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 授業が終わり、指定されたシミュレーションルームに行くと、そこには多くの学生が集まっていた。あの場を見ていた学生が多いため、見覚えのない学生や上級生の姿もある。大体の目的は、新入生代表にして近接Bという適性を出した木乃香だろう。その人込みに混じって、朱夏や麻衣の姿もあった。


「ふん、逃げずに来たか」


「そりゃね。やられっぱなしは趣味じゃないんだ」


「生意気を言って……その戯言がいつまで持つか見物だな」


 田中と土谷は先に来ていたようで、俺たちの姿を認めると剣呑にそう声を掛けてきた。相変わらずの刺すような視線を、俺に向けてくる。


「あんた達もその威勢がいつまで持つか見物やな」


 木乃香は田中の物言いに我慢ならなかった様子で、煽り返している。前回もそうだったけど、意外とこの娘、好戦的じゃないか?


「ん、んん……まあ、いい。僕たちも暇ではないんだ。早速始めよう」


 どうあっても木乃香に対しては強く出られないみたいで、逃げるように筐体へ入る二人。


「絶対勝とうなぁ!優人くん!」


「もちろん、勝とう!」


 お互いに気合を入れると、俺たちも筐体へ向かった。






『田中、土屋からタッグ模擬戦の申請がきています。白衛と受けますか?』


 シミュレーターから模擬戦の申請が表示され、“OK”をクリックすると円形アリーナに飛ばされた。隣には木乃香が居て、アリーナの反対側に田中と土谷の二人が立っている。


『試合形式はシールド値が0になった者が撃墜判定、2人とも撃墜された方が敗北とする。異論は無いな?』


『あらへんで』


『ないよ』


『では、CADを展開しろ。準備が完了したらカウントをスタートさせる』


 田中の言葉でCADを起動させる。意外な事に、二人は近接装備ではあるが、突撃銃を手に持っていた。木乃香は薙刀、俺は突撃銃2丁とこの前の特訓の時と同じ装備だ。


『では、カウントを始める……どんな結果になっても恨むなよ』


『寝言は寝ていいな!』


 木乃香の反論は黙殺され、5カウントがスタートされる。お互い武器を構え、目減りする数字に集中していく。音が消え、減っていく数字がゆっくりに感じた。ピリピリとした空気の中、カウントがゼロになりブザーが鳴った瞬間、一斉に飛び出していく。


 この数日で練習していたのか、全員がブーストをかけてのスタートだった。驚いたのは、二人が木乃香を無視して、銃弾をばら撒きながら俺に向かって来たことだ。


『崩せるところから崩すのは、兵法の基本だろう』


『そういうことだ!さっさと墜とさせてもらうぞ』


 俺が戦闘に慣れていないと踏んでの作戦だったのだろう。左右から勢いよく突っ込んでくる二人に、自然とバックブーストをかけていた。無視された木乃香が、二人の後ろから追いかけてきているのを確認しつつ、俺も両手のトリガーを引く。


お互いを銃弾が襲うが、距離が開いたままでは当たってもシールド値の減少は僅かだ。2対1な分、俺の方が若干不利ではあるか。それでも、訓練で撃たれることに慣れていた俺は、落ち着いて円運動を行いながら回避しつつ、トリガーからは指を離さない。


 二人は俺が冷静に対処している事に驚いているのか、驚愕の表情を張り付けていた。そうこうしていると二人と木乃香の距離が近づき、図らずして挟撃するような形になった俺たちに、銃から刀に持ち替えた田中が転進する。


『お前は俺一人でも十分だ!覚悟しろ!』


 田中が何か言ったのだろう土屋がそう吠え、全力で追いすがってくる。そうして距離を詰めている間に、スピードを出したことで大して当たらなくなった銃から刀に持ち替えていた。距離を詰められないように俺もブーストを掛けるが、徐々に近づかれている。


 射撃をしながら、転身した田中と斬り合っている木乃香を見る。必死さを隠そうとしない田中に、木乃香は涼しい顔で向かってくる刀を捌いていた。その様子は、確かな実力の差を感じさせられた。


『優人くん、こいつはウチが抑えてるさかい、そいつをやっつけてしもて!』


『分かった!』


 意識を土谷に集中し、今度は逆にこちらから距離詰めていく。距離が縮まることで命中率が上がり、ジリジリと削られるだけだったシールドが、目に見えて減っていった。


『くそッ!男なら正々堂々と刀で戦え!』


『いや、男とか関係ないだろ』


 無茶苦茶な事を言ってくる土谷にそう返しながら、射撃を続ける。距離が近づいたことで時折刃が届きそうになるが、エピメテウスに重点的にやられた近接回避訓練の成果か、落ち着いて回避できている。


『なんで……こんな!お前、何か卑怯な手を使っているのか!』


『どうやってそんな考えに至ったのか、是非聞かせてほしいな』


『うるさい!』


 おそらく、何かの型なのだろう。連続で流れるような斬撃を繰り出してくるが、その時は飛行出来ない様で、すぐに距離を離すことで避ける。この時点で俺のシールドは8割、対して土谷は5割を切ったところだ。


『俺は適性Cの優秀な人間なんだ!お前みたいな落ちこぼれに、やられるわけが無いんだよ!』


 駄々をこねる子供みたいな事を叫びながら刀を振るう土谷。それには答えず、ひたすら射撃を続ける。精彩を欠いた動きで回避する事も出来ず、次々と銃弾に食らいつかれた土谷のシールドは、それからしばらくして0になった。


『ちくしょう……何でだよ、落ちこぼれ何だろ……俺が負けるわけ……』


 その姿を一瞥すると、木乃香の方へ向かう。そこでは、一度距離を取った二人の姿があった。木乃香のシールドに欠けはなく、田中も荒い呼吸の割に8割とあまり減っていない。


『木乃香、こっちは終わったよ!』


『さすが優人くん!ウチが見込んだ通りやな━━じゃあ、あとは頼んだで!』


『えッ……?』


 信じられない事を言われた気がする。まるで、俺がこれから田中と1対1で戦うような━━。


『やはり、そういうことだったか。攻め気が無かったのは、そいつが来るのを待っていたからか』


『ほうや。ウチが倒してもええけど、ほらうちが君より強かったって事にしかならんよなあ?優人くんが君を倒すからこそ、君より劣ってへん証明になる。そやさかいほら、シールド値も一緒にしてやったやん』


 とんでもない会話が目の前で交わされている。俺はそんな事、一言も聞いてなかったんだけど?


『…………それはそうだな。確かに、白衛さんに僕が負けるのは当然のことだ。そもそも、僕がソイツよりも優秀だからという理由で始めたことだからな。━━まさか、この期に及んで逃げようとしないよな?』


 分かりやすい挑発だ。でも、田中や木乃香が言うことも納得出来る部分はある。逃げるつもりはない……それでも事前に一言は欲しかったなぁ。心の中でぼやきながら、田中と対峙する。


『もちろん、逃げはしないよ』


 両手の突撃銃を構えながら答える。彼我の距離は最初に比べて圧倒的に近く、田中の刃が一息に届く位置だ。刀を構える田中の姿は、先ほどの土谷と違って確かな圧を感じるものだ。合図はなかったが、動いたのは同時だった。予想通り一息に踏み込んできた田中に、回避しようとするが僅かに間に合わず、右手の突撃銃を切り飛ばされる。


 そのまま、もう一歩と踏み込みながら振るわれた刀を、急いで展開した刀で防ぐ。しかし、押し込まれる力に刀を取り落としそうになり、慌てて左手の突撃銃を捨てて両手で刀を握る。


『生兵法は大けがのもとだぞ!』


 好機とばかりに打ち込んでくる田中。その刃は鋭く、なんとか防げているが攻撃に転じることが出来ない。


『意外と粘るじゃないか。少しは鍛錬を積んできたか……しかしッ!』


 先ほどまでよりも強い打ち込みに態勢を崩される。深い集中にあるせいか、大上段に構えられた刀が振り下ろされていく様がゆっくりと見えた。何とか刃を合わせることに成功し、ここで俺に勝利の女神が微笑んだ。崩れた態勢から無理に刃を合わせたため、握りの甘かった左手がすっぽ抜けてしまったのだ。それはそのまま、田中の刃を受け流すような形になる。


 大振りを受け流されて驚愕している田中の腹部に、再び展開した突撃銃を突き付け、トリガーを引く。防御が出来ない至近距離で放たれた銃弾は、余すことなく田中のシールド値を削り取った。


『ぁ━━━━』


 強烈なボディブローを受けたような感覚に、崩れ落ちる田中。


<試合終了、勝者上坂&白衛ペア>


 シミュレーターが淡々と告げる勝敗を、俺はどこか夢見心地な気分で、駆け寄ってくる木乃香を横目に見つめていた。

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