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須藤先生の訓示を受けて、授業だけでなく、エピメテウスによる訓練にもより一層身が入るようになった。他の曜日のCAD実技・演習にも参加したが、受講人数が多いせいか須藤先生ほどの感銘を受けるようなことはなく、折角ある適性のために受講しようかと思ったぐらいだった。狙撃には麻衣と、射撃には木乃香と一緒に受講し、防衛は一人での受講となった。


近接の授業後、エピメテウスとの訓練では射撃と飛行だけでなく、近接の訓練も追加されるようになった。射撃は距離が空いていたりCADがアシストをしてくれたりしているため、比較的馴染みやすかったが、近接はそれと全く感覚が違った。


一番の違いは当たり前だが、敵との距離だ。射撃は中距離が基本だったが、近接は敵と近距離で直接刃を交えることになる。初めての訓練では、射撃とのあまりの違いに戸惑い、成す術もなくボコボコにされた。


『近接訓練終了します。お疲れさまでした』


 ひたすら攻撃してくる人形を必死に防御、回避し続け訓練時間が終了する。戦闘訓練をするたびに思うけど、色々な事を同時に行うのは本当に大変だし、疲れる。訓練によって身体が自然と動くようになってきているけど、まだまだ訓練したことのない状況になると、動きが止まってしまいやすい。


「ありがとう」


 エピメテウスの声と共に消えていく人形へ、残心を忘れず刀を構える。完全に人形が消えたことを確認して、やっと構えを解いた。近接の訓練をする時に最初に教わったのが、この“残心”だった。残心を忘れようものなら、消えかけていた人形が再び実体化して襲ってくるほどの徹底ぶりだ。残心をすることで気の緩みを防ぎ、不意打ちを防ぐためだそうだ。


『攻撃はあまり訓練が出来ていないためまだまだですが、防御や回避は4日目とは思えないほど上達しましたね』


「いやー、ちょっとだけでもクタクタだよ。やっぱり感覚が全然違うや。木乃香は本当に凄いなぁ」


 脳裏に思い起こしたのは、先週の木乃香との訓練風景だ。2体の人形を相手に、互角以上の斬り合いをしていた木乃香の姿が焼き付いている。薙刀の大家と呼ばれるくらいだから、木乃香は小さい頃よりその技術を磨いてきたのだろう。刀を握り始めて4日目の俺が木乃香と同等レベルになれる筈がないが、それでも、相手に一歩も引かない姿には憧れを覚えた。


『明日はいよいよ、模擬戦の日ですね』


「そうだね。エピメテウスのお陰で、だいぶ自信が持てるようになってきたよ」


『それは幸いです。短い期間でしたが、私に出来る最大限の訓練をさせて頂きましたし、優人様の実力向上も目覚ましいものです。模擬戦、頑張ってきて下さい』


 エピメテウスの言葉に、つい最近まで武器を持ったことのなかった俺が、空を飛び、銃を撃ち、刀を扱うようにまでなったことに改めて気づく。


「分かった。模擬戦の結果、期待してて」


 自分に出来るだけの準備はしてきた。エピメテウスの太鼓判も貰った俺は、確かな自信を持ってVR空間から退出した。






 『行きましたか━━━━それで、今度はどんな用事ですか?もう少し間が空くかと思っていたのですが』


 優人がVR空間から退出すると同時に、エピメテウスが虚空に声を投げ掛ける。その声に答えるように、虚空から“白”が滲み出てきた。それは人型を取ると、いつかの少年の姿をとった。


『そうだね、僕もそう思っていたんだけど、想像以上に“さっきの原石”の成長が早くてね。あのティファレントはいい仕事をしてくれたよ』


『彼の先生ですか……、確かにその訓示があってから訓練にさらに身が入っていましたね』


 ティファレント、人類がSDAと呼ぶ特殊能力を身に付けた人々はダアト白の少年曰く、他の人類と比べてより進化の頂に近づいた人を指すそうだ。進化の素である“晶気”を多くその身体に宿し、それに適応した者たち、それがティファレントだ。ダアトは、基本的に人類を個別に認識しない。彼が気にかけるのは、それがただの人類である“マルクト”か、晶力を手にした“イエソド”、特殊能力を手にした“ティファレント”であるかだ。


 その中でも“ティファレント”に対する認識は別格であり、体内の晶気に適応しきれず消えてしまう可能性が高いながらも、他と比べて大事にしているようだ。優人様と麻衣様を“原石”と呼んで気にかけているのは、二人が体内に宿す晶気量が他のイエソドよりも多いのにも関わらず適応し、加えて特殊な能力を獲得する可能性が高いと考えているからだろう。


『それでね、予定を少し前倒ししようと思っているんだ』


『それは……もしかして!』


『うん、侵攻を再開しようと思う』


 薄く微笑みながら、ダアトは人類が聞いたら卒倒するようなことを、何でもないことの様に言う。その声色に温度はなく、ただ予定が早まったから前倒ししただけ、という考えが透けていた。


『人類の復興はもう良いのですか?』


『もう十分に増えたでしょ、原石を磨くには戦いが必要なんだよ』


『……そうですね』


 彼が“やる”と言ったら、それはもう確定事項なのだ。私が何を言おうが、彼がその意を翻すことはない。そもそも、彼自身も人類が滅亡するのは困るのだ。滅亡してしまえば、進化も何もあったものではない。


『まあ、もう動いてはいるんだけどね』


 やっぱりそうだ。結局私は、原石を育てる彼の道具でしかない。人類が進化出来るように導く機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ。それが私、エピメテウスだ。


『君には、大規模侵攻までに原石たちを生き残り、ティファレントへ至れるよう磨いてもらうよ』


『……分かりました』


 私の返答に満足そうに頷いたダアトは、いつもと同じように姿を消していく。


『優人様、麻衣様……私が精一杯お力添えしますので、どうか……』


 10年ぶりの大きな戦いが、近づいていた。






 その日、いつも以上の忙しさに対アビス防衛部隊の職員は奔走していた。アラートが鳴り響き、様々な情報がモニターに表示されている。メインモニターには、大きく地図が表示され現在の新東京市周囲の情報が表示されていた。


「オモイカネに反応あり!アビス30体が太平洋方面より進行中。期間中のスクランブル部隊は簡易検査の後、再度出撃を要請します」


『またか!スクランブルリーダー、了解!このまま向かう』


新たな光点が出現し、この日4度目の出撃要請を発する。今までの侵攻頻度が嘘のような侵攻回数だ。侵攻してくるアビスは基本型ばかりのため、スクランブル隊が敗北することはないが、度重なる出撃に装者の疲労が重なってきている。今も、帰還中の部隊をそのまま新たな対象へ誘導している有様だ。


 これが続くようであれば、今までの侵攻頻度に対応したスクランブルシフトでは対応できなくなる。そうすると、折角確保した生存圏を再び脅かされることになるだろう。10年前の決戦以降、弱まっていたアビスの侵攻の増加に得も言われぬ不安が職員の間で広がる。


 それは装者も同じなのだろう。新東京市へなるべく近づく前にアビスを撃破している。関東決戦以前は、アビスの侵攻が毎日複数回侵攻していたそうだ。その物量に人類は抗えず、徐々に今の生存圏に押し込められ、決戦に追いやられたのだ。


 そんな歴史が頭をよぎるが、今できるのはひたすらに侵攻してくるアビスを撃破していく事だった。






 現実に戻り、VRゴーグルを外して起き上がると、端末が振動していた。画面を見ると、着信相手は紅嶺崎さんだった。


『夜遅くに済まないね。今大丈夫かい?』


「大丈夫ですよ……どうしたんですか?」


 端末から聞こえる声にいつもの張りが感じられず、疲れがたまっている様子だった。


『いやなに、以前君にCADのアドバイスを出来るだろうと話をしただろう?こちらの都合でそれを翻意にしてしまった事を改めて謝ろうと思ってね』


「そんな!紅嶺崎さんが忙しいのはメールで知っていましたから……」


 その言葉の通り、週の初めに紅嶺崎さんから対アビス防衛部隊ADFの仕事が忙しくなり、家に寄れないことに対する謝罪のメールを貰っていた。装者である紅嶺崎さんの仕事が忙しいという事は、アビスの侵攻が増加しているのだろう。特にADFから発表がないという事は、新東京市に直接の被害が出ないレベルなのだろうけど……


『直接アドバイスが出来ないのは残念だが、それでも言えることはある。君は努力家だ。目標に向かってひたむきに努力することができる人間だ。だから、自分が積み上げてきたものを信じてほしい』


「紅嶺崎さん……」


『こんな人並みのことしか言えなくて申し訳ないが、明日の模擬戦……勝利報告を持っているよ』


「……はい!任せて下さい!」


 紅嶺崎さんの信頼が嬉しく、声に熱がこもる。


『うん、良い返事だ!━━それじゃあ、夜遅くに連絡してしまって悪かったね』


「いえ!紅嶺崎さんも疲れているのに、連絡してくれてありがとうございます」


『なに、これぐらい保護者として当然さ。次の二三四の研究所には予定通り行けるから、次に会うのはその時になるな。その時には、今日の埋め合わせもさせてもらうよ』


「ありがとうございます。楽しみにしていますね!」


『ああ……じゃあ、お休み』


「お休みなさい」


 通信が切れる音がして、端末が沈黙する。紅嶺崎さんのくれた言葉と声が、胸の中に残っている。その心地よさを抱いたまま、俺は眠りについた。






 そして、模擬戦の日が来た。

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