第18話『世界と戦う覚悟』

 屋上での一件以降はあれが嘘だったかのように、

 それ以後、鮮血の魔女ベルナールが俺の前にも、

 シキのまえにもあらわれていない。



(いったい、あの魔女いったいなにをたくらんでいやがるんだ)



 正面切っての戦いなら俺が負ける道理どうりはねぇ。

 だが、小賢しい手を使うというなら話は別だ。



(まっ、それでも俺が魔女ごときに遅れをとるようなことはねぇがなっ)



 考えてもしかたがねぇな。


 んなことよりもメシの準備だ。

 そろそろシキが帰ってくるころだ。


 今日はシキからもらった新しいレシピ本で、

 気合を入れてメシを作ったんだ。



「よしっ……いい感じにできたな」



 ……っと、噂をすれば影。

 玄関のほうでパタパタと足音が聞こえる。


 この足音を聞くだけでなんか嬉しい気分になるんだよな。

 って、俺は犬か……。



「ただいま! ハルトくん」


「あいよ。おかえりさんっ!」


「はー、きょうも……ほんと、つかれたよー」


「遅くまで頑張ってエラい。シキは本当にがんばり屋だな」


「ふふっ、ありがとね、ハルトくん」


「あいよっ」



「あー。もう……明日は会社にいきたくないなーっ」


「ははっ。そんならサボっちまえ」


「そーしたいけど、そーはいかないよ。サボったらクビになっちゃう……」


「有給、つー制度ががあるんじゃねぇのか?」


「うん、そうだね。一応はあるんだけどねっ、正社員の人以外、使っちゃ駄目なの」


「はぁ? アホくさっ。制度としてはあるのに使えないっつーのか、意味分かんねぇな」


「ほんと……ほんとだよね……。トホホって感じだよ……」



 俺は"トホホ"で済まされることじゃないないとは思っている。

 俺の世界では奴隷階級ですら、休暇は権利だった。


 体調が悪くて動けなくなったら、

 それは本人だけではなくギルドにとっても損失。

 この世界の"会社"だって同じようなもんだ。


 この世界の会社とかいう組織はまるで人間を、

 使い捨ての兵器のように扱いやがる。



 この世界の意味がわからないことは、

 表に掲げられているルールと、

 実際に行われている実務が、

 あまりにかけ離れていることだわな。



 そのクセに謎の裏ルールが存在しやがる。



 たとえば、

 サービス残業なんていうタダ働きの制度がまさしくソレだ。


 俺が最初にこの世界にきたときゃ、

 俺の世界と比べてとんでもなく、

 合理的で理性的な世界だと思ったもんだ。



 だが、違う。



 この世界はいろんなところで、

 ワケがわからねぇ謎の力学が働いていやがる。

 しかもソレは明文化されていないのに、

 ときに、法より強い力を持ちやがる。


 たしかソレを同調圧力って言うんだったか。

 みずから囚人の首輪をその身につける。

 ソレを身に着けないと迫害されるから。



 バカバカしいにもほどがあんだろっ!



 こんな酷い状況で、

 俺がシキになにを言っても慰めにはならねぇ。


 俺がシキに言えることは……。



「シキはえらい」


「……はっはっがっ、そっ、そうよ、わたしはエライのよっ!」



「シキはかわいい」


「……っ……お世辞はいいよ、ハルトくん……たははっ」



「シキはがんばり屋さんだ」


「………っ………」



「シキはやさしい」


「……やめてハルトくん、わたし全然っ、そんないい子じゃないっ」



「シキのはかなげな声が好きだ」


「……それ……ただ声が小さいだけっ」



「シキの透き通った宝石のような瞳が好きだ」


「……ガイコクジンってバカにされてる」



「シキのちょっと細くって、銀色の綺麗な髪が好きだ」


「……会社で白髪ってからかわれてるの」



「シキの全部が好きだ」


「…………ひっく……」



「シキがシキだから好きだ」


「……頑張った、……頑張ったの……だけどっ、誰も……っ……わたしのこと認めて、くれなかった……っ、なにをやっても否定しかされなかったっ!」



「誰が否定しようとも、俺がお前の努力を認める」


「ママから授かったこの外見だって……会社ではからかわれたり、バカにされるだけっ……こんな姿に産んだママをうらんだことだってあるのっ」



「こんなかわいい女の子をイジメるなんて、分かってねぇヤツラだ」


「………それに、それに……」



「良い。分かってる。泣け、思いっきり泣け」


「………っ………………っくっ……あっ……」



 シキの瞳から流れ落ちるしずくは、

 せきを切ったようにあふれ出る。


 俺の胸を濡らすこの雫は、

 声なき叫びだ。


 ひとりでずっと我慢してきたんだろう。

 思う存分に泣けばいい。



 誰がそれを認めなくても、

 俺が許し、俺が認める。



 魔女だろうが世界だろうがそんなモノはまったく関係ねぇ。

 世界中の人間がシキを否定しようと、俺が全て認める。

 俺が居る、俺が守る。


 シキを傷つけるヤツラは――俺が否定する。

 だからシキ、安心して思う存分に泣けばいい。


 世界中の人間がお前に牙をむくなら、

 俺が真向勝負で一人ずつブッ倒す。


 矯正力だろうが魔女だろうが、

 そんなものは一切合切関係ねぇ。


 シキを不幸にするありとあらゆるモノは、

 俺が徹頭徹尾てっとうてつびことごとく、すべて打ち砕く。


 神がシキを悪と断罪するのなら、

 そんな神は、俺が悪と断罪する。



 世界、てめぇは俺とりあう覚悟ができているか?



 ――俺はとうに覚悟ができている。





           〈第一部:完〉

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「やがて世界を滅ぼすからその女は殺せ?」知るかよ。俺は勇者だ。守り通して、幸せにしてやんよ。 くま猫 @lain1998

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