誕生日プレゼントなんていつでもいい

位月 傘

 昔の人は月月火水木金金なんて言っていたらしいけれど、私だったら水水水日日日日がいい。でも今日は月月火木金金土でもいいかな。赤ペンで丸く囲まれた赤い数字を恨めし気に見ながらため息を吐いた。今日は日曜日だ。

 少しでも下がった気分を上げるためにクローゼットの奥にしまったワンピースを引っ張り出す。子供っぽいとか釣り合わないとか、今日は気にしてなんてやらない。可愛い服装とは裏腹に自分に喝を入れ、勇ましい気持ちで外へ飛び出した。今日はデートだ。

 彼より早く待ち合わせ場所のカフェに入って、彼が来る前に大量のガムシロップを入れたアイスティーの中身をストローでぐるぐるかき回す。ちなみにガムシロップのごみは店員さんにもっていってもらった。

「ご、ごめん、また待たせちゃった」

 見知った男は生クリームが乗ったカロリーの高そうな飲み物を片手に、高い背を縮めてこちらの機嫌を窺うようにそう言った。普通に立っていたらスタイルがいいので、この眉を下げた情けない顔が見えないひとからしたら『相手に視線を合わせて会話してくれる大人なひと』みたいな印象になるんだろうか。

 たしかに私よりは年上だし、働いてるし、見た目もかっこいいけど、それだけで私が合わせてもらってる側だと思われるのは心外だ。

 彼は立ってるだけで様になってしまうから、いつもわざわざちょっと落ち着いた格好して合わせてるのも、フラペチーノ飲まないのも、メイクだってナチュラルめにしてるのも、全部全部合わせてるのは私の方だというのに。

 それなのに彼といったら、好きに甘いものを飲んでるだけでギャップだとかなんだとか言われるし、背を屈めてるだけで優しいねとか言われるし。別にそのこと自体に起こっていた訳ではないけれど、別の事でむむっと思っていたらなんだか連鎖的にムカついてきた。

「いーよ、そもそも待ち合わせ時間前だし」

 いつもだったらにっこり笑顔で明るく言ってあげるのだが、今日は違う。ちょっと目を伏せて不機嫌ですよとアピールするために、ため息を吐くようにそう零した。彼はたったそれだけのことで小さくなってしまうのだから、ちょっとだけ憐れでなんだかこっちが申し訳なくなってくる。しかしここで手を緩めてはいけないのだ。心を鬼にして、背を丸めて視線を彷徨わせている男に意を決して言葉をかける。

「言いたいことがあるから呼んだんじゃないの」

「え……どうしてわかったんですか?」

「そりゃあ分かるでしょ、最近会うたびに女物の香水つけてたらさぁ」

 今度は意図せず問い詰めるような響きだった。ピタリと動きを止めて、それでも瞳だけは忙しなく動かしている男をじっと見つめる。観念しろと言うように更に言葉を重ねれば、そこでようやく彼は瞳を私に向けて、でもすぐに視線を伏せてしまった。

「別に、そんなに気張って言おうとしなくてもいいよ。さらーって言って終わりでいいじゃん」

「そ、そんなわけないじゃないですか!もっと自分を大切にしてください!」

「えぇ!?君がそれ言うの!?」

 びっくりして思わず少し大きな声が出てしまいそうになった、危ない危ない。まじまじと彼の顔を改めてみると、先ほどまでのおどおどした様子とは裏腹に、かすかに頬を染めてはいるものの真剣な顔でこちらを見つめていた。普段は視線を合わせない彼をからかっているけれど、いざ目が合うとじぃっと熱に浮かされたように見つめられるから正直言ってどうしていいのか、未だに分からない。

 そっと不自然にならないように目を両手で包んでいるアイスティーに落とす。それでもまだ彼に見られている、というのが分かって、かえって目を合わせていた時よりも居心地が悪い。

 数秒の沈黙のあと、ごそごそと身じろぎをする音が聞こえて、あぁ、呆れて帰っちゃうのかなと思った。先に悪いことをしたのはあっちなんだし、私が下手に出る必要なんて全然ない。そう考えているのにいざ別れることになったら泣いて喚いて引き留めてやりたくなってしまうから最悪だ。

 どうせ別れるんだったら、手放したのが惜しいと思われるくらい、とびっきり可愛い姿で別れてやる。そのための一番かわいい衣装と綺麗な笑顔を見せてやろうと重たい首を持ち上げた。

「これ、どうぞ」

 ごと、と割と重みのある袋を机の上に脈絡なしに置かれて、どうして目をそらしたかなんて忘れて、ついまじまじと男の顔を見た。当然の様に再び目が合ったけれど、私の興味は今やそちらではなく、ブランドマークの入った袋に向かっていた。

 手で引き寄せてそっと中を開く。見られている居心地の悪さなんて忘れて、自分の勘違いに気づいて溜め息を吐いた。

「お誕生日おめでとうございます。気に入らなかったら好きにしてくださっていいので」

「……香水とか、好み別れるからプレゼントに向いてないし、全然そういうキザなものあげるようなガラじゃないじゃん」

「すみません……」

「そもそも今日誕生日当日じゃないし、こんなのぜんぜん――」

 そりゃ水曜と日曜しか休みないの知ってるから当日に渡せないのは仕方ないってわかってるけど、輸送でうちまで送ってくれたらいいじゃないか。そんな、なにも一か月近く甘い匂いさせて帰ってくるほど悩まなくったって、いいじゃないか。

 きゅうと心臓が締まる音がした。勘違いした羞恥と申し訳なさと、もっと別のもので手の中にあるアイスティーの氷が溶ける。

 困ったように眉を下げた男がまた俯いてしまったのを見て我に返る。こんなことを言いたいわけではないのだ。

「……うそ、すっごく嬉しい。意地悪言って、ごめんね?」

「あ、あ、はい、気に入ってもらえたなら、僕も、嬉しいです」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう」

 わざとらしく気取ってそう言えば、笑うか呆れてくれればいいものを、彼は大真面目に頷くものだから余計に恥ずかしくなった。馬鹿なんじゃないのと言ってしまいたかったけれど、ぐっとアイスティーと一緒に言葉を飲みほした。

「あ、あとこれもプレゼントです」

 椅子の後ろに置いていたのか、彼は振り返ってやたら大きな袋に入っているそれを渡してきたので、ついまじまじと男を見つめてしまった。

「あの、なんでこれを?」

「嫌いでしたか?」

「いや、まぁ、嫌いじゃないというか、どちらかと言えば好きなほうだけど」

 時々SNSで見かけるサメのぬいぐるみを渡されてぐっと言葉に詰まる。可愛いものとか、ふわふわなものとか、好きだけど、好きだけれども。

「今売れてるらしかったので、あと僕が貴女がそれを持っていたら可愛いだろうなと」

「……ありがとう」

 香水とぬいぐるみってどういう組み合わせなのとか、君は私にどういうイメージを持ってるのとか、言いたいことはいっぱいあるけど、全部が結局どうでもいいことだった。袋ごとサメを抱きしめて、自分の表情を隠しもせずに不満そうな声で感謝だけ伝える。どうあがいてもこの男に勝てないことを自覚させられたようで悔しい。

「こんな大きい荷物もったままデートなんていけないし、今日は君の家に入れて」

「僕が持ちますよ?」

「私が持たせてるみたいに見られるからヤダ。それより今日は私の誕生日ずれて覚えてるような君んちのカレンダーに落書きしてやるんだ。それから君の家でこの香水に合う服も通販で探す」

「……はい」

 ズレて覚えてるわけじゃないとか、言い訳の一つでもすればいいのに相変わらず男は真面目そうに相槌を打つだけで、やっぱりぐっと唸ってしまいそうだった。甘やかされてるのが分かって恥ずかしくて嬉しくて、なんだかそのまま机に突っ伏してしまった。

「……夜になったらすっごい甘いカレーも作ってやるんだ」

「はい」

 たった一言を大真面目に言ってるだけなのに、どうしようもなく甘さが滲んでいるから、やっぱり私は完全敗北してしまった。馬鹿だ、ばか。こんなことになるんだったら月火水木金土日でいい。うそ、やっぱり水曜日と日曜日だけでいいや。

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