってもらったことがある。


記憶は定かではないけど、一緒にいた姉はかなり幼かったと思うし、僕の背丈が、スーパーの果物などが盛られている台より、すこし大きいくらいだったから、せいぜい4.5歳だったんじゃないかと思う。

弟が一緒にいなかったことを思うと、もしかしたらそれより小さかったかもしれない。


そこで父は、僕と姉に「トウモロコシをひとりひとつずつ選んでこい」といった。


大きいやつを選べよ、などといって笑っていた気もする。

父にとってその指示は、ちょっとしたお遊びであり、また、僕たち姉妹が楽しむだろうと思ってのことだったに違いはなかった。


だが、幼かった僕はそれにより、かなりの混乱と苦痛、緊張を強いられることになる。


姉は嬉しそうにトウモロコシが山ほど盛られたカートへと駆けていき、慌てて僕は姉を追ったのだが、その山盛りのトウモロコシを見たときの絶望感は今でも覚えている。

この中から選ぶのか....と、気の遠くなるような思いでいた。


とりあえず、おずおずとカートに手を伸ばし、いくつかのトウモロコシを手に取ってみたはいいものの、なにが「よく」て、なにが「わるい」のかが全くわからなかった。

僕がトウモロコシを両手に冷たい汗をかいている横で、姉はさっさと「正解」を見つけて父親のもとへと戻ってしまった。

「急ぎなさいよ」みたいなことを去り際にいっていったような気がする。


人がたくさんいるスーパーでひとりにされたこと、ちっとも「正解」が見つからないトウモロコシ選び、急がなければならないこと。

僕の精神はぎりぎりのところまできていた。


はたから見れば、年端もいかない少女がひとり、トウモロコシを両手に持って真剣に選んでいる様子はほほえましいものであったと思う。

だが、とうの僕の心境はそんな穏やかなものではなかった。


時間に迫られた僕は、とうとう決断を下す。

姉が、「正解」を持っていくときに、「正解」と見比べていたもの。それは一番「正解」に近いと思われた。


そう思うと僕は、そのトウモロコシを握って売り場を駆け、父と姉の待っているレジへと向かったのだが、結局父には「なんでそんなちっちゃいの持ってきたの」と言われて半泣きになることになる。


そんなことがあった。


思えば昔から決断や決定が苦手で、それは今も変わっていない気がする。


そんな話だ。










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