第3話 現実

――ああ……、どうして――

夢だ。

僕はハッと目を覚ました。目が冴えているはずなのに、辺りが真っ暗だ。

異世界に転生するようになったことは鮮明に覚えている。そして心臓が動き、呼吸をしていることも。

だが、さっき聞こえた声は残響し、頭に響いている。だれの声とも分からない、ひどくノイズがかかっているようにも、クリアにも思える。

どういうことなのかさっぱり意味不明だ。

ここで僕は気づいた。

鼻をくすぐるこの香りは畳の香りであることに。手を地面に這わせてみれば布の感触がある。

そのことを理解したものの、視覚がないこの状況で無闇に行動を起こすことは危険であると僕の感覚が命令してきた。

そうして僕は眠りへと落ちていった。


目が覚める。今度はまだ寝ていたい衝動に駆られるが、無理やり頭を回転させて今は現状把握が第一に優先するべきだと言い聞かせる。

どうやら先ほどに予想した床が畳であること、今寝ているのが布団であるというのは正解であった。

復活した視界には襖や障子が存在している。僕の体を見てみれば淡い緑色の和服を着ているではないか。立ち上がり、もっと注意深く辺りを見渡すと僕の視線を一心に引き寄せるものがあった。

――刀――

鞘も柄も真っ黒な刀だ。よくある子供の日の模造刀等とは違う覇気がある。

喉を鳴らし、刀を持つ。

が、とても重い。持てないという程ではない。むしろ鍛えている僕には丁度いいはず……、そこで袖をめくり利き腕の右腕の筋肉を見てみると、いかにも標準といった太さである。

刀から手を離しあの白い人物が言っていたことを思い出すとある合点がいく。

つまり僕は、このパラレルワールドの僕になったのだ。

じゃあ、ここの僕は一体どうなっ、

「若様、お目覚めですか」

障子の方向から男の声がした。慌てて僕は「あ、ああ」と取り繕った。

「では、お召替えを」と言われ、そこへ歩く。障子を開けると30代と思われる男性が正座をして頭を下げていた。この男も和服を着ているがどことなく質素な感じが漂っている。

「ありがとう」と言い、上質な手触りの着替えを受け取ると男は縁側の廊下を通って去っていった。

障子を閉め着替える。何回かは剣道部の合宿で和服を着たことがあったのですぐに着ることが出来た。

こちらは鮮やかな群青色で花の模様が入っている。

布団と寝間着を片付け、廊下に出てみると美しい庭園が広がっていた。日本史の資料集なんかで見たことがある貴族の庭である。

池もあるし、なにより庭の面積で僕が住んでいる家ぐらいありそうだ。

いや、もうそれも過去のものか。

あの世界には僕はもういないのだから。

胸を少し締め付けられるのを感じ、廊下に座りこんだ。


「おい、レンタなにをしておるのだ」

生きてきた中で一番耳にしたその名前で僕を呼んだのは50代半ばの男性。体付きは筋肉質で、いくつもの切り傷が走っている。

顔を全然違うが、おそらくこの世界での僕の父親だろうしそのつもりで言葉を返す。

「いえ、少し庭が気になったもので」

そういうと、男性はほうという目で僕の顔を一瞥し、

「そうか、さっさと朝食を済ましておけ。今日は大切な日だからな」

「はい」

軽く返事をして、食事が用意されているであろう、大きな宮へと向かった。


こちらもまた昔の貴族の食事であるが、そんなことは気にせずに食べ進める。

パラレルワールドとは同じ時間軸に存在しているが、一切の出来事が異なる世界のこと。だと説明され、今の僕はこちらの世界の僕となっている。そして偶然か必然か苗字の方は分からないが、蓮太という名前である。

またこの世界は僕が学んだ日本史とは色々と異なる日本である。

僕は貴族であるということがこれまでに分かった事実だ。

食事を平らげ、彼が待つ宮へと歩く。ここでまた気づいたことだがあちらの世界の僕と胃の容量は変わっていないらしく結構な量を食べたがいい感じの満腹感である。

宮に入ると高級そうなペルシア系の椅子が同じくペルシア系のテーブルを挟んで二つある。

父親はその一つに座り目で隣に座れと言ってきた。

「失礼します」と言って隣に座った。

「もうすぐこちらに到着するようだ。レンタ、先に言っておく……おめでとう」

と本当の父の顔で言ってきたのでうろたえてしまうが一礼する。

一体なんなのだろうか、何故僕におめでとうと……。


「いらっしゃいました」

するとお付きの人を二人連れて、一人の身長が低めの人が入ってきた。

素敵な真っ白な着物を纏い、顔もすっぽり隠している。しかし少し見える髪は輝いている。

なんだろう、緊張とは別の動悸がある。

僕の正面に座ると、位置が近いせいもあるが呼吸のリズムが微かに聞こえる。


ん。


ただの咳払いだったが僕の魂が憶えている。まさか……。

そして刹那、それは事実となった。


顔が見える。その顔は僕が愛していた女性――瑠璃――であった。






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これが本当の異世界ってマ? 猫園いちょう @ityo-nekozono01

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