クラウド博士とレインの大発明! ~悩み事を雲に変えちゃうモコモコマシン~

津蔵坂あけび

第1話 悩み事は雲に変えてしまいます

 クラウド博士は、眼鏡と真っ白なおひげ、そして真っ白な白衣がトレードマークの発明家。今日も村の外れの研究所で、困っている村人たちを助けるために、研究に没頭している優しいおじいちゃんです。

 でも、村人たちは、クラウド博士のことを変わり者だと言ってよそ者扱いしていました。ただ、一人の少年を除いて。


「博士! 材料を持ってきたよ!」

「おお、レイン。ありがとう」


 博士とお揃いの白衣を着た少年のレインは、博士の養子です。博士と一緒に研究所に住んでいて、小さいけれども立派に助手を務めています。今日は村中の家を回って、何処に使うのか分からなくなってしまったネジを集めてきました。

 クラウド博士はこのネジを使って、今作っている偉大なる発明の最後の仕上げをするのだそう。木箱に積まれたネジの山を見て、博士もご機嫌です。


「これで、村のみんなが助かる世紀の大発明が完成するぞ」


 研究所の真ん中には組み立て中の大きな機械がありました。機械の横には大きなラッパのようなものがついていて、てっぺんから伸びる太いパイプは天井を貫いています。

 博士はレインから受け取ったネジの山の中から、まだ塞がっていないネジ穴にぴったりのものを選び出してはめていきます。

 しばらくして――


「よし、できたぞ」


 博士は額の汗をぬぐいながら、大きくため息をつきました。博士の世紀の大発明が完成です。スイッチを押すと、機械がゴウンゴウンと大きな音を立てて動き始めます。


「博士、これはどんな機械なの?」

「レインくん、これは悩み事を雲に変えてくれる素晴らしい機械。名付けてモコモコマシンだよ。このラッパの部分に悩み事を吹き込むと、もこもこの雲に変えてくれるんだ」


 おお、それはすごいすごい! はしゃぎまわるレインをなだめながら、博士は「せっかくだから試してみないかい」と提案します。


「うーん、悩み、難しいなあ……」


 うーん、うーん、とレインは頭を抱えます。

 レインはいつも元気いっぱいだから、急に悩みと言われても困ってしまったのかな。そんな博士の言葉が喉のところまで出かかったところで、レインが機械に取り付けてある大きなラッパに目がけて声を放ちます。


「僕は博士が、一生懸命発明をしているのに、村のみんなにバカにされていることがとっても悲しいです」


 それを受け取って、機械がさらに大きな音を立てます。


 ゴウンゴウン、ゴゴゴゴ、ゴウンゴウン!


「おお、モコモコマシンが正常に動いている! レインくん、外に出てみよう。君の悩み事が雲になって飛んでいくところを見られるはずだ!」

「本当!? やっぱり博士は、世界一偉大な発明家だ!」


 二人は急いで研究所の外に出ます。


 ゴウンゴウン、ゴゴゴゴ、ゴウンゴウン!


 研究所の屋根から飛び出して、煙突に繋がっている太いパイプが、大きく動きます。パイプが丸く膨らんで、何かを煙突に送り出しているみたいです。

 ゴウンゴウン、モコモコモコ!

 煙突から真っ白な雲の塊が出てきました。


「うわああ!」


 驚く二人の声が重なります。

 レインの悩みが雲になって大空へと浮かんでいきました。


「やった、やった! 博士の発明が成功した! これで村のみんなも大喜びだ! 博士、村のみんなに自慢してくるね。博士が大発明をしたこと、そして僕は博士の素晴らしい助手だって!」


 レインの喜び様は、すさまじいものでした。

 博士は、その喜び様を少し不思議に思ってしまいます。

 まるで、さっき機械に吹き込んだ悩みが、どこかに消えてしまっているような。

 首を傾げて唸っている博士の目の前で、レインが男の人にぶつかってすってんころりん。


「わ! ご、ごめんなさい」


 博士も慌てて駆けつけて、一緒に謝ります。


「おやおやおや、これはこれは発明家のクラウド博士。それに同じくその助手のレイン君ではありませんか?」


 男の人は、片方だけの眼鏡で博士を覗き込みながら、ウヒヒヒと嫌みたらしく笑います。


「ジャン、また取材に来たのか」

「ええ、もちろんですとも。なにやら先ほどからゴウンゴウンと音がしておりましたので、是非とも博士の偉大な発明を新聞に書かせていただこうと思いまして」

「ジャン、あんたの記事には、もうウンザリなんだ。悪いがもう取材は無しにしてくれないか」


 博士は頭を抱えながら、ジャンを追い返そうとします。このジャンという男には、あまりいい思い出がないのです。

 博士が、井戸の水をきれいにする機械を発明したときのことです。ジャンは、村のみんなに「機械を使った水を飲めば若返る」、さらには「機械を使った水を飲めば病気が治る」などと、嘘を言って回りました。それを博士が正そうとした途端に、今度は博士のことを嘘つき呼ばわりしたのです。

 だから、ジャンのことは信用ならない。どっかに行ってくれ、と追い返します。

 けれど、そこにレインが割って入りました。


「待って、博士。記事を書いてもらおうよ」


 レインの言葉に博士は、口をあんぐりと開けます。

 井戸の水をきれいにする機械を発明したときのことで、博士もレインも、村人からよそ者扱いされるようになったのに、それを覚えていないのか。

 博士がそう言っても、レインは何も覚えていないかのように首を傾げます。

 

「博士、何言ってるの? これはチャンスだよ! 博士はすごい発明家なんだから、みんなに発明を広めないと」

「おやおや、レインくん。君は若いだけあって、どうやら博士よりも物分かりが良いようだ。どうです? 博士、あなたの優秀な助手であるレインくんもこう言っていることですし。あなたの新しい発明について記事を書かせてもらおうじゃありませんか」


 博士はレインのお願いとあっては、断ることが出来ませんでした。


     ***


 博士の大発明、「悩み事を雲に変える機械 モコモコマシン」の存在は、村じゅうにあっという間に広まりました。ジャンの記事を書く腕はピカイチです。おまけに商売上手で、博士の研究所は、勝手にお悩み相談室に改造されてしまいました。

 悩みを抱えた多くの村人たちが、毎日のように長い列を作り、次々と機械に悩み事を吹き込んでいきます。


 ゴウンゴウン、ゴゴゴゴ、ゴウンゴウン!


 そして毎日のように、たくさんの雲が、もこもこと煙突から飛び出していきます。

 大勢の村人たちが研究所に来るものだから、博士の研究する場所はなくなってしまいました。そこで仕方なく博士は、村人たちの悩みを聞いてあげるのでした。

 ある女の人は、夫が結婚記念日の贈り物を無くしてしまったことに腹を立てて、大喧嘩をしてしまいました。機械に悩み事を吹き込むと、晴れ晴れとした気分で帰って行きました。

 ある男の子は、おじいちゃんが誕生日のプレゼントに送ってくれるはずだったおもちゃが、自分が欲しかったものとは違って、喧嘩をしてしまいました。男の子も機械に悩み事を吹き込むと、さっきまでの不機嫌が嘘のように元気に走って帰って行くのでした。


 そんな日が続いたある夜のこと。水の入ったバケツをひっくり返したような大雨の夜のことです。ここのところ、何故だか雨が降ることが多くなっていました。

 博士は日中、いっぱい雲を生み出した機械のお手入れに追われていました。日中はお悩み相談、夜はお手入れ。研究も発明も出来たものではありません。


「博士は有名人になったけれど、研究が出来なくなっちゃった」


 レインもこれには残念そうです。

 仕方がないことだ、村人たちが喜んでくれるなら、と博士はレインをなだめます。


「仕方なくなんかない。僕は発明を夢見て研究する博士のことが好きだったんだ。だから、お悩み相談室なんてやめちゃおうよ。ここのところずっと雨ばかりなのも、村のみんなの悩みで雲がいっぱい生まれるからだよ。僕、ジャンのおじさんにも、そう言ってくる」


 レインは我慢ならず、雨が降る中、ジャンの新聞社へと走り出してしまいました。

 こんな大雨の夜に、外を走ったら、滑って転んでしまうかもしれない。それに、きっと風邪をひいてしまう。博士は大慌てでレインを追いかけます。


「うわぁあっ!」


 研究所の外を出たところで、案の定、レインは足を滑らせて転んでしまいます。

 

「ほら、言わんこっちゃない」


 膝を抱えるレインのもとへ、博士は駆けよります。すると、起き上がったレインに抱きつかれました。


「どうしたんだい?」

「思い出したんだ……。ジャンのおじさん、前に博士にひどいことしたんだ。嘘ばっかり新聞に書いて、それを博士が正そうとしたら、今度は博士を嘘つき呼ばわりしたんだ! 嘘つきは、あいつなのに! なのに、僕、全部忘れちゃってたんだ」


 ごめんなさい。ごめんなさい。泣きつくレインを、博士は「君は悪くない」となぐさめました。


「やっぱり、思った通りだ。悩み事を吹き込んだ人間は、その悩み事と関係することをそっくりそのまま忘れてしまうんだ。その記憶が雨になって帰ってきたんだ」

「そういうことだったんですね」


 博士の発見を、一人の男と、一人の老人が、その場に居合わせて聞いていました。男は、博士のお悩み相談室に来ていた女の人の夫でした。そして、老人はお悩み相談室に来ていた男の子のおじいちゃんだったのです。


「うちの妻は、帰って来てから、私が贈り物をしようとしていたことを忘れていたんです。ああ、青い宝石の鳥のペンダント、せめて妻に渡そうとしていたことだけでも、覚えていてほしかったのに」

「わしの孫も、わしがプレゼントをあげたことを忘れておった。もっとも、そのプレゼントは間違いだったんじゃがの」


 二人の言葉を聞いて、博士とレインは決心をするのでした。もう相談所は、やめにしようと。博士とレインは、二人に真実に気づかせてくれたお礼と、「雨に打たれたら記憶は戻る」ということを伝えて研究所を後にしました。

 行先はジャンの新聞社。お悩み相談室を店じまいすること、そして、モコモコマシンの危険性をジャンに伝えに行くのです。

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