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 窓から見える景色が後ろに流れていく。住宅街が続いていたが、30分もするとそれは疎らになり、広大な農地が広がる。紅嶺崎さんの運転する車に乗った俺たちは、君島博士の研究所がある対アビス防衛部隊の基地へ向かっているところだ。


「同じ新東京市とは思えない光景ですよね」


 流れていく光景に麻衣が呟く。防衛部隊の隊員や農業・工業従事者でなければ、ここまで外側に来ることはないので、見慣れない光景ばかりだ。


「中心部が一番栄えているから、ほとんどの人間は行って住宅街までだろうな。学園も外寄りとは言っても、あそこは開発・整備が進んでいるところだからな」


前を見ながら紅嶺崎さんが答えてくれる。確かに、中心部へ向かう事はあっても外側へ向かう事はなかった。事実、学園へ通うので初めて外側へ向かったくらいだ。


「それにしても、広い農地だな」


「新東京市の全人口を支える農地だからな、それに円状都市だから外側に向かえば向かうほど、広くもなるさ」


「確かに」


「まあ、それもそろそろ終わりだ」


 代わり映えしなかった光景が突如、線を引かれたように荒廃したものに変わる。


「旧戦場区……」


「そうだ、10年前の関東決戦で戦場となり、復興が未だ進まない地区だ……君ら二人には、あまり気持ちの良い場所ではないかもしれないが……」


 バックミラー越しに、後部席に座る俺たちを気遣う視線に気づく。確かに、10年前の決戦で俺たちは装者であった両親を目の前で喪った。


「そうかもしれないですが、俺たちも折り合いは付けられていますよ」


 俺の言葉にうなずく麻衣。昔の麻衣は、夜になると当時の事がフラッシュバックしてしまい、一人では寝ることが出来なかったが、いつからか一人で夜を過ごすことが出来るようになっていた。その頃からだったか、星をよく見るようになったのは。


「……君らが大丈夫なら、私が言う事は何もないよ……さ、見えてきた」


 車の行く先を見ると、長い塀で囲まれた厳つい建物が見えてきた。今日の目的地、対アビス防衛部隊の研究基地だ。入口の門に立っている隊員へ、特別入館証を提示して中へ入る。迷いなく車を進めると、基地内のある建物に入った。


「ここが二三四の個人研究棟だ」


「建物一つが個人持ちなんですか……?!」


「二三四の成果を考えれば、少ない方だよ」


 確かに、今の俺たちが安全に生活出来ているのは君島博士の研究のお陰なのだから、それを考えると建物一棟というのは少ないのかもしれない。


「ほら、中に入るぞ。二三四がお待ちかねだ」


 紅嶺崎さんに促され、車庫から建物の中に入る。建物内は研究所というイメージ通りで、白を基調とした配色になっている。通路に余計なものは置かれておらず、等間隔にスライド式の扉が並んでいる。


 その中の一つへ近づくと、カード認証、静脈認証、網膜認証、声紋認証と扉の横に設置された厳重なセキュリティ認証を行う。


『……認証完了、対象:紅嶺崎刀子と確認。アポイントメント検索……確認。同行者の入館証を確認します』


 セキュリティの声に、手にしていた入館証を読み込ませる。


『……カード認証……上坂優人、上坂麻衣と暫定認証。静脈、網膜、声紋登録をお願いします』


 厳重なセキュリティに驚くが、ここが人類の生命線である事を思い出し納得する。無事にセキュリティの登録を済ませ、ようやく開かれた扉の中は明かりが落とされ、唯一電源が付けられていたパソコンたちが明るく輝いていた。


「二三四、またこんなに暗くして……目を悪くするとあれほど言っただろう」


「……ああ、刀子か。なに、この方が余計なものに意識を持っていかれず研究に集中できるからね」


「全く……」


 短いけど仲の良さを感じさせるやり取りに、クルリと座っている椅子を回転させて此方を向いた女性が、君島二三四博士であると分かる。紅嶺崎さんが部屋の明かりを点けると、博士の姿がハッキリと見えた。ボサボサの菫色の長い髪と目の周りに浮かぶ隈にヨレヨレの白衣が、彼女が生粋の研究者であると物語っている。


「彼らが刀子の言っていた上坂兄妹だね。初めまして、CAD研究をしている君島二三四だ。今回は私の研究のテスターとなってくれて、とても感謝している」


 不敵な笑みを浮かべながら差し出された手を握る。


「紅嶺崎さんから何と伝えられているか気になりますが……初めまして、上坂優人です。博士のVRゴーグルに大変お世話になっています」


「妹の麻衣です。よろしくお願いします」


「さて、早速だが持ってきてもらったVRゴーグルを確認させてもらっていいかな?」


 持ってくるように言われていたVRゴーグルを取り出す。それを受け取った博士は、手元のパソコンにそれを繋ぐと、データを参照しているのか物凄い勢いでキーボードを叩き始めた。文字列を追っているのか、視線が上下に忙しく動いている。


 3分もかからないうちに、ある程度の情報を見終わったのかパソコンから視線を外す。上げられた顔は、喜色満面にあふれていた。


「いやあ、刀子は素晴らしいテスターを紹介してくれたものだ」


「二三四がそこまで言うのは珍しいな。そんなに良かったのか?」


「いや、済まない。良かったというレベルじゃないな、最高だ!」


 相当良いデータだったのだろうか、そこまで言われると嬉しくなる。


「まず、麻衣くんだが元々の適性を伸ばす様に訓練をしているね。正規装者レベルの適性に胡坐をかくことなく、謙虚に訓練を続けているお陰で1年生の内に適性Aに至れるだろう」


 博士からの太鼓判に、麻衣の表情が明るくなる。


「次に、優人くんだが、こちらは適性がまず面白い。正規装者でも適性はある程度得意なものに偏っているが、君は万遍なく適性がある。そのためか、育て方を間違えなければオールラウンダーとして大成するだろう」


 その言葉に口角が上がるのを感じる。


「最近は模擬戦の件もあって射撃と近接に偏っているが、狙撃と防衛もよく訓練をするといい。あとは何と言っても、その“適応力”だな。CADを扱って数日とは思えないほどの結果だ」


 手放しで褒められて、顔が緩むのを止められない。CAD研究の第一人者である博士にそこまで言われ、実力の向上を再認識する。


「それも博士のお陰です。俺一人だったら、どうしたらいいか分かりませんでしたし」


「私もです。適性検査の結果でいきなりBと言われても、私自身は狙撃銃なんて扱ったことはなかったですし、宝の持ち腐れになるところでした」


「それはそれは……力に慣れたようで何よりだよ。ところで、二人のCADも見せてもらってもいいかな?」


 そう言われ、左手首に着けていたCADを外して博士に手渡す。それを受け取った博士は、アリーナにもあった機械に似たものへCADをセットすると、その情報を確認し始めた。


「……全く、要件を済ませようとするのはいいが、客人を立ちっぱなしにするのはどうかと思うぞ?」


「ああ……適当に掛けてくれ」


 部屋に入ってから立ちっぱなしで会話をしていた俺たちは、紅嶺崎さんの勧めで近くにあるテーブルに座る。


「二人とも、紅茶でいいかな?」


「「大丈夫です」」


 慣れた様子で部屋に併設されたキッチンから茶葉を取り出すと、紅茶を淹れ始める紅嶺崎さん。戸棚からクッキーまで取り出しているあたり、勝手知ったるといった感じだ。


「少し時間がかかりそうだから、ゆっくりさせてもらおう」


 そのまま紅嶺崎さんが淹れてくれた紅茶とクッキーを堪能する。高級品なのか、紅茶の風味を損なわない程度の甘さが口に広がる。


「お待たせしたね。お、良いものが出ているじゃないか」


 しばらくして、作業が終わったのかテーブルのクッキーを頬張りながら席に着いた博士。


「これは返すね、ありがとう」


 何やら一仕事やり切った感を醸し出しながら、CADを返してくる。見た目には何も変わった様子がないCADを元あった場所に着ける。


「一仕事やった後は、甘いものが頭に染みるね」


 そう言って博士が口に入れているのは、どこからか取り出したのかブドウ糖飴だった。それも大量に。確かに身体の中で脳が一番大食らいだけど、その量は……。


「二人とも、何時もの事だ。気にするな」


「ブドウ糖飴はいいぞ~、効率的に脳の栄養になるからね。君らも食べるかい?」


 そう言って差し出されるブドウ糖飴を丁重に断ると残念そうな顔をしながら、それも口に入れる博士。ボリボリとかみ砕き、紅茶でそれを流し込むと得意げな表情で口を開いた。


「さて、優秀なテスターには報酬を与えるのが良い研究者というものだ。という訳で、君らのCADを少しばかり弄らせてもらった」

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