四話目
次の日俺は6時ごろに目が覚めた。休日ということもあり妻はまだ起きていないようだった。昨日の件もあり俺は妻のご機嫌取りに取り掛かろうと、風呂の掃除や朝ごはんの準備をし始めた。8時になり俺は妻と琴の寝ている寝室を訪れた。
「琴、琴」
俺は琴の肩を揺さぶった。琴は目を覚まし少しだけ体を動かした。
「具合どうだ?」
俺の声で妻も起きたらしく俺の方を俺の方を見た。二人の顔が並ぶと二人がよく似ているんだということを実感する。
「大丈夫だよ」
俺は、半分まだ夢の世界に居ながら返事をする琴の額に手を置いた。
「熱は下がったみたいだな。おかゆ作ったけど食べれるか?」
琴はゆっくり体を起こし頷いた。
「愛子はまだ寝てるか?」
「ううん、起きる」
妻はベッドから起き上がりカーテンを開けた。
「おいで琴」
俺は琴を抱き上げて寝室から出た。妻も後に続いて歩いて来る。
「雪人は?」
「さっきはまだ寝ていたんだ。起きているかな?」
俺は雪人の寝室を覗いたが雪人はまだ寝ているようだった。
「まだ寝ているらしい。そっとしておこう」
そう告げて俺は寝室の扉を閉めた。リビングの椅子に琴を座らせ俺はおかゆを温めた。
「作ってくれたんだ。ありがとう」
愛子はフライパンに乗ったハムエッグを見て言った。
「いや、いいよ。愛子も座っていて。」
俺はお湯を沸かし妻に紅茶を淹れ、琴のコップに牛乳を注いだ。
「持っていくね」
愛子はその二つのコップを受け取った。
「ありがとう」
俺は人数分のハムエッグと食パンを机に運んだ。
昨日のことが嘘かのように、俺たちは普通に過ごしていた。やはり昨日の妻は少し不機嫌であっただけなのだな、と俺は安堵した。
「パパ今日ね、見たい映画があるの」
俺が席に座ったのを見計らって、琴は机の引き出しから映画のパンフレットを取り出した。
「これはなかなかパパの好みじゃないなぁ」
そのパンフレットは女の子向けの戦隊ヒロインが映っていた。
「パパお願い~」
琴は俺に上目遣いでおねだりをした。どうやら女の子というのは、誰にも教わらずとも男を手玉に取る術を身に着けているらしかった。妻はそんな琴の様子を笑って見ていた。
「ママはなんて言っていた?」
「ママはパパがいいならいいよって。」
「そうだなぁ。」
俺は自分の頭を掻いた。
「じゃぁみんなでショッピングセンターに行こうか。ママと琴で映画見ておいで。俺と雪人はどこかで時間を潰しているから」
琴は嬉しそうに笑った。
「これ食べたら行く?」
「うん、準備して行こう」
「琴、この間買ってもらったスカート履こうね、ママ!」
琴のはしゃぐ姿に俺は自然に笑みがこぼれた。なんて琴は可愛いのだろうか。6歳にしてはやけに大人びていて、でもどこか子供っぽくて可愛らしい。
そんな会話をしていると雪人が起きてきた。
「お兄ちゃん、お出かけだよ」
雪人は琴にそう言われても、ちっとも嬉しそうな顔をしなかった。椅子に腰かけてハムエッグに手を伸ばした。
「飲み物は牛乳でいいか?」
俺は雪人に聞いた。
「要らない」
雪人はぶっきらぼうに言った。寝起きで機嫌が悪いらしい。
「雪人は何か見たい映画はある?」
妻は雪人に聞いた。
「ないよ」
雪人はちっともお出かけに乗り気ではないようだった。
俺は要らないと言われながらも牛乳を準備して机に雪人の分の牛乳を置いた。
「どうした雪人? 元気ないな。具合でも悪いのか?」
雪人は俺の言葉を無視していた。俺は妻と顔を見合わせる。
「どうしちゃったの、雪人」
妻は雪人に優しく聞いた。雪人はむすっとしていたが口を開いた。
「琴より先に僕が公園に行こうってパパに言ったのに。公園は行かないの?」
妻が俺の顔をじっと見た。昨日の雪人との会話を俺はすっかり忘れてしまっていた。しまった、と困った顔を妻に見せた。
「そうだったな、じゃあショッピングモールに行ったあと寄ろうか」
俺は打開策を雪人に話した。聞き分けのよい雪人ならば応じてくれるだろうと思った。
「僕の方が先に約束したのに、僕の約束の方が後なの?」
雪人は悲しい表情を浮かべる。
「そ、そうだな。すまん。じゃあ最初に俺と雪人で公園に行って、その間ママと琴は映画を見ていよう。お昼ご飯の頃に合流して一緒にご飯を食べようか」
俺は雪人の表情に驚きつつ、そういった。
「ママは公園来ないの?」
「ママは琴と映画観るの!」
琴がすぐさま雪人に言った。
「じゃあ公園に皆で行った後に映画にしようか?」
俺は映画の上映時間をスマホで検索した。
「14時~の上映があるよ。琴これでもいいかい?」
琴は不満げにうつむいていた。俺はその琴の表情で、雪人の悲しげな表情を一気に忘れた。
「10時からの映画がいいのかい?」
琴は頷いた。
「じゃあやっぱり公園を最後にしよう。な? 雪人いいだろう? ショッピングセンターで何かおもちゃを買って、それで公園で遊ぼう」
俺は雪人に言い聞かせた。雪人は気に入らないらしく、口をへの字にしたままだった。
俺はため息をついた。妻の方を見るとどうしようかと考えているようだった。
「もういいよ。僕行かない」
雪人はハムエッグもそのままにして寝室に戻って行った。
「雪人」
「いいさ。放っておきなよ」
追いかけようとする妻を俺は止めた。
「雪人も反抗心が出てくる年ごろさ。俺も昔はああやって、一人になりたがったもんだよ」
俺らはその後ショッピングモールに行き、夕方まで時間を潰した。雪人にはてきとうに美味しいと評判のお菓子を買って帰った。布団の上で体育座りをしていた雪人の横に、俺はそっとお菓子を置いた。
「パパ」
雪人は顔を膝元に埋めたまま言った。
「どうした」
「僕のこと嫌い?」
雪人はただ一言そう聞いた。嫌いなわけがないだろう? そう言い返すのが普通の親なのだろう。しかし俺の頭には雪人の青い瞳が過り、決して罪のない雪人を責める心理が働いた。雪人を、負の感情のはけ口にしていた。
「どうしてそんなこと聞くんだよ」
俺は雪人の横に座ると雪人が顔を上げて俺を見た。頬には涙が伝った跡があった。その青い瞳から出た涙は、一体どれほど青いのだろうか。
俺は今どんな表情を浮かべているのだろう? きっと威圧感が俺の顔からにじみ出ていたのだろう。その俺の顔から触れてはいけない何かを察知した雪人は
「なんでもない」
そう一言言ってまた膝元に顔を埋めた。
俺は雪人の肩を一度だけポンっと叩き
「琴の熱が下がったから、今日雪人はこの部屋じゃなくて琴のいる部屋で寝るんだぞ」
そう言って寝室を後にした。雪人に早くこの寝室から出て行けと遠回しに言った俺は、少しだけ心がすっきりしていた。何故こんなにも俺は冷酷な父親でいられるのだろうか。例え雪人が血の繋がりのない子だとしても、普通の人間ならば体育座りをして涙を流す子供にこんなに冷たい言葉をかけることはできないだろう。それほど俺は醜く心の汚い人間なのだ。
オッド愛 狐火 @loglog
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