あーちゃんは、贈り物を持って逃げ出した!
きみひろ
……渡したくないんだ!
「はっ、はっ、はっ……」
ボクは走っていた、ただ真っすぐに、枯葉が舞い散る山道を全力で駆け抜けていく。
何故、全力で走ってるのかって?
それは単純な理由だよ、ボクは今、追われているから”逃げて”いるんだ。
何で、追われているかって?
それも単純な理由だ、とても、とっても”大事なモノ”を、ボクが持って逃げているからだ。
どうして、そんな大事なモノを持って逃げたかって?
それは……、ボクが”ソレ”を……贈るべきともだちに、”まだ贈りたくない”と思ったからだ。
何で、ともだちなのに贈らなかったのかって?
それは、コレを今贈っちゃたら……うゎ!
ボウゥゥゥゥゥン!!
ボクの目の前に炎の柱が現れた、どうやら追いつかれた様だ。
「……なっつん」
ボクよりひとつ上のともだち、燃える様な紅い髪の少女、なっつんが熱い眼差しでボクを睨みつけている。
「何でなのさ! 何で”ソレ”を持って逃げるのさ!」
なっつんは、怒りとも、悲しみともとれる複雑な表情をしていた。
「なっつん、ともだちのよしみで見逃してくれないかな?」
そんな都合のいい事は到底ありえないが、スキを伺いながらも、ボクはまだあきらめてはいなかった、
「……あーちゃん、ふーちゃんは泣いてたぞ……」
「うぐ……ふーちゃんには、悪いと思ってるよ」
ふーちゃんは、ボクのひとつ下のともだちだ、そしてボクが持って逃げているのは、ボクからふーちゃんに贈るべき”モノ”だったんだ。
「じゃぁ、なんで”ソレ”をふーちゃんに贈らずに逃げたの?」
「はっちゃん……」
ボクの背後からかけられた声に振り向くと、そこにはボクのふたつ上のともだち、ウェーブのかかった桜色の綺麗な髪をなびかせた少女、はっちゃんが柔らかな笑顔でボクを問い詰めた。
「”コレ”は渡さないぞ! まだ、誰にも渡すもんか!」
「あーちゃん! 一体どうしたっていうの? 何で今日に限ってそんなことをするの?」
「そうだ! ”ソレ”をあーちゃんが持ってたって、みんなが困るだけだろ?」
「うるさい、うるさい、うるさーい! いいじゃんか! いいじゃんか……ボクがまだ持ってたって、いいじゃないか!!」
ボクは涙を流し、二人に向かって叫んだ!
「「あーちゃん……」」
ビュゥゥゥゥゥ!!!
「うわ、なんだ!?」
「きゃぁ!」
一瞬のスキを突いて、ボクは落ち葉と突風を操り、二人に向かって叩きつける!
「しまった!」
「まちなさい! あーちゃん!」
「はっちゃん、なっつんゴメン! まだ、まだ渡せない!」
荒れ狂う落ち葉を眼くらましに、ボクは再び逃げ出した……。
………
……
…
「はぁ、はぁ、はぁ、こ、ここまでくれば……」
ボクは、山のふもとにある湖の側まで来たところで足を止め、湖面を覗き込んだ……。
「はは、ひどい顔……いけない事だって、間違ってるってわかってるよ! わかってる……」
湖面に写った、涙でくしゃくしゃの自分自身の顔に苦笑した時だった……。
キシ……キシ……
「え? これは……まさか!」
空気が軋むような音と共に湖面が凍り付き、急激に辺りの気温が下がり始めた。
「あーちゃん……なんで? どうしてなの?」
「ふーちゃん……」
雪のように白く長い髪の少女、ボクのひとつ下のともだちのふーちゃんが、湖面を凍り付かせながらその上を歩いてくる。
「そんなに私の事が嫌い? 私はあーちゃんに会えるこの日を、みんなに会えるこの日を楽しみにしてたのに……」
パキィィン……、ピキィィン……
ふーちゃんの流した涙は、氷の雫となってパラパラと落ちていく。
「ボクだって、ボクだって、ふーちゃんに、みんなに会えるのが楽しみだったよ! でもさ!」
「でも、何なの? お願い、話してあーちゃん?」
「……ボクは……、な?」
ボクはさっきと同じ様に、落ち葉を巻き上げこの場から逃げようとしたが、落ち葉が霜柱によって、地面に貼り付いていて操る事ができなかった。 よく見れば樹々の表面にも霜が張り、枯葉も落ちてこない。
「お願い、逃げないで……私の眼を見て、あーちゃんの心の声を聞かせて?」
「そうだよ、俺たちともだちじゃなかったのかよ」
「なっつん……」
「あーちゃんは、ほんっとに素直じゃないからね、何を考えてるのか声を出して言ってくれなきゃ……」
「はっちゃん……」
ボクは、既にみんなに囲まれていた、もう逃げる事は出来ないだろう。
「”ソレ”は私たちが贈り、私たちが贈られ、私たちが廻して行く、それは分かってるでしょう?」
はっちゃんが、腕を組みながらボクに言った。
「うん、分かってるさ、でも、でも……1日なんだよ? 1日だけなんだよ?」
「「「え?」」」
「ボクたち4人がそろって会えるのは、”コレ”を贈り渡すその日だけ! それを見届けるためのその日だけなんだよ? ボクたちともだちなのに、会いたい時に、話をしたい時に……顔を見ることも自由に出来ないんだ……。 ボクはもう嫌なんだ! ”コレ”さえ贈らなければ、みんなと、もっと長くいられる! おしゃべりだって、時間を気にしなくてもいいって……いいって、そう、ひっく! 思ったんだよぉ! うわぁぁぁぁぁん!!」
ボクは本音をさらけ出し、その場に膝をついて、大声で泣きだした。
「「「あーちゃん……」」」
「そうだよ、ボクはみんなともっと、もっと一緒にいたい! もっとおしゃべりとかしていたかったんだ! それで”コレ”を持って逃げても、4人揃って一緒の時間を過ごせるなら、そう思ったから……ひっく! ボクが悪いって……わか……」
ぽふ
ボクは、ふーちゃんの小さな胸に抱きしめられていた。
「あーちゃん、ごめんね? 気づいてあげられなくって、そうだよね、あーちゃんの時間が一番短いもんね……」
「なんだよ、そうならそうと、はやく言えよバカだなぁ」
「そうだったわね、あーちゃんの時間に比べて、私たちの時間は長いわよね、それこそヒトと触れ合う時間も……別れが早いのも辛いよね」
「でも、だからってみんなに迷惑かけちゃダメ、あーちゃんが”ソレ”を私に贈ってくれなきゃ、困るヒトがいっぱいいるし、”ソレ”をあーちゃんから贈られるのを楽しみに待ってた私が、とっても悲しくなるよ?」
「ふーちゃん……楽しみにしてたの?」
「うん、はっちゃんから、なっちゃんへ、なっちゃんから、あーちゃんへ、あーちゃんから私へ、私からはっちゃんへ……みんなの想いと共に、思い出も廻って来るんだよ? それって素敵でしょ?」
「みんなの想いと思い出か……、そうよね、当たり前になってたからそこまで考えてなかったけど、私たち自分の想いと思い出を次に贈って、また贈られて……そうやって想いと一緒に思い出も巡ってるのよね」
「みんなは、ひとりで残された時、さみしくないの?」
「そりゃ、さみしい時もあるさ、でも、二度と会えなくなるわけじゃないし、駄々をこねたってすぐ会えるわけでもない、それに間を空けた方が再会した時、嬉しさもひとしおじゃね?」
「はは、がさつで大ざっぱな、なっつんらしいね」
「う、うっさいな! こーりつ的って言ってくれよ!」
「そうよね、毎日顔を合わせるのもいいけど、久しぶりに会う時まで、ゆっくりと時間をかけて、楽しいお話のネタをいっぱい集めるのもいいわよね」
「はっちゃんは、のんびり屋さんだもんね」
「……あーちゃん、それはどういう意味かしらぁ?」
「イエ、ナンデモナイデス」
「私は、あーちゃんたちに会えない時はさびしいけど、それはお互い様って分かってる、だから皆がそろったときはいっぱい遊びたいし、お話したい! でも、あーちゃんが逃げちゃうと時間も無くなって悲しい」
「あう……」
「「「あーちゃん、何かいう事は?」」」
「……みんな、ごめん! もうしないから、ゆるして!」
みんなは、顔を見合わせ、やれやれといった感じで言った。
「「「あーちゃん、最初からちゃんとやりなお(しましょう)(そうぜ)(そう)?」」」
みんなは笑顔で言ってくれた……責められるはずなのに、ちょっぴり嬉しかった。
「うん、みんなお願い!」
みんなで山頂を目指して移動する、日は傾きかけている。”ソレ”を贈れるタイムリミットは日が落ちるまでだから、まだ間に合う。
………
……
…
山頂に辿り着き、4人で輪になったのを確認した後、ボクは懐から”ソレ”を取り出し、はっちゃんに手渡す。
「みんな準備はいい? それじゃぁ、最初からやり直すわね……」
はっちゃんの手の上の”ソレ”が春の日差しの様に温かく光りだす……。
「春を司る、
はっちゃんが、なっつんに”ソレ”を手渡すと”ソレ”は夏の太陽の様に強く輝く。
「夏を司る、
なっつんから、”ソレ”を手渡されると”ソレ”は秋の太陽の静かに光る。
「秋を司る、
ボクから、ふーちゃんに、今度こそ本当に”ソレ”を贈った……。
「秋を司る、秋の精霊より、冬を司る、
ふーちゃんが、ボクから贈られた”ソレ”いや、冬の太陽の様に淡く光る”季節の証”を受け取り、頭を下げた。これで日が落ちる時、ボクの”秋”が終わって、ふーちゃんの”冬”が始まる。
「あーちゃん、あーちゃんからの"贈りもの"は、確かに受けとったよ」
「うん、待たせてゴメンね……」
「あーちゃんは気にしてたんだよね?」
「え?」
「秋は短いから、詰め込める思い出が少なくて、私ががっかりすると思ったから、少しでも多く、思い出を詰め込もうとしたんでしょ?」
”季節の証”にはみんなの思い出も詰め込まれていて、共有もできる、ボクの司る秋は短いから、ふーちゃんが寂しく思うんじゃないだろうかって……頑張ってたのもバレている様だった。
「ゴメン、ボクの季節は面白い事少なくて、退屈じゃない?」
昔、神様が言っていた……、春は「はじまり」、夏は「かっせい」、秋は「すいたい」、冬は「おわり」と……、ボクの季節は、ヒトも動物も活動的じゃなくなるし自然も枯れていくが、はっちゃんとなっつんの季節は、ヒトも動物も活動的だし自然も生き生きとしているから、思い出を見ていても飽きないだろう。ふーちゃんの季節は、思い出を見てもただ白かった……、動物もほとんど見えないし、植物も葉も実もなく雪に包まれている……。ヒトが何度か現れてはいるが、ふーちゃんを見ると怖がっている様な感じだった、だけど、ヒトの子供はふーちゃんを怖がっていない感じなので不思議に思う。
「私ね、去年のあーちゃんの思い出を見て、”ヤキイモ”がとても美味しそうで、うらやましかったんだ」
そうだ、去年は秋の味覚を盛りだくさんにしてふーちゃんに贈ったんだっけ……それくらいしか思いつかなかったから……。
「ヒトの子供と一緒に食べてばっかりの……あんなのでもよかったの?」
「あーちゃんが、ヒトの子供と一緒にね? ヤキイモを食べてるところ、正直うらやましかった……楽しそうだった、とても、とっても美味しそうだった」
ボクたち季節の精霊は、食べ物を食べなくても生きていけるが、ヒトと同じ姿になってから”味”を楽しむことが出来る様になった、それがヒトとボクたちを近づけるなんて、昔は思いもしなかった。
「ヤキイモ……、春にはそんな食べ物聞かないわねぇ……どんな味なのかしら?」
「それって、”カキゴオリ”よリ、美味いのか?」
「え? ええ?」
「「「どうなの? あーちゃん!」」」
みんなが、ボクに詰め寄ってきた。
「ふふん、そこまで言うのなら、ボクがご馳走してあげるよ!」
「「「ををー!」」」
ボクは、後で食べようと思っていた、”ギンガミ”というキラキラした紙に包まれたおイモを、不思議な空間から取り出し、みんなに見せた。
「そのキラキラしたのがヤキイモなの?」
「なんか堅そうだな? ホントに食えんのか?」
はっちゃんとなっつんが不思議そうに、オイモを見つめる。
「はっちゃん、なっちゃん違うよ、キラキラした燃えない紙に包まれているだけなの」
「「燃えない紙?」」
ボクの思い出を見たふーちゃんが説明してくれた。それと、燃えないかどうか試そうとするなっつんを、とりあえず止めておく。
ザザザザ……
ボクは落ち葉を操作して一か所に集めて山を作った。
「なっつん、火をおねがい! あ……燃やし尽くさないで、種火だけでいいからね?」
「っとと、てや!」
ポン!……パチパチ……
落ち葉が燃え上がり、火が収まっていくのを待つ。
「火の中に入れるんじゃないの? 消えちゃいそうよ?」
「ちっちっち、燻ってるところに入れないと外側が焦げちゃうんだ」
はっちゃんの疑問に、ボクは無い胸を張って答えた、ヒトの子供の受け売りだけどね……。
用意したオイモは、一度焼いてあるので温め直しになる。これならそんなに時間はかからないから、お別れの時に、たくさんヤキイモをくれたヒトの子供たちに感謝しないとね。
………
……
…
「じゃじゃーん! これが秋の味覚、”ヤキイモ(温め直し版)”だよ!」
ボクは、手に持てる程度まで冷えたヤキイモをみんなに手渡した。みんなは、初めて手にする”ヤキイモ”に興味津々の様だった。
「これを剥がすのね……、あらぁ、すごくいい匂い」
「ホントに燃えてねぇ? どうなってんだ?」
「これが、ヤキイモ……やわらかいし、とってもあたたかい……」
「日が落ちるまであんまりないけど、間に合ってよかったぁ~、それじゃぁ!」
「「「「いただっきまーす!」」」」
みんなが、熱々のヤキイモにかぶりついた。
「お、美味しい! ホクホクで甘くて……こんなの初めて!」
「ちょ、何だよこれ? イモって固いんじゃなかったのか? やべっぇ、うめぇ!」
「はひ、ほひぃ! あひゅい!……ふぇも、おいひい!」
日が落ちたら季節が変わる迄、ふーちゃん以外はみんなは眠りにつき、しばらくの間お別れだ。
毎年繰り返す変わらない事だけど、今年はみんなそろって食べるヤキイモはいつもよりとても、とっても美味しかった。
………
……
…
楽しい時間は過ぎるのが早いって本当だね、時間もオイモもすぐになくなった……。
「ありがとう、あーちゃん」
落ち葉の燻りか完全に消えた頃、ふーちゃんがボクの手を握ってきた。
「え? お礼を言われるほどの事なんて……」
「最後にね? みんなでヤキイモを食べたかったんだ。 それは、みんなで楽しく過ごせた最高の”贈り物”だよ?」
「最高の……へへ、よかったぁ……」
ボクの季節でも、みんなが喜んでくれたのが、それがとても嬉しかった。
「私も、今度は春の味覚を調べて、みんなをびっくりさせたいわね、お花ばかり気にかけてるのはもったいないし」
「俺も、夏のとっておきを探すとするかな、なんか燃えてきた! みんな、かくごしろよ!」
「ふふ、私も、この冬の間にみんなをビックリさせるモノを探してみる! 食べ物は無いかもだけど……」
「はは、なんか次に”季節の証”を贈られるのが待ち遠しくなってきたよ、今さっき贈ったばっかりなのに……」
「うん、季節が変わるたびに、みんなの”贈り物”が楽しみになるよね!」
みんなの笑い声と共に日が落ちていく……。 秋が終わり、冬が始まる。
………
……
…
「じゃぁ、これでお別れね、また春になる時にね……」
「はっちゃん、またね!」
はっちゃんの姿が消えていく……。
「じゃぁ、元気でな! また次の季節で会おうぜ!」
「うん、またね、なっちゃん」
なっつんの姿が消えていく……。
「ふーちゃん、その、あの……」
「ふふ、大丈夫だよ、あーちゃん」
「冬の方が秋よりもつらいのに……」
「平気だよ? そりゃぁ、動物たちはほとんど冬眠しちゃうけど、ヒトは冬眠しないから」
「そっか、そうだよね」
「ヒトの子供たちからいろいろ教わって、あーちゃんたちをびっくりさせるんだから!」
「うん、楽しみにしてる……それじゃぁ、そろそろ」
「うん、またね、おやすみ、あーちゃん」
ふーちゃんは手を振りながら、笑顔でボクを見送ってくれた。 だんだんと意識が薄れて行きボクの姿が消え始める。 冬が終わりになり、春が訪れる頃になる迄、ふーちゃん以外の季節の精霊は、深い眠りにつく。いつもはこの瞬間が不安でたまらなかった、でも、今はみんなの”贈り物”がどんなものになるのか楽しみになっていたのだった。
―エピローグ―
秋が去り、冬が訪れた……、秋の名残である紅葉は一斉に葉を落とし冬を迎える。
山頂に一人残された冬の精霊を中心に、急激に気温が下がり、やがて雪が山を包んでいく。
いつもはこの時に座り込み、泣きじゃくっていた冬の精霊……、しかし今回は違うようだ、涙は流れているものの、その顔は笑顔だった……。
山と大地が白く染まるころ、冬の精霊は足取りも軽く歩き出す、その姿は何か楽しいものを見つけた子供のようだった……。
【これは、季節を司る精霊たちの、ちょっとした事件のお話……】
おしまい
あーちゃんは、贈り物を持って逃げ出した! きみひろ @kimihiro-88
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