つぎはぎリリック
さぬかいと
プロローグ
遠くから、足音が聴こえる。
そのリズムは人によって様々で、急ぎ足で間隔が短いのもあれば走ったり止まったりと不規則に動くものもある。
この不揃いな音は数が増えれば賑わいに変わり、空高く昇る太陽の下では今日も慌ただしい日常が広がっていた。
その賑わいに混ざりながら、私は信号機の前で表示が変わるのを気長に待ちながら立ち止まっている。
隣には先を急ぎたいサラリーマンが腕を組んでイライラしていたり、反対には生まれたての赤ちゃんを抱くお母さんが額にじんわりと汗を浮かべながらあやしていた。
こうして並ぶと、年齢も体格も違えば育ってきた環境や今の状況だって何一つ噛み合う要素はない。
唯一共通点をあげるとすれば、私たちには向かうべき道筋があるということ。
それは家族の待つ家に向かっていたり、これから忙しくなる職場へ戻る途中だったり──あるいはこれから起きるちょっとした不幸に辿り着いたりする人もいる。
そして、その行き先はよほどのことがない限り変わることはない。
幸も不幸も決まった流れの中にあって、私たちは逆らうことなく毎日を生きている。
……もしかしたら、何者かに生かされているのかもしれない。
こんなことを言えば勝手に悟りを開いていると思われるけど、高校生にもなるとある程度の事の顛末が読めるようになるのだ。
前のめりになっていれば動き出そうとしているように見えるし、不規則に歩いていればつまづいて転びそうになるのも大抵予想がつく。
更に言えば、道の奥から近づいてくる車に気づいていなければ、事故に遭いそうになることだって自然と『視える』ことだった。
だから、私は手を伸ばす。
「──危ないですよ」
さっきまで隣にいた母親の腕を咄嗟に掴み、渡ろうとする身体を引き止める。
一瞬何のことかと目を丸くしていたが、直後に猛スピードで走る車が私たちの前を横切っていた。
咄嗟の出来事に呆気に取られ、彼女は通り過ぎた後の道と腕の中で眠る我が子を交互に見比べる。
もし、あのまま進んでいたら、今頃どうなっていたのだろうか。
その想像は、考えれば考えるほどに自身の背筋を凍りつかせ、その恐怖を打ち消すように腕の中にいる子供を包む力が一層加わっていた。
「ありがとうございます! 危うく事故に遭うところでした!」
「大事なくて良かったです。気をつけてくださいね。では、私はこれで」
見返りが欲しいわけではない私は、それだけ伝えてから信号が変わらないうちに横断歩道を渡りはじめる。
それでもお母さんの感謝の念は途切れることなく背中に刺さり、何が起きたのか理解出来ていない赤ちゃんはただぼんやりと私に向けて手を伸ばしたが、振り返ることはせず普段の生活へ戻るように通学路をただ無心に進んでいた。
もし、あの時腕を掴んでいなかったら、親子はどうなっていたのだろう。
片方が取り残されてしまうかもしれないし、何かしらの形で危機を回避出来たかもしれない。
あるいは──二人揃って悲惨なことが起きたかもしない。
そんな結末が視えたから、気づいた時には手を伸ばしていた。
そのことに後悔はないし、見栄のためではないとはいえ感謝されることは嫌ではなかった。
……けれど、誰かにとっては私が助けを出すことも決まっていることなのだとしたら。
私のしたことが、彼女たちの結末を少し引き伸ばす程度のことなのだとしたら。
知らぬうちに根付いた不安は私の心を蝕み、自分の行動を素直に喜べなくしていた。
つぎはぎリリック さぬかいと @stone_89
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