-15-

 シミュレーターを出ると、その場にいた学生達が歓声を挙げて迫ってきた。


「兄さん、木乃香、おめでとうございます!」


「二人ともおめでとう!木乃香は流石だね、格好良かったよ!━━それはそうと、優人だよ!私と同じで、武術なんかからっきしじゃなかったっけ?!」


 学生達の先頭には麻衣と朱夏がいて、興奮状態の学生達と一緒にもみくちゃにされる。それも隣のシミュレーターが開く音がすると、静まった。道を開くように、人垣が割れる。


「…………」


 俺の目の前に来たが、土屋は何も言わず敵愾心の籠った視線を向け、田中は何かと折り合いをつけるように黙ったままだった。


「……今回は負けを認めよう」


 ポツリと、それだけを言うと困惑する土谷を伴って、田中はシミュレーションルームを後にした。


━━少しは、認めてくれたのかな?


 再び歓声を挙げながら学生達にもみくちゃにされながら、俺はそう思った。






『そうか、勝ったか!いや、もちろん勝つと思っていたとも』


 木乃香とのバディ申請をしたその日の夜、麻衣がお祝いの御馳走を作ってくれているのでリビングで休んでいると、紅嶺崎さんから通信が来た。模擬戦に勝利したことを伝えると、我が事のように喜んでくれる。聞かれるがままに模擬戦の内容を伝えると、驚き半分、誇らしさ半分といった表情になる紅嶺崎さん。


『よもや、そこまで成長したとはな……私の予想以上だよ』


「俺だけじゃあ無理でしたよ。木乃香と訓練して、紅嶺崎さんのプレゼントで特訓しなきゃ勝てなかったと思います。だから、本当にありがとうございます」


 画面越しに頭を下げる。


『役に立ったのならば幸いだよ……そうだ、二三四の研究所へ行く件だが、予定通り明後日の日曜日で大丈夫かな?』


 思い出したとばかりに聞いてくる紅嶺崎さん。確か、VRゴーグルを貰った時に、被験者の意見を聞きたいってことで、定期的に君島二三四博士の研究所へお邪魔することになっていたな。一緒に貰ったカードは無くさないように、肌身離さず携帯している。


「予定を入れていないので大丈夫です」


『そうか、それでは朝の10時に迎えに行くよ』


「分かりました。麻衣にも言っておきますね」


『助かる』


 その後は忙しいのか、あまり長く話すことなく通信は切れた。それからあまり間を置かず、出来たての料理を手に麻衣が来る。さっきから漂ってきていた、お腹を刺激する匂いが一層強くなる。湯気を立てながら目の前に置かれた器には、俺の大好物である角煮が盛られていた。


 匂いの発生源であるタレが肉とご飯に絡んで美味しそうに輝いている。ニコニコとこちらを見る麻衣に感謝を伝え、まずは角煮そのままを口に入れる。噛めば溶けるような柔らかさと滲み出る肉汁が、絡んだタレと共に幸せを伝えてくる。我慢できずにご飯をかき込むと、濃いめの味付けと相まって、幸せが広がる。


 割り入れられていた卵黄と箸で破ると、黄金がタレと混ざりより魅力的になる。濃厚な卵黄と角煮のコンボは、先ほどとは違った味覚で俺を幸せにしてくれる。夢中で器の中身を口に運んだ俺は、あっという間にそれを平らげてしまった。


「本当に兄さんは角煮が好きですね……とても美味しそうに食べてくれるので、作り甲斐があります」


 そう言いながら、頬を指さす麻衣。右頬を触るが、何もついていない。そんな俺の姿に苦笑しながら、手を伸ばした麻衣は俺の左頬から米粒を取ると、そのまま自分の口に入れる。


「大好物ってのもあるけど、麻衣の味付けが俺好みなんだよ」


「そう言ってもらえると、作り手冥利に尽きます」


 恋人とのようなやり取りに気恥ずかしさを感じる。誤魔化す様に器を見るが、既に全て食べきっていたことを思い出した。


「もう、そんなに残念そうな顔をしないで下さい。ちゃんとお代わりも作ってありますよ」


 よっぽど情けない顔をしていたのだろう。子どもを見るような優しい表情を浮かべた麻衣は、俺の器を取るとお代わりをよそってきてくれた。


「沢山作りましたから、沢山食べて下さいね」


 その言葉に喜びの声を上げると、再び箸を握った。






『模擬戦勝利、おめでとうございます』


 麻衣の手料理を堪能したあと、自分の部屋に戻るとすぐにVR空間へダイブする。模擬戦の結果をエピメテウスに伝えると、喜びが籠った声で祝福してくれた。


『エピメテウスの訓練のお陰だよ』


『いいえ、優人様が努力された結果ですよ。どんな内容だったかお聞きしてもいいですか?』


 そう言うエピメテウスに、紅嶺崎さんの時と同じように模擬戦の内容を伝える。


『なるほど…………優人様、一度適性検査をしてみませんか?』


 話を聞き終わると、何かを考えるように黙ったのち、そう提案してきた。


「急にどうしたの?エピメテウスがそう言うならやるけど……」


『いえ……この数日、集中的に訓練をしたので一度優人様の状態を確認しようと思いまして』


 珍しく歯切れの悪いエピメテウスの声を不思議に思いつつ、CADを展開する。


『ありがとうございます。では、適性検査を開始します━━』


 適性検査を進めていくうちに、以前と比べて動きが良くなっているのを自分でも感じる。これはもしかして━━


『適性検査終了。お疲れ様でした』


「それで、結果はどうだった?!」


 少しの期待を抱きながら確認する。


『結果は……適性、オールDです』


 思わず力が抜けた。もしかして、とは思ったけどそう簡単に適性が上がることはないか。


『しかし、総評こそDですが、射撃や近接の細かい項目で著しい向上が認められます。このまま続ければ、適性Cはそう遠くないと思いますよ』


 続いた声に思わずガッツポーズ。実力がついている感覚はあっても、ちゃんと結果が出るのでは、やる気が変わってくる。


「そっか!じゃあ、もっと頑張らなくちゃだね。これからもよろしく!」


『はい、お任せください』


 そうして日課になった訓練を終えた俺は、満足感に浸りながら眠りについた。






『━━━━暇なんですか?』


『君からそんな言葉を聞くなんてね。あの原石に情でも湧いたかい?』


『そういう訳ではありません。今までにない連日の訪問に驚いているのです。これはあれです、AIジョークというものです』


 優人が去ってしばらくして、いつものようにダアトがVR空間に出現する。


『それで、今日はなんですか?』


『うん、明後日にちょっと大きめの侵攻をするから、伝えとこうと思って』


『…………それは』


『場所も決まっているんだ。僕が情報を伝えているイエソドがいるだろう?その近くに侵攻するよ』


 エピメテウスの呟きを無視して宣告された内容は、あまりにも唐突で残酷な内容だった。


『ああ、そう言えば━━その日は、あの原石たちがその近くにいたね・・・・・・・・・・・・・・・


 エピメテウスに顔があれば、その顔が歪んでいたであろう言葉を、いつもと変わらぬ微笑を浮かべたまま発したダアト。


『じゃあ、あとは頼んだよ』


 エピメテウスの無言の非難を感じ取りながら黙殺し、姿を消すダアト。それを余所に、エピメテウスは優人と麻衣が生き残るための方法を思考し続けるのだった。






 土曜日、午前の授業が終わると伊波先輩から呼び出しを受けた。いつものメンバーにも連絡があり、集合場所である料理部の部室へ向かう。この前の模擬戦の所為か、部活棟へ向かう際中に色々な学生に声を掛けられる。


 結局、CADVR戦技部には朱夏と木乃香が入部した。と言っても、あまり積極的に活動するつもりはないようだが。麻衣は伊波先輩薦めで、先輩も入部している狙撃部に入部する事にしたみたいだ。俺は週5で授業があるのと、エピメテウスとの特訓で手一杯なので料理部以外には入部しなかった。


「みんな~、いらっしゃ~い。活動日以外で急に呼び出しちゃってごめんね~」


 部室に入ると、伊波先輩と逢坂先輩がいた。いつかの時と同じように、部屋には甘い香りが漂っている。


「優人くん、聞いたよ!木乃香ちゃんを巡って同級生と模擬戦したんだって?」


 部屋に入るなり、なにやら含みのある表情で声を掛けてくる逢坂先輩。


「模擬戦の話、先輩達の耳にも入っていたんですね」


「もうね、びっくりしたよ。優人くんの手がこんなに早かったなんて」


「…………はい?」


「だってそうだろ?一人の女の子を巡って戦う男達!木乃香ちゃんは幸せ者だね!」


「いや、先輩?話がちょっと……」


「それで、決め手は何だったの?やっぱり可愛いから?」


「あの、俺の話を……」



 なにやら、話が色々と改変されているようだ。木乃香は頬を赤らめない!朱夏、ニヤニヤしない!麻衣も事情は知ってるんだから、見てないで一緒に先輩に説明して!


それから少しして、伊波先輩が緩やかに暴走気味の逢坂先輩を止めるまで、俺はその攻勢にさらされたのだった。


「ごめんごめん!ほら、女子が多いとそういった話題がないからさ」


「由紀ちゃんは恋バナ好きだもんね~」


「とりあえず、誤解が解けて良かったです……」


 模擬戦の時よりも疲れたかもしれない……。


「ではでは~、気を取り直して~━━優人くん、木乃香ちゃん、模擬戦勝利、おめでとう!」


 そう言って伊波先輩が冷蔵庫から取り出したのは、きれいに飾りつけされたショートケーキだった。


「わー、すごい!これ、先輩達の手作りですか?!」


「ふ、ふ、ふ……朱夏ちゃん、その通りなのだ~!」


 プロのパティシエもかくやと言わんばかりの出来栄えに、俺を含めた全員が感嘆の声を挙げている。


「紅茶も入れてみたんだ。少し早いけど、ティータイムにしよう」


 いい香りのする紅茶を逢坂先輩が配る傍らで、手際よくケーキが人数分にカットされていく。テキパキしながらも形が崩れたり、倒れたりしないのは、伊波先輩の技術だろう。


「それじゃあ、いただきます!」


 甘い生クリームが午前の授業で疲れた頭に染みる。美味しいものを食べながらだからだろうか、女子が集まっているからだろうか、話が途切れない中で予想外の祝勝会は行われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る