第20話 スターチス3

 純白のウェディングドレスに身を包み、サラはブロンデル邸の庭園の前に立っていた。

 庭園では、薔薇を主役に、色とりどりの花が咲き誇っている。

 サラが持つ花嫁のブーケも、この庭園の花で作られたものだ。白の薔薇とカスミソウを主体に、薄いピンクの薔薇をあしらった可愛らしいブーケは、サラの清楚な雰囲気によく合っていた。


 結婚式の支度はすでに整っている。マイエ家の馬車が迎えに来るまでの間を、サラは慣れ親しんだ屋敷の中を見て回り、父や使用人達と言葉を交わして過ごしていた。

 使用人達は口々にサラに祝福の言葉を贈り、サラもその一つ一つに笑顔で応えた。中でもネリーは、サラが赤ちゃんのときから世話をしてきただけに思い入れが強く、思い出を語っては涙ぐむので、サラも貰い泣きして化粧を直して貰わなければならなかった。

 別れを惜しむように、サラは屋敷の全ての者達と言葉を交わした。

 ただ一人を除いて。


「サラお嬢さん」


 待っていた人の声に、サラはゆっくりと振り返る。

 そこにあったのは、正装に身を包んだジルの姿だった。

 ジルは眩しそうに目を細め、いつものように穏やかに微笑んだ。


「サラお嬢さん、ご結婚おめでとうございます。……お綺麗です、とても」

「ありがとうございます、ジル」


 サラも微笑を返してから、表情を引き締めた。嫁ぐ前に、どうしてもジルに伝えておきたいことがあった。


「ブロンデルを、どうかよろしくお願いします」


 父のこと、商会のことを託す気持ち。一人娘でありながら他家に嫁ぐ身勝手さを詫びる気持ち。様々な思いを込め、深く頭を垂れる。するとジルは、彼には珍しくうろたえた声を上げた。


「そんな、お顔を上げて下さい」


 素直に体を起こせば、ジルは安堵の息をつき、それからサラに応じるように真剣な表情を浮かべた。


「サラお嬢さん、私はまだまだ未熟な身ではありますが、アルマン様の跡継ぎとして、ブロンデル家に尽くすつもりでおりますよ。ですから、どうか安心なさって下さい」


 真面目で誠意のこもった、ジルらしい言葉だった。

 神妙に頷けば、ジルは目元を和らげた。 


「サラお嬢さんは……今、お幸せでいらっしゃいますか?」

「はい、とても」


 それはサラの素直な思いであり、もう迷わないという決意の現れでもあった。


「そうですか……」


 つぶやいたジルの表情は変わらず、声音には安堵の色が滲んでいた。けれどその中に、ほんの少しの寂しさが混じっているように感じたのは、サラの気のせいだろうか。

 けれどそう見えたのはほんの一瞬のことで、ジルはいつもどおりの穏やかな表情を浮かべると、懐から何かを取り出した。


「これを。私からのお祝いです」


 サラは息をのんだ。

 差し出されたのは、一輪の花。

 小さな花弁を差すジャンの指先。刺すことの叶わなかった刺繍。墓地に手向けられた色褪せない青。

 小さな青い花が寄り集まるように咲くその花の名は――。


「スターチス……」


 呆然と花を見つめ、それからジルの顔を見上げる。

 ジルはふわりと微笑んだ。その瞳は静かな湖面のように、小さくきらめいていた。

 

は、いつでもの幸せをお祈りしていますよ。今までも、そしてこれからも」


 あぁ、とサラの口から吐息が洩れる。 

 サラは震える手でスターチスを受け取ると、そっと胸に押し抱いた。いつか見たのと同じ鮮やかな青が、カサリと小さく音を立てる。 

 スターチスを花嫁のブーケに差し込むと、サラは再び顔を上げた。

 もしもその日が来たならば、エリーズに代わってジルに伝えようと思っていた。

 けれど、伝えるべきは謝罪などではなく――。


「……ありがとう、ジル……いえ、お義兄様。わたし、必ず幸せになります」


 震える声で言葉を紡ぐ。

 義兄の微笑みがぼやけ、温かいものがサラの頬を伝った。



〈了〉

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運命の人 中村くらら @nakamurakurara

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