1.幼き日

 

 耳をすませば、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと木々のせせらぎ。

 燦燦と照り付ける太陽の光は、水面に反射してきらきらと光っている。

 柔らかな風と、草木の青々とした匂い。


 王国の中心たる王都より、少し離れたのどかな村。

 魔獣も、魔術師も、冒険者もいない。至って平凡で、わずかに農作物と芳香剤の材料を栽培しているだけの平和な村。


 そんな村を、元気に駆ける子供が三人。


「おはよーデンばあさんっ!」


 先頭を走る藍髪の子供が、老婆の横を通り過ぎながら弾けるように挨拶をする。


「デンばーさん、おはよー」


 次いで、藍髪の少年を追うようせっせと駆ける少女が、元気に手を振る。


「あ、デンばあさん。おはようございます」


 最後に、二人の後を少し離れて追いかけていた黒髪の少年が、その脚を律儀に止め、ペコリとお辞儀をしながら言う。礼儀正しく、しかし少年らしく幼さを孕んだ挨拶に、少年たちを見送っていた老婆がにっこりと笑みを浮かべる。


「相変わらずリヒト坊は偉いねぇ。まだ六歳とは思えないよ」

「そんなことないですよ」

「謙遜まで覚えちゃって。でも、たまにはあの二人みたいに、元気に駆け抜けていってもいいんだよ?」

「……そう、ですね。でも、森じゃ元気に遊んでますよ」


 しわくちゃの顔に笑みを浮かべ穏やかに見つめる老婆に、黒髪の少年も自然に笑みを返す。


「夕方までには家に帰るんだよ? 日が暮れたらみんなのお野菜まとめてもってくから」

「いつもありがとうございます。でも、大丈夫ですか? 野菜って重いですし、ぼくも手伝ったほうが……」

「なに言ってんだい。こちとら毎日農作業で足腰鍛えてんだ。これくらいどうってことないよ」


 そう言うと、わずかに曲がった腰を上げ、ドンッと胸をたたいて見せる。

 そんな様子の老婆に、少年は「本当に大丈夫かな……」と苦笑を浮かべるが、経験上これ以上は何を言っても無駄だろう。そう悟ると、もう一度ぺこりとお辞儀をした。


「じゃあ、お願いします。それじゃあ、二人が待ってるんで」

「あぁ。気を付けて遊んできなよ」


 ふるふると手を振る老婆に見送られながら、だいぶ遅れて二人の後を追う。

 と言っても、毎日向かう場所は同じなのではぐれても問題はない。


 その後も会うたび会うたび村人たちに丁寧に挨拶をしていき、目的地に到着したのはに十分も後のことだった。


「おっせーよリヒト! どれだけ待たせるんだ?」


 リヒトが着くと、藍髪の少年がむすっとした顔で仁王立ちしていた。

 リヒトよりもわずかに高い身長。彼の性格を如実に表している勝気な顔立ちと、頬っぺたに貼られた絆創膏。

 いつも以上に逆ハの字に吊り上がった眉に、リヒトは苦笑を返すことしかできなかった。


 そんな藍髪の少年とは反対に、リヒトの傍に寄ってくる少女。


「大丈夫リヒト? やっぱり少し速かった?」


 申し訳なさ気に眉をひそめる彼女は、心配そうに問うてくる。

 腰辺りまで伸びる髪は、綺麗なオレンジ色。健康的な肌色に、整った目鼻立ちは将来美人に成長するであろうことが容易に想像できる。


 リヒトを心配する少女を見て、面白くないと思ったのか、はたまた純粋な本心からか、藍髪の少年はその面を更にしかめる。


「アリサもそんな心配することねーって。リヒトのやつ余裕でついてこられるくせにわざと遅れてんだ」

「でも……」

「見てみろよ。そいつ汗一つかいてねーだろ」

「あっ……」


言われて、今更気づいたのか少女は小さく声を漏らした。たしかに、リヒトの額には小さな汗粒一つないが……藍髪の少年がそのことに気づいていたとは、少しばかり意外だった。


「あはは……そんなことより、今日は何するの?また秘密基地作り?それとも虫取り?」


これ以上追求されると面倒だ。リヒトは話を晒すように、やや早口でまくし立てる。


すると、藍髪の少年は一瞬訝しむような視線を向けるが、すぐにニッとその白い歯を覗かせた。


「今日はな――」




 藍髪の少年――レノンは子供らしい朗らかな表情を浮かべながら楽しそうに語っている。

 そんなレノンを見ながら、リヒトはこの六年の成果を感じていた。


 当然だが、リヒトはこの六年間をのうのと生きてきたわけではない。

 リヒトがこの六年で行ってきたことの一つに、印象操作というものがある。簡単に言えば、他人が感じとる印象を自らで操作し誘導すること。その結果、リヒトたち三人の形は前回とは少しばかり変わっている。


 なにせ、今こうしてリヒトとアリサを引っ張って、三人の中心にいるレノンの立ち位置は、かつてリヒトがいた場所なのだ。


 リヒトが先頭を駆け、アリサがそのあとを楽しそうに追いかけ、レノンが遅れ気味にせっせとついてくる。

 そんな構図が、前回の世界での三人の在り方だった。


 対して、現在はリヒトの場所にはレノンがおり、逆にレノンがいた場所にはリヒトがいる。これは当然リヒトが狙って生み出した構図であり、今後のことを考えた結果であった。


 リヒトは前回、朗らかで愛想がよく、元気いっぱいの子供であった。誰からも愛され、見守られ、みんなに育てられた。これを無自覚でやっていたのだから大したものだとリヒト自身思うが、その結果齎したのが…………無慈悲な裏切りだ。


 そのことをふまえ、リヒトはある結論に達した。

 それは、ただ受け取るだけの存在ではダメだということだ。

 

 施しを、温情を、慈愛を、情愛を、ただ一方的に受け取っていたが故に、リヒトは村の人々に裏切られた。ただ受け取るだけの存在であったリヒトは、村人たちにとって〝いてもいなくてもいい存在〟でしかなかったのだ。


 それでは、ダメだ。

 抱くのは情愛だけでなく、謝恩と依存。


 一方的に受け取る存在ではなく、こちらからも与える存在になる。

 そうすることで、リヒトははじめて〝いてもいなくてもいい存在〟から〝いてもらわなくては困る存在〟になるのだ。


 その前準備として、リヒトは今現在の立ち位置を確立した。

 そう、無鉄砲なヤンチャ坊主ではなく、大人しく利口な子供に。


 今のところ、リヒトが村人に与える恩恵として最有力候補として考えているのが、芳香剤の材料の品種改良である。

 

 このトワレの村では、王国への献上物兼収入源として、芳香剤の材料を栽培している。


 〝トワレの香草〟。

 この村の名前の由来ともなったこの香草を特殊な技術で加工することで、芳香剤を作っている。この香草は気候、気温、湿度、その他厳しい条件下でしか栽培が難しいため、この村近辺以外での栽培はあまりされておらず、また芳香剤などという嗜好品を使うのは貴族ぐらいなため、この香草は貴重な収入源となっている。


 しかし、如何せん一度に栽培できる数が少なく、いくら高値で売れるといっても村に入ってくる収入は多くない。そのうえ、ただでさえ少ない収穫の一部を王国への献上品として持っていかれるものだから、収入の低さに拍車をかけている。


 しかし――今のリヒトには、〝トワレの香草〟を大量に収穫するための方法が分かっている。


 これは、《狭の図書館》にあった『希少植物大全』という本に載っていた〝トワレの香草〟の詳細をもとに、数々の科学者が残していった植物の生態系に関する論文を読み漁り辿り着いた答えである。


 その答えこそが、品種改良。

 土壌や与える栄養分を変える等、その他の可能性も検討したが、結局一番効率的かつ確実性か高いのは香草そのものの品種改良だという結論に至った。


 とはいえ、この手段はあくまで図書館内で思い至ったものであるため、確実に成功するとは言い切れない。何事にもイレギュラーは存在する。そうでなくても、方法そのものはあっていてもリヒトの手腕が悪い可能性もある。

 そのために、まずはリヒトが隠密的に品種改良の実験を行い、確実に成功させてから村全体の品種改良に取り掛かるのがベストだろう。


「……となると、そろそろ実験に取り掛かり始めてもいい頃か……最近は一人で森に行っても止められなくなったし……」

「おい、ちゃんと聞いてんのかリヒト?」


 いつの間にか思考にのめり込んでいたらしく、なんの反応もないリヒトを訝しんだレノンが顔を覗き込んでくる。


「う、うん。もちろん聞いてるよ。大きなキノコを見つけたんだって?」

「おう! おれがガバーッてしも足りないくらいのデッケーキノコがあってさ! おまえたちにも見せてやろうと思って!」

「でも、そのキノコを見たのって森をずーっといった場所なんでしょ?」

「だいじょーぶだって! ばーって行ってばーって帰ってくれば夜になる前に村につくさ!」


 子供らしく擬音満載の会話を繰り広げる二人を見て、リヒトは軽くため息をついた。

 正直何を言っているのか理解できないところの方が多いが、そこは深く考えても意味はないだろう。適当に相槌を打っておけばオーケーだ。


 それにしても……と。

 リヒトは楽しそうに話し合う二人を見て、溢れてくる激情を必死に抑えた。

 決して顔に出さぬよう。にこやかな笑みで塗りつぶす。


 レノンは子供のわりに勘が鋭い。

 それもそのはず。前回の世界では少々気が弱かったものの、周りに気を遣えるしっかり者だったのだ。リヒトの計らいによって性格は変わってしまったが、その本質は変わらないのだろう。

 

 万が一にもそんなレノンに怪しまれれば、今までの努力が水の泡だ。

 まだ子供故に誤魔化すのは簡単だろうが、後々の憂いは断っておくにこしたことはない。


 リヒトと、レノンと、アリサ。

 三人は仲良く、お互いを無条件で信頼しあえる幼馴染にしなくてはならない。

 

 利益で信頼を勝ち取る村人たちとは違う。

 レノンとアリサは、リヒトにとって何者にも代えがたい存在なのだから。






◇◆◇◆◇◆◇◆






「はぁ…………」


 深いため息とともに、リヒトはどすりと腰を下ろした。すると、ボロボロの木製椅子がギシリと悲鳴をあげた。


「…………木の椅子、か」


 毎日座っているそれを見る度、あの光景が脳裏によぎる。


 山のような本棚と本に囲まれた終わりのない空間。

 真っ白な床の上にあった、簡素な机と椅子。

 深紫の髪を垂らし、一心に本を読む読み耽る女性。


 云万年と過ごしたあの光景は、今でもはっきりと脳裏に焼き付いていた。


「あれからもう六年か…………」


 トゥワイスの魔術により、過去に遡行してはや六年。

 魔術は無事成功し、人生を再スタートさせたあの日から、既に六年の月日が経っていた。


 リヒト・クレール六歳。

 平均的な身長に、自分で見ても中々に愛嬌のある童顔。まん丸い黒瞳に短めの黒髪。リヒトの記憶にうっすらと残る、六歳の自分そのものだった。


 リヒトが過去へ戻ってきて六年、当然何もせずのうのうと生きてきたわけではない。

 この六年でリヒトが行ったことは大きく分けて二つ。

 修行と印象操作だ。


 と言っても、修行は現状のリヒトではできることが少なく、簡単な筋力トレーニングと体力づくり、魔力操作くらいしかしていない。


 六歳の未成熟な体で無理をすれば、今後の成長を妨げる危険性が大いにあるため過度な身体強化トレーニングはできないし、魔術に関しては元からあまり得意ではないうえ、遡行前は誰にも教えてもらえず我流で身に着けたため現状以上の上達は難しい。


「……図書館にあった本に魔術上達のコツとか簡単魔法練習とかあったけど……どれも文章で読んだだけじゃいまいちピンとかなかったしな……」


 呟きながら、リヒトは脳内で検索をかける。

 キーワードは、魔術に関する本。


 すると、魔術の基礎知識の本から始まり、応用の本、上達のコツや裏技の本、果ては魔術誕生のルーツが描かれた本などが検索に引っかかる。

 リヒトはその中から上達に関連する本をいくつかピックアップし、ざっと脳内でページをめくっていく……が、


「やっぱり分からん……魔法行使の工程を言葉で細かく説明されてもさっぱりだ」


 こればかりは感覚の問題なため、いくら文字で読んでも理解できない。いや、脳では理解はできるが体が理解できていないという感じだろうか。特にリヒトは戦闘面では感覚派ということもあり、その傾向は顕著だ。


 どちらにせよ、今のリヒトに魔術の上達は難しい。そのため、基礎となる魔力そのものの操作をするくらいしか現状できることはない。


「まぁ、魔術の修行に関しては心当たりがあるし……それまで我慢だな。それにしても……」


 リヒトは今しがた脳内に浮かんできた無数の文書に、思わずため息を吐いた。


 リヒトの記憶にない、あっても覚えていない事柄を簡単に把握することのできるこの〈スキル〉は本当に便利だ。さすがは最上位スキルである神話級。


 当然、こんな破格性能のスキルをリヒトは昔から所持していたわけではない。これは図書館内でのとある条件を達成したために取得できたのだが……その説明をする前に、〝知られざる神秘〟について説明したほうがいいだろう。


 リヒトは脳内で「ステータス・オープン」と念じ、空中に手をかざした。

 すると、突如透明な板のようなものが出現する。



――――――――――――――――――――――――――――


【リヒト・クレール】age.6

 

 種族:人間種

 性別:男

 魔力素体:1,682,000


[魔法]

〈氷魔法〉

〈雷魔法〉


[スキル]

〈狭ノ司書〉

〈復讐鬼〉


――――――――――――――――――――――――――――



 空中に浮かぶ透明な薄い板のようなもの。そこに淡々と無機質な文字で綴られるのは、リヒト・クレールという人間の情報だ。

 

 ステータス。

 そう呼ばれるこの技法は、リヒトが《狭の図書館》にてランクBに位置づけられる書物を読み得たもので、この世に数多と存在している〝知られざる神秘〟の一つでもあるらしい。


 当然、図書館でその本を読むまでステータスという存在をリヒトは知らなかったし、きっと全世界の人間がそうなのだろう。だからこその〝知られざる神秘〟。


 残念ながら、ステータス以外の〝知られざる神秘〟も、神秘そのものの詳細もリヒトが閲覧できる範囲にはなかった。


 しかし、ステータスだけでも相当に有用な力である。

 なにせ、現在の自分自身の力の詳細が自由に閲覧できるのだ。本来特定の魔道具か、固有魔法でしか知ることのできない自身の魔法に関する適性属性が簡単に把握できるし、どうあっても正確な数値までは測定不能な魔力素体までも数値化して閲覧できる。


 魔力素体とは、その者の肉体が持つ魔力の素体……簡単に言えば、肉体が魔力を内包できる最大許容量である。


 これが中々のクセモノで、人間というのは自身が現在保有している魔力の量は大まかに把握できるが、肉体そのものが持つ許容量はうまく測れないものなのである。そのため、魔力素体を大幅に超える魔力量を蓄えて魔力漏れを起こしたり、逆に許容量に達していないにも関わらず魔力回復を止め、最大量の半分程度の魔力量で戦うというもったいないこともよくある。


 しかし、自身の魔力素体を正確に把握することで、自身の内包する魔力量を限界ギリギリまで増やし、無駄なく魔力を保有できるのだ。

 もしも魔力回復が魔力素体に達したところで自然と止まってくれるならば必要ないが、大抵の場合は術者が意図して止めない限り魔力回復とは止まらないものであるから、この情報はとても重宝する。


 それに、ステータスは自身の保有する情報を一覧として見れるだけではない。


 リヒトは宙に浮かぶステータスを指でなぞっていき、スキルの欄にある〈狭ノ司書〉の文字を二回タップする。

 すると、それまでステータスに表示されていた文字が消え、代わりに数行の文字が新たに浮かび上がる。



――――――――――――――――――――――――――――


〈狭ノ司書〉


 神話級スキル。

 次元の管を通じて《狭の図書館》へアクセスし、スキル所有者の望む事柄を図書館内部の本から検索、閲覧することができる。現在の閲覧権限……A-。


――――――――――――――――――――――――――――



 これは、ステータスの能力の一部で、本人の情報を大まかに把握するだけでなく、その所有する能力の詳細までも知ることができるのだ。


 本来何度も繰り返し使用し、試行錯誤の末自らの能力を把握するものだが、この力があればすべて一瞬で把握することができる。なんとも素晴らしい能力……さすがに大仰な名前で呼ばれているだけはある。


 それにしても、この〈狭ノ司書〉。

 先程リヒトの脳内に浮かび上がってきた文書もこのスキルによるものなのだが……如何せん物凄く便利だ。ステータス以上に。


 まず、前提知識として、《狭の図書館》にはこの世界のありとあらゆる情報が集まっている。閲覧権限により多少は見れない本もあるものの、世界のほぼすべてと言っていい情報をいつでも好きな時に見れるうえ、検索を使うことで簡単に見つけられるのだ。


 言い換えれば、世界の情報の大半をいつでも把握できるということ。


 これほど便利な能力は他にないだろう。


 これはリヒトが《狭の図書館》で本を読み漁り、その数がおよそ十万冊を超えたあたりで獲得したスキルである。トゥワイスによれば、図書館内の本の知識を一定量蓄えることが獲得条件だという。


 このスキルを獲得したおかげで、リヒトは想定よりもずっと早く過去へ遡る準備ができたのだ。なにせ、必要な本だけ優先して読んでしまえば、残りは後々、必要な時にいつでも読めるのだから。


 ついでに言えば、リヒトの記憶力的にも助かった。なにせ、云万冊分の情報を暗記するなど、いくら記憶力に自信のあるリヒトでもさすがに厳しい。その点、忘れたらいつでも確認できるこのスキルはありがたかった。


「……そういえばいつの間にか閲覧権限が上がってたけど……これはどういうことなんだ……?」


 見れば、ステータスに表示されている閲覧権限はA-。しかし、リヒトが図書館にいた頃はBだったはずだ。過去に遡ってすぐにステータスを確認した時には既に上がっていたことから、時間遡行がなんらかのキーであることは間違いないはずだが……、


「だとしても、時間遡行しなきゃ権限が上がらないってのは条件が厳しすぎる……」


 その理屈でいえば、閲覧権限がA-以上の者は全員が時間遡行を体験しなくてはならなくなる。トゥワイスの口ぶりからするに時間遡行の魔術はそう何度も使えるものではないし、恐らくは時間遡行をすることで何等かの条件を満たした、と考えるのが自然だ。


「……まぁ、いくら考えても答えが分かるわけじゃないし。放っておこう」


 そう結論付けると、リヒトはステータスを閉じた。


 この世界に来て六年。

 リヒトが予定している〝初めの復讐劇〟は大体十一年後。

 それまでに、しなくてはならないことはたくさんある。とりあえずは、香草の品種改良実験を進めつつ、修行と印象操作を続けていくという感じか。


「とりあえず、村のみんなに良い顔でも振りまいてくるか」


 そう呟いて、顔をぐにぐにとしながら立ち上がる。


 この六年で鍛えに鍛えた作り笑顔の出番だ。

 リヒトは無理やり口角を引っ張り、揉み解す。


 香草の品種改良に成功したとしても、一定の信頼度を得ていないと村の畑をいじらせてはもらえないだろう。そのために、好感度を稼いで来なくては。


 リヒトは、笑みは笑みでも黒い嗤いを浮かべながら、簡素な扉を開いた。

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トワレの死神〜闇黒の復讐譚〜 太田裕 @yuota

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