第2話 嬉しいことは花火に変えてしまいます

 新聞社は村の広場のど真ん中に位置していました。

 もともとは村人のみんなが集まる場所だったのですが、意地汚いジャンはその場所に自分の新聞社を構えて、広場に集まった村人たちに新聞を配って回っていたのです。

 そんな新聞社は夜になっても、明々と電気がついていました。

 

 ジャンの新聞社の玄関を叩こうかと思ったそのとき、レインが何かが道に落ちていることに気づきます。それは宝石でできた青い鳥の飾りが素敵なペンダントでした。


「これは! あの男の人が探していた贈り物だよ! きっと!」


 後であの男の人に渡そう。二人は頷き合いました。

 レインがペンダントを鞄にしまってから、また二人は歩き始め、ついに新聞社の分厚い木の扉をノックしました。


「おやおや、こんな夜遅くにお二方、どうされましたか?」


 こんな雨の中立ち話は辛いでしょうから、と二人は新聞社の中に通されました。

 ゴウンゴウンと新聞を作っている印刷機の音が響くオフィスにあるソファで、二人はジャンと向かい合って座ります。


「それで、今日はどうされましたかな?」


 ジャンがコーヒーを一口すすってから尋ねました。


「お悩み相談室をやめようと思うのです」

「ほほう、それはどうして?」

「博士がまた研究ができるようになるためです!」

「それもありますが――」

 

 そこで博士は、機械に悩み事を吹き込んだ村人たちが、悩み事に関することを忘れてしまうこと。機械が生み出した雲のせいで雨が多くなってしまっていることなど、モコモコマシンの危険性について、説明しました。


「おやおや、あなたも・・・・気づいてしまいましたか?」


 ジャンの「あなたも」という言葉を聞いて、博士は青ざめます。

 まさか、気づいていたのか。博士が問いかけると、ウヒヒヒと不気味な笑い声が返ってきました。


「気づいていたなら、せめてそれを記事に書くべきじゃないのか?」

「ニュースには旬があるんですよ。博士。私が気付いたときでは、早すぎたんです。でも、もう記事に書かなければいけないですねえ。博士の発明は、村のみんなを不幸にする・・・・・危険な発明だと」


 ひときわ嫌みたらしい笑い声がオフィスに響きます。


「博士を悪者扱いするな! 悪いのはおじさんじゃないか」

「おじさんが悪い? 何を言っているのか分からないねえ。私が何をしたって言うんだ? 私は博士の発明は凄いという記事を書いて、次は、博士が機械の危険性に気づかないまま、村のみんなに使わせていたという記事を書くだけだ。どっちもただの事実・・じゃないか」

「レインくん、今日のところは引き上げよう」


 博士はため息をついて立ち上がりました。さあ、今日は帰ろう、とレインの手を引こうとしましたが振りほどかれてしまいました。


「博士、悔しくないの!?」

「悔しいさ。けれど事実は事実だ」

 

 そこでレインは言い返す言葉がなくなってしまいました。

 とぼとぼとオフィスを去っていく二人を、ジャンが薄ら笑いながら見送ります。二人の背後で新聞社の玄関ドアが、乱暴に閉められ、「もう入って来るな」と言わんばかりのやかましい音を立てて鍵がかけられました。


「博士、これからどうするの?」

「とりあえず、相談室は、やめにするよ。明日になれば記事が出回っているだろうし。あとは、そのペンダントをあの男の人に届けてあげよう。それから二人でこの曇りっぱなしの空を何とかする方法を探そうじゃないか」


 そうだね、とレインがか細い声で頷きます。

 ジャンに言い返す言葉がなかっただけで、本当は二人とも、悔しくて悔しくてたまりませんでした。そんな二人の気持ちを表すように、ザーザーと強い雨が降りしきります。

 これで良かったのかもしれない。このまま雲が増え続けたら、きっと大嵐を呼んでしまうに違いない。博士は自分の心にそう言い聞かせるのでした。


    ***


 明くる朝、分厚い雲の浮かぶ鉛色の空の下、研究所には大勢の村人が詰めかけていました。


「博士ー! どうして相談室はお休みなのですか?」

「早く入らせろ! 俺の悩みを聞いてくれー!」


 研究所に入れない村人たちが騒ぎ立てます。

 おかしいな。もうジャンが書いた新聞で噂は村じゅうに広がっているはずなのに。どうして、村人たちが研究所に押し掛けるんだ? 博士は不思議に思っていました。

 ふと、やかましいエンジン音を立てて車がやって来て、研究所の前で停車しました。中から降りてきたのはジャンです。


「おやおや、皆さん、何をしているのですか。危ないですよ」


 ウヒヒヒ、と笑いながらジャンは研究所の前に、「キケン!!」とでかでかと書かれた看板を立てかけました。そしてメガホンを取り出して――


「皆さん、今日は特大スクープがございます! なんと発明家のクラウド博士は、助手のレインと協力して、この村を滅ぼそうとしているキケンな人たちなんです。皆さんが毎日のように悩み事を吹き込んでいた機械は、大きな大きな嵐を呼ぶためのものだったのです。その証拠に、皆さんの悩み事でできた雲は、もう何日もの間、この村の空を覆いつくしています!」


 博士とレインのことを危険人物だと言いふらしたのです。

 もともと研究所を開けてくれないことに苛立っていた村人たちの怒りの矛先は、博士とレインに向かいました。


「さあ、みんなで二人を村から追いだしましょう」


 ジャンの一声で、村人たちが石を投げ始めました。研究所のあちこちの窓が割られてしまいました。

 

「もう許せない。ジャンの言いなりになって、博士にひどいことばかりして!」


 ガラスの破片が散らかって、散々になってしまった研究所の様子を見て、レインはたまらず外に出てしまいます。


「待て、レイン。中に戻るんだ」


 博士も外に出て、レインを連れ戻そうとするも、レイン目がけて石が飛んでくるところでした。とっさに、博士は覆いかぶさってレインを守ろうとします。

 背中に石が飛んでくるぞ。それも四方八方から。博士は身構えました。

 けれど、石は博士の背中に届くまでに傘にはじかれて、落っこちてしまったのです。


「やめてください! どうして、みんな博士を責めるんですか!?」


 その男の声には聞き覚えがありました。

 振り返ると、一人の男と、一人の老人の姿がそこにありました。二人が、博士とレインを守る傘となってくれたのです。


「博士はみんなをだまして村を滅ぼそうとしていたんだ!」

「そうだそうだ、博士は悪者だ!」


 尚も騒ぎ立てる村人たちの前で、男が青い宝石の鳥のペンダントを掲げました。


「これは私が妻に贈ったペンダントだ。博士とレイン君はこれを雨が降りしきる夜に道で広い、わざわざ私のところに届けてくれた。そんな心優しい人物が、村を滅ぼそうだなんて考えるのか? それに、このお悩み相談室で、みんな悩みを聞いてもらっていたんじゃないのか? その博士をどうして信じてあげないのです!」


 彼の呼びかけで、村人たちが静まり始めました。

 この様子を面白くなさそうに見ていたジャンが、メガホンを手に取ります。


「待ってください。博士は、ある重大な事実を隠しています。博士が発明した、悩み事を雲に変える機械 モコモコマシンは、なんと悩み事と一緒に記憶まで消してしまう危険なものだったのです。それを知っていながら博士は、村のみんなに機械を使用させ続けました。これでどうです? 博士がとんでもない悪者だと理解してくれましたかね? 皆さん?」


 そうだ。やっぱり博士は悪者だ。再び村人たちが騒ぎ立てます。

 博士たちを助けに来た二人が、悔しそうに歯を食いしばる様子を見て、ジャンはウヒヒヒと腹を抱えて大笑い。

 その背後に忍び寄る二人の影、小さい男の子と女の人。まずは男の子がジャンの脚に抱きついて動きを封じ、その隙に女の人がメガホンを奪いました。


「待ってください! 皆さん、博士だけ・・・・を責めるのは間違っています。確かに私は博士の発明した機械のせいで、記憶を無くしていました。でも、雨に打たれて記憶が戻ったとき、私は自分のことを恥ずかしく思いました。夫が贈り物を贈ってくれようとしたというだけで、私は幸せなはずなのに。夫がそれをなくしたからと腹を立てて喧嘩し、仲直りする方法を自分で探すことすらせずに機械に頼っていたんです。それって、おかしいことだと思いませんか? 私たちは、何もかも機械に任せて自分で考えることをやめてしまったんです。今だって、考えることをやめて、博士だけを責めることに夢中になっている。それがおかしいって、どうして気づかないんですか?」


 再び村人たちが静まり返ります。

 そこで博士が立ち上がり、博士たちをかばった二人の前に出て、村人たちに向かって深く頭を下げました。


「すまなかった。私がこのモコモコマシンの危険性に気づいたのは、つい昨日のことだった。これ以上、私の発明で皆の記憶を消すわけにもいかないし、天気をこれ以上の大しけにするわけにもいかない。だから、お悩み相談室はもうお終いにしたんだ。皆を騙してすまなかった。雨に濡れてしまえば、皆がなくした記憶も元通りになる。そして、この雲も――」


 博士の言葉で、石を投げようとしていた人たちも両の腕をだらんと下ろしました。手に持っていた石がぽとり、ぽとりと落ちていきます。

 そんな村人たちの様子に苛立ち始めたジャンが、メガホンを取り返して叫びます。


「どうしたのです! 博士を村から追い出すのではなかったのですか!?」


 さっきまでジャンの言いなりだった村人たちが、ジャンの言葉に耳を貸さなくなっていました。

 息を荒くし、地団駄を踏むジャンの額にポツリ、と雨粒が一滴。その瞬間、ジャンの顔が真っ青に染まります。


「あ、雨だ……。雨だ! そうだ! みんな傘を差そう! どうしました? 何で誰も傘を差さないのです? 雨に濡れてしまいますよぉ~……お……」


 メガホンから弱弱しい声が漏れます。もはや誰もジャンの言葉など、誰も気に留めません。そのうち、村人たちの何人かが、ジャンのところへずいずいと詰め寄ってきました。


「あ、あははは、な、なななな、なんでしょう?」

「すっかり忘れていたよ。お前が書いた記事のせいで、うちの店の売り上げがさんざんになったんだ」

「あたしの浮気のでっち上げもひどいものだったわ」

「俺なんて、お前のせいで仕事をクビになったんだぞ」


 ジャンの記事のせいで迷惑をしているのは、何も博士とレインだけではなかったのです。それもモコモコマシンの記憶がなくなる効果を利用して、自分のでっち上げを無かったことにしようとしていたのです。


「こ、こんなはずでは……。みんなの記憶が戻ったら、私は、もうこの村にはいられない!」


 ジャンはついにメガホンを投げ捨てて車に乗り込み、その場から逃げ出してしまうのでした。

 ジャンが逃げ出したのをきっかけに、博士の研究所に集まっていた村人たちは、とぼとぼと家路につき始めました。


「これでひとまず追い出される心配はなくなったな」


 博士が、ほっと一息漏らしたところで、レインが雨の中走り出して、ジャンが落として行ったメガホンを拾い上げます。


「まだだよ博士、この雲を晴らす仕事が残っているじゃないか。村のみんなも協力して! そうだ。研究所には博士が作った大きなお風呂があるんだ! お風呂を貸してあげるから、みんな手伝ってよ!」


 勝手に人の作ったお風呂で人を誘うんじゃないよ。と内心で博士は思うのでしたが、雨でびしょ濡れになった村人たちにとっては、大きなお風呂という言葉の魅力はすさまじく大きなものでした。

 村人たちに課せられたお手伝い、それは、モコモコマシンに悩み事ではなく、嬉しかった事を吹き込むこと。

 村人たちは、博士の作った大きなお風呂でたっぷり温もった後、その喜びをモコモコマシンに向かって吹き込みます。


 ゴウンゴウン、ゴゴゴゴ、ゴウンゴウン!


 モコモコマシンが大きな音を立てて動き始めました。博士とレインの二人は研究所の外に出て、煙突の先を見上げます。すると、煙突の先から雲は出てきません。かわりに、煙突から花火が打ちあがって、空にかかっていた雲を吹き飛ばしました。雲に開いた穴から、太陽の光が差し込みます。


「やった! 成功だ!」


 博士とレインは手を取り合って大喜び。そうこうしているうちに、煙突からどんどん空っ風が出て、雲を吹き飛ばしていきます。


「うわぁ、すごーい」


 どんどんと打ちあがる花火に、二人は声を上げて見入ります。


「とってもいいお湯でした。博士、ありがとうございます」


 そこにお風呂から上がってきた、あの夫婦がお礼を言いにやって来ました。どうやら、嬉しかったことを花火にする機能には、人の記憶を消してしまう副作用はないようです。


「いやいや、礼を言われるほどのことじゃない。村のみんなを不幸にしていたのは事実だし」

「でもきっと今回のことがなかったら、妻も私も村のみんなもずっとジャンの記事に振り回されていたと思うんです。悩むのは誰だって嫌だけど、それを自分で解決しないで、他のところに捨てようとするから大雨を呼んでしまったんです。けれど、それが嬉しいことならば、晴れ間を呼ぶんですね。博士とレインくんは、そのことに気づかせてくれました」


「ありがとうございます」


 夫婦は声を揃えてお辞儀をしました。


 ドンドン! パパンパン!


 再び煙突から雲を蹴散らす花火が打ちあがります。青空に弾ける花火を見上げ、博士とレインの二人は、少し誇らしげな気分になるのでした。

 それから、モコモコマシンは、カラカラマシンに名前を変え、村を大雨や嵐から守る機械として、末永く活躍するのでした。

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クラウド博士とレインの大発明! ~悩み事を雲に変えちゃうモコモコマシン~ 津蔵坂あけび @fellow-again

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