第82話 戯言

「ザハルだ! ザハルが現れたぞ!」

「側近のアルも居るぞ!!」


 二人は《嫌悪》のディスガストが暴れるノースブラックへと足を進めていた。先のディスガストによる壊滅的被害を被った黒軍駐屯地は、再起不能なまでに荒れ果てている。反乱軍、黒軍こくぐん共に入り乱れ、統率が取れている様子は全く無い。


「お前をヤれば終わる! 覚悟しろお!」


 反乱軍の一人がザハルを見つけるや否や、すぐさま真正面から攻撃を繰り出してきた。しかし、ザハルは気にも留めない。ただ一点、ディスガストのみを怒りの眼で睨みながら容易く躱す。軽く身体を揺らしただけ、最小限の動きで躱されてしまい、反乱兵は動揺を隠せなかった。


「なッ!? まだだ!」


 ザハルは何も言葉を発しない。代わりにアルが反乱兵をあしらうかの様に蹴り飛ばす。


「寝てろ雑魚が」


 ゆっくり、ゆっくりとディスガストへと近付きつつ周囲に倒れている黒軍兵に手を伸ばすザハルは、怒りの中にも何処か優しさがあった。


「大丈夫か」

「んぐ……ザハ、ル様」

「喋らなくていい。オレが何とかしてやる」


 ディスガストへ到達する僅かの間、反乱兵が幾度となくザハルを討ち取らんと鈍く光る短剣を振り翳す。だが、変わらず視線はディスガストのみ。たかだか一雑兵如き、ザハルは相対するまでも無かった。


「なあ、アル。オレは何の為に国を守るんだろうな」

「未来の為、とでも言って欲しいのか?」

「……未来、か。そんな大層な言葉は嫌いだ」

「だが、未来に希望を抱くからこそお前達王族に委ねているのも事実だろう」

「アイツの言葉が離れない」

「……?」


 ザハルは以前、ロングラス大平原にてリムと対峙した際の、リムの怒りを思い出していた。甘い戯言が通じない世の中なんぞ壊してしまえばいい。その言葉自体が戯言、ザハルはそう思っていた。

 だがどうだろう。いくらその場凌ぎの生き方を強いられるブラキニアだったとしても、やはりいずれは良くなると未来を信じ、苦難を耐えながらも必死で着いてくる民。皆、戯言と言われようが希望を抱くもの。結局はザハルも同じなのかも知れない。見えない未来を見ずにただただ戦いに明け暮れるばかりが目的では無い筈。リムの怒りがザハルの頭の中に嫌に残っていた。


「同じ……か」

「何が可笑しい」

「いや、そうなのかも知れないな」


 アルは首を傾げザハルを見下ろす。


「何を考えているかは分からんが、まあいい。オレはお前に着いて行くだけだ」

「アル、準備をしろ。例の能力で一帯を焼き払う」

「いいのか? 何も残らないぞ」

「唯でさえこの被害だ。一旦リセットと行こうじゃねえか」

「……分かった」


 アルはゆっくりと来た道へと振り返り、再度ザハルに問うた。


「本当に良いんだな」


 ザハルの返答は無いものの、小さな身体に揺れるマントを見てアルはそのまま歩き去っていった。


「さてと。おい、怪物! お前の目的はなんだ! 聞こえてんだろ!」


 遥か頭上を見上げ、ディスガストを睨みつけたザハル。それに反応したディスガストはゆっくりと足元に目をやった。


「オオオオオオオトオオオオオオオサアアアアアアン」

「てめえの親父なんて知らねえ。ブラキニアにやられた敗国の恨みか?」

「オオオオオオオオオオオオオトオオオオオオオオオサアアアアアアアアアアアン!!!!!」


 振り被られた巨腕を真っすぐに振り上げ、ザハル目掛けて振り下ろした。しかし、遅い攻撃にザハルが当たる訳が無い。足元に飛び込んだザハルは、担いでいた両刃斧を身体ごと一回転させ、ディスガストの腕をいとも簡単に切り落とす。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!」

「チッ! 手応えがねえ」


 切り落とされた腕は霧散する様に消え、即座に腕が再生していく。ディスガストは雄叫びを上げながらもう一方の腕で、辺りの家屋を巻き込みながらザハルを薙ぎ払った。


「そんな鈍い攻撃が当たるとでも思っているのか」

(お父さん……)

「ッ?」


 微かに耳に入った少女の声は、ザハルを一瞬だけ制止させた。直後、細く長い尾が鞭の如くザハルを襲う。


「チィ! 影の防壁シャドウウォール!」


 間一髪で外套内の影で尾を防ぐザハルだったが、勢いまでは殺し切れなかった。軽々と吹き飛ばされ、既に残骸と化した家屋に生き埋めになる。

 再びディスガストの巨腕が襲い掛かる。幾度となく振り下ろされた憎しみの攻撃は、最早ガラクタ同然の木片を更に微塵にしていく。何度も、何度も、何度も叩きつけられたザハルはただ耐えた。

 砂埃、いや細かな木片が辺りを漂い、少しばかりの静寂が訪れる。


「……落ち着いたか怪物」


 木片塗れのザハルは、何事も無かったかの様に外套の汚れを振り払う。流石は世界でも有数の武力国家の王子。この位の攻撃では全く歯が立たない。


「オレ自身への恨みというよりかは、この国に対しての恨みの様に思えるな。オレを捉えた攻撃が何一つ無い」


 ザハルの言う通りだった。ザハルへの私怨にしては局所的な攻撃が無かった。家屋全体を破壊し、それは国全体を攻撃しているかの様に、その中にザハルが居たに過ぎない。


「ヌルい」


 再びディスガストへと飛び掛かるザハルだったが、本体では無く地に伸びる影目掛けて斧を振り下ろした。


「実態が無いんじゃ効果が薄い。ならこれならどうだ! 影断オブリビエイト!!」


 ディスガストから伸びた腕の影は、黒く靄の掛かった斧に分断される。先程の身体は霧散したのだが、影を切られた事により腕も同時に切断され、修復される事無く地面へと転がり落ちる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォオオオオ!!」

「フンッ! 醜く喚きやがる」

(お父さん、どうして……)

「さっきから何なんだ!!」


 先程からザハルの頭の中に直接響く声はザハルをイラつかせていく。周囲を見渡すが少女の姿は何処にも無い。が、もしやと思いザハルはディスガスト本体を見上げると、半透明の身体の中に微かな人影を見つける。


(お父さん、いかないで)

「あれは、ジンの娘……ッ!?」

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オレの主はお前じゃない ~色の世界に生きた灰王~ 荒野谷 幸 @KOU-Chan

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