蛇の目坂スーパー特売日
安良巻祐介
晴れているのだか曇っているのだか曖昧な朝の空の下で、スーパーマーケットへ買い物に出掛けた。
このところ立て続けの災厄予兆のせいで、国土全体に全面物忌宣言が出ており、多くの家ではすでに各戸宅配の電子市場に頼っているから、コンビニエンスやスーパーマーケットも大半が無期限休業を余儀なくされている。
近所のスーパーマーケットはその規制下にあっても、休業ではなく営業時間の短縮で対応している数少ない店であって、インターネット環境の無い近隣の高齢者や、私のような時代錯誤なコンピュータ嫌いから重宝されている。
白びた空の下に見えてきた、頼もしく巨大な店舗と、そこにかけられた雄大なる「連日不変繁盛中」「全品特価売出中」の垂れ幕を頼もしく思いながら、ゲートを入ろうとしたところ、ふと不思議に思った。
いつもなら、厳めしい顔と不動の姿勢で門の両側を守っている
ゲートそばの検問室の中にも、常日頃眠たそうな顔で大きな体を押し詰めている白坊主の姿がなく、やけにしんとしていた。
はてと思って店の方を見たが、駐車場にはいつも通り、否、いつもよりたくさんの買い物客の車が停まっており、開店時刻を今か今かと待ち構えている。
その群れを見下ろすスーパーマーケットの垂れ幕の赤い躍り文字が、なにやら毒々しく蠢いたような気がした。
やがて──私の見ている前で、開店時刻を迎えたスーパーマーケットが、その扉を開いた。
否──その
がばり、と音を立てて左右に開いた入り口には、昨日まではなかった牙が大量にぞろぞろと生えており、その奥の店舗内は、奥まで毒々しい赤色に染められている。まるで何かの口腔のように──これも否、だ。まるで、ではない。それは口腔だった。大量の餌を前に、涎を垂らした怪物の口の中であった。
私は、何ということだ、と口走った。すでに災厄は来ていたのだ。近隣の需要に応え、強硬姿勢を貫いたスーパーマーケットも、災厄に侵されてしまったのだ。
「町に笑顔を」のキャッチコピーで有名なスーパーマーケットは今やそれ自体が笑顔を浮かべる人食いの妖怪と化し、罠を張って買い物客を待ち構えていた。
門の側の衛兵も白坊主もいなかったのは、護法の力を持つそれらの呪術従業員が、妖怪にとって邪魔だったからに他なるまい。おそらく、迎撃態勢をとる前に先手必勝でいの一番の餌食となったのであろう。
ならば特別セールの報に釣られて集まった買い物客たちこそ、今日のメインディッシュだ。早く彼らに逃げるよう知らせなければ、と駆け出そうとしたところで私は、もう一度、何ということだ、と口走った。
駐車場に並んだ大量の車から、おのおの思い思いに武装した買い物客たちがぞろぞろと吐き出され、薙刀やら刺股やらカナテコやら呪符やら護符やらをめいめい構えて、鬨の声と共に、怪物と化したスーパーマーケットへと、突撃を開始したのである。
まさか、とうに知っていたというのか。
知っていて、来たというのか。
垂れ幕に踊る特価売出の字と、怪物と化したスーパーマーケットの奥に確かに見える品々を見やり、私はあきれて口をぽっかり開けた。
蛇の目坂スーパー特売日 安良巻祐介 @aramaki88
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