魔法少女エンジェルミサティー3~降臨する黒の魔法少女

譜楽士

公式が病気と呼ばれたアホ物語

「先輩! 逃げましょう、カップリングされます!」


 そう言って部屋に飛び込んできたのは、滝田聡司たきたさとしの後輩、湊鍵太郎みなとけんたろうだった。

 男子としてはやや小柄な体躯に、最近は少しヤサくなってきた気もするその容姿。

 それを見るに、確かにあの同い年にはオモチャにされそうだなと思う。背が高くて胸がでかくて、ついでに最近は腐女子であることを隠しもしなくなってきた、あの魔法少女――


「あー。春日かすがかぁ」


 春日美里かすがみさとのことを思い浮かべながら、聡司は生暖かくそう言った。

 彼女のたまに見せる暴走っぷりには、こちらも幾度となく付き合わされてきた。

 後輩の発言から、今回も美里――魔法少女エンジェルミサティーが関わっていることは明らかだ。

 さて、今度は一体なんだと、聡司がのんびりと構えていると。

 鍵太郎が言う。


「それだけじゃないんです! 今回は、あの人も――」

「うふふー♪ 湊くん、みーつけましたー!」


 焦った調子の後輩の声に、上機嫌そうなの声が重なった。

 ピンクを基調とした、色々とギリギリの衣装に身を包んだ同い年。

 魔法という力を手にして、暴走しだした理不尽存在。

 天使とは名ばかり、その能力を私利私欲に使いまくる女子大生。

 その名は――


「魔法少女☆エンジェルミサティー! 沼にハマれば、誰もが平和です!」


 そう、まごうことなき春日美里で、聡司はポーズを取る同い年にもはや突っ込みも入れなかった。

 ピクシブは魔境です――そう力説していた同い年が、こうなったのは偶然だろうか、必然だろうか。

 いや、もうどっちでもいいのだが。ついでにその、誰もが沼につかった世界というのは果たして平和なのか、と現実逃避に考えていると――美里に抱えられた小さな影が、ボソリとつぶやく。


「……なんで、私まで……」

「あれ、貝島かいじま?」


 謎の圧倒的存在感に霞んで見えなかったが、そこにいるのは聡司と同じ打楽器の後輩、貝島優かいじまゆうだ。

 聡司と美里のひとつ下で、鍵太郎のひとつ上。

 美里や鍵太郎と同じく、部長を務めていた彼女ではあるが、こんな茶番には似合わないほどの真面目な性格の持ち主だ。

 どうして、優がここにいるのだろうか。

 そういえば、あの二つ下の後輩は、「それだけじゃない」とさっき言っていたが――


「部長は代々、魔法少女になるしきたりなのです! というわけで優ちゃん! 湊くん! なりましょう、魔法少女に!」

「絶対に嫌だああああああああ!?」

「あー。そりゃ逃げるわなあ」


 鍵太郎が悲痛な叫びをあげるのを、聡司はのほほんと聞いていた。そういうことなら、副部長だった自分は今回特に関係ない。

 せいぜいドラムの隙間から、部員たちが仲良くやっている(?)のを楽しむことにしよう。

 そんなことを考えていると、美里は言う。


「大丈夫! 最近は男の子だってプリキュアになれる時代です! しかもそれが、みんなに受け入れられてる! 魔法の力がなくたって、世界はひとつになれるんです!」

「それっぽくいいこと言ってますけど、それって俺が泣くことに変わりはないのでは!? さすがに!? さすがに現役の間は勘弁してください、先輩!?」

「あれー? なんか、引退したらOKって言ってるように、オレには聞こえるんだけどなあ」


 現役の部長である鍵太郎の主張に、聡司は美里には聞こえないようにそう突っ込む。

 まあ後輩の言い分はともあれ、今の段階で魔法少女の契約は無理だ。少女かどうかすらすっ飛ばしているが、ともかく今目の前のことで手一杯な鍵太郎に、その役目は務まるまい。

 ならせめて、予約だけしておけばいいんじゃないか。この事態を収める折衷案として聡司が美里にそう提案しようとすると、彼女は先にその斜め上のアイデアを出してくる。


「では、お手伝いということでマスコットキャラはどうでしょう!? わたしのサポートとして、とりあえずまず契約して、後々魔法少女になってよ!」

「え、それってつまり、先輩に飼ってもらえるってことですか……?」

「おい、検討するポイントそこなのか?」


 別方面でグラついた後輩の意思に、思わずそんな風に訊いてしまった。

 発言内容とマスコットという組み合わせに、邪悪な何かを感じないでもない。退治されるべきはむしろこいつなんじゃないか――そう聡司が密かに思っていると、鍵太郎は言う。


「だって、春日先輩のペットにしてもらえるとか、俺にとってはご褒美なんですけど」

「ちょっと見ない間に、後輩が抑圧されてド変態になってる」

「先輩に言われたくないです。あ、でもあれですよ。たまに敵側に裏切ってみたりして、魔法少女をピンチに陥らせたりもするんです」

「本気でコイツ、歪み始めたぞ。そこまで来るとオレも引くわ」


 どれだけ苦労しているのか知らないが、そんなになる前に相談してくれればよかったのに。

 すっかり荒んでしまった後輩に、哀れすら覚える。こいつの担当は、あれか。闇落ち系魔法少女か。まあ、確かに美里のアンチテーゼとしてキャラを立たせるには、最適かもしれないが――などと、自身も世界に取り込まれつつあることを考えていると。

 鍵太郎は続ける。


「先輩が触手にヌルヌル絡みつかれてるのをひとしきり堪能した後、『おれは しょうきに もどった!』と敵を内部から突き崩して反撃の機会を作るんです。なんだかんだ言って、先輩も見たいでしょ? その絵面」

「見てえ。超見てえ」


 それってもうガチで裏切ってるじゃねえかとか、むしろ本当の黒幕おまえじゃね? とか、言うことはたくさんあったが。

 真っ先に出てきたのは、そんな率直な本音だった。『魔法少女×触手』。もはや伝統芸能とも言うべき組み合わせである。

 そんな不気味な掛け算がすぐにできてしまうのは、やはりこの後輩も、美里と同じ楽器の人間だということなのだろうか。

 そしてそんな同じ穴のムジナに対して、沼どっぷりの魔法少女は不毛にも言ってくる。


「むむっ。なにやら禍々しい気配を感じます。具体的にはそう、色々とはかどってしまうような……! そうやって、世の中には悪がはびこっていくんです、エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」

「うわあ、全然説得力ねえ」

「あの、ちょっと待ってください」


 しかし、そんな駄目すぎる部員たちの会話に。

 割って入ってきたのは、未だ美里に抱えられたままの貝島優だった。

 さすが真面目なこの後輩である。この場を取りまとめてくれるのか――そんなことを聡司が考えていると、優は言う。


「魔法少女になれば、マスコットがつくんですか?」

「はい! 古来より魔法少女には、なんか不思議カワイイ小動物が助手になると相場が決まっています! まあ、最近はなんかおっさん的なのもいますけど!」

「ちなみにそれは、そこのメガネの細長い人でも可ですか?」

「……ん?」


 なんだか、話が予想外の方向に転がり始めた。

 どうにも嫌な予感がする。理由はそう、後輩がこちらを、じっと見つめてきているからで――

 そんな優の視線に、聡司がたじろいでいると。

 美里は満面の笑みで、その悪寒を加速させる。


「もちろんですよ! 一緒に協力して、悪を滅ぼしましょう!」

「悪と正義がよく分からなくなってきた!? え、ちょっと待って貝島、おまえ、まさか――」

「――了解しました。変身を開始します」


 そう言って、後輩を止めようとした直後。

 ひとつ下の後輩は、床に飛び降りてどこからともなく、スティックを取り出した。

 打楽器のスティックには様々なものがあるが、よりにもよって一番ゴツい、バスドラム用のもの――

 それを太鼓に叩きつけ、芯から音を出しながら魔法少女となるべく、優は言う。


「響け、魂のビート! 呼び起こすは恩讐の彼方、其は闇より出でし純真の結晶なり!」


 やたら男らしい動作とその詠唱が、炸裂した瞬間。

 後輩の身体が、キラキラした何かに包まれた。

 足元から衣装替えが始まり、スカートがふわりと舞って、腰に白いリボンが巻き付く。

 そして首には黒いチョーカー。頭にはレースの飾り。

 白と黒をまとって――そこに一人の魔法少女が、降臨した。


「魔法少女★シャイニングユウユ。一途な思いを胸にここに推参、です」


「いや何やってんの貝島ああああああ!!??」


 何気に目元にピースサインを作って言ってくる後輩に、聡司は思い切りそう突っ込んだ。

 ロリ少女が、ゴスロリ魔法少女に変身した。つるぺったんの胸と華奢な腕は、ある意味では美里よりそれっぽい。

 しかし手に持ったスティックは、初代と同じくやはり極悪な凶器で――それをビシッと構え、優は、いや魔法少女シャイニングユウユは言ってくる。


「つべこべ言わず、マスコットになってください、先輩。一緒に基礎練百叩きしましょう」

「新たな悪魔が誕生したぞ、なんだこの展開は!? オレが何をしたっていうんだ!?」

「エクセレント! 優ちゃん、立派な変身を見せてくれて、わたしは嬉しいです! さあ、よく分からないけれど、人助けも魔法少女のお仕事のひとつ! 聡司くん、観念してください!」

「そーですそーです。観念してください」

「おまえも何、そっち側についてるんだよ湊!?」


 いつの間にか周りが敵だらけになっていることに、聡司は戦慄した。じりっ、じりっ、と迫ってくる包囲網の、一瞬の隙をついて逃げ出す。あの後輩はどうか知らないが、こっちにそっち系の趣味はないのである。

 マスコットとか冗談じゃない。どっちかといえば、敵役で魔王として君臨する方が好みで――まあ、そんなことを思っているからこそ、彼女たちにはたまに退治されかかるのだろうが。

 とりあえず、今は戦略的撤退をするしかない。そう考えつつ走る聡司だが、彼は知らなかった。


 その先に、新たな魔法少女の影があることを。

 自分の存在がさらなる理不尽を生み出す、ぐだぐだな特異点っぽくなっていることを――!

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魔法少女エンジェルミサティー3~降臨する黒の魔法少女 譜楽士 @fugakushi

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