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「久しぶりに思いっきり動けたで」


「……そうですか、有意義な時間で良かったよ」


 1時間の訓練時間はあっという間に過ぎ、小休憩を挟んではいたがほぼ時間一杯訓練をやっていた。ひたすらに集中を強いられ、シミュレーターから出るころには頭痛がしてきた。しかしその甲斐あってか、訓練後半では被弾数も減り、命中率も上がっていたのは事実だ。


「優人くん、どんどん上達するさかいつい楽しんでしもた」


「あー、やっぱり楽しんでたんだね……」


 晴れやかな木乃香と対照的に、俺は疲労困憊のグッタリだ。無性に甘いものを口に入れたくなったので、木乃香を誘って学内のカフェに向かう。注文するのは甘いチョコケーキだ。口に入れた瞬間、舌を刺激する糖分に身体が喜んでいるのを感じる。意識しなくても、目尻が下がり、口角が上がっているのが分かる。


「ん~、幸せだ~!」


「ほんまに甘いものが好きなんやな」


「そうだね、甘味は大好きだよ」


 黒蜜のあんみつをつついている木乃香にそう答える。木乃香も甘いものは好きだけれど、洋菓子のクリーム系は甘さが強くて苦手なのだそうだ。それがクリームの良いところだと思うのだけどな。


 一口、また一口とチョコケーキを口に入れながらそう思う。思った以上に甘味を欲していたのか、手元にあったチョコケーキはあっという間に無くなってしまった。


「あーもう、ほないに残念そうな顔せんで━━ほら、ウチの一口分けてやるさかい」


 よっぽど残念そうな顔をしていたのだろう、木乃香が自分の器からこしあんと黒蜜がたっぷりかかった寒天を差し出してきた。その表情はとても優しげで母性溢れるものだった。


「ありがとう……でも、さすがにこれは恥ずかしいかな……」


 学内のカフェだから、利用しているのは俺たちだけじゃない。授業が終わっている時間だから、結構な学生が利用している。甘味処ということもあって、見渡す中で男は俺一人だ。そんな状況でこんな事をすると、周りがなんの反応も示さない訳がない。


「ほらほら、“あーん”ってしてる!」「可愛い!新入生だよね?」


 などなど……。興味津々と視線が集中する。


「やけど、期待されてんで?」


 ニヤニヤとそう言う木乃香。この娘、完全に楽しんでやがる!


「ほれ、ほーれ」


 楽しそうに俺の前でスプーンを揺らすほどの余裕ぶりだ。


「……分かったよ」


 降参した俺は、差し出されたあんみつを食べる。抑えても抑えきれていない歓声は予想していた通りのものだ。━━ただ、やられっぱなしは性分じゃない。ケーキについてきたフォークを黒蜜がかかったフルーツに突き刺し、お返しと差し出す。


「え……?」


「ほら、俺ばっかりじゃ悪いから木乃香もたべなよ。━━あーん」


 これは予想していなかったのか、キョトンとする木乃香。ざわつく外野。恐らく俺は、少し意地悪な顔をしているだろう。


「いや、優人くん……?」


「ん?食べないの?ほら、ほーら」


 我ながらやっていることが小学生だと思うが、やってしまったからには後には引けない。このフルーツを食べさせるまで、俺はフォークを下げないぞ!そんな俺の内なる気迫を感じ取ったのか、せめてもの抵抗とすまし顔で口を開ける木乃香。もちろん、外野からは抑えきれない歓声が漏れ聞こえた。


「あー、仕返しされてしもた」


「俺もやられっぱなしじゃないんだよ」


 頬を赤く染めて不服そうに呟く木乃香へ、俺は止めとばかりにそう返した。

あー、顔が熱い。






「それで、木乃香との特訓はどうでしたか?」


 カフェでの一件の後、あの場に居続ける肝の大きさは俺たちに無かったので、早々に退店しそのまま帰路に就いた。


「それがさ、凄いスパルタというか、限界ギリギリを攻めた特訓だったよ……」


「そ、それは……木乃香も気合が入っているのですね」


 俺の顔が暗くなったのを見た麻衣が、その壮絶さを察してくれたようだ。視線に労りを感じる。


「でも、そのお陰でかなりCADの動きには慣れたな。回避なら結構自信あるぞ」


「一体、どんな特訓をしたんですか……」


 遥か格上の相手と無理やりタイマン状態となれば、嫌でも上達するよ?


「模擬戦をする訳じゃないですけど、私も少しづつ練習をしないとですね」


「そうだな、折角のプレゼントが俺たちにはあるからな━━それを考えると俺たちって凄い恵まれてるよな」


「紅嶺崎さん様々、ですか?」


「ああ、様々だ」


 そう言って二人で笑い合うと、夕食の食器を片付ける。そうして、しばらく穏やかに2人で過ごした。






『おかえりなさい、麻衣様。今日も狙撃の訓練をしますか?』


「そうですね、お願いします」


『承知しました。CAD展開します』


 エピメテウスの声が響き、狙撃装備の「吹雪」が展開された。ここ数日ですっかり触り慣れた狙撃銃を構えると、ホログラムゴーグルにターゲットサークルが表示される。同時に、周囲は見渡しの良い平原へと切り替わった。


『では、いつも通りウォーミングアップから行います。距離1000から開始して、撃破毎に200ずつ離していきます。ターゲット、アビス基本型で設置します』


 狙撃というと腹臥位での射撃をイメージしていたが、それでは実際の戦闘で突発的な襲撃に対応できない為、立位で射撃をする。CADのアシストで狙撃銃を水平に保つが、より安定させるために狙撃銃に装備された固定アンカーが展開された。


ターゲットを検知した「吹雪」が自動的にズームアップし、ターゲットサークルがその姿を捕えようと動く。細く息を吸い、ゆっくりと吐きながら集中。息を吐き切ったと同時に、ロックオン。すかさず引き金を引く。


 翡翠の光を纏った銃弾が、ターゲットとの距離を一瞬で飛翔し、その装甲を物ともせずにコアを撃ち抜く。カシャン、という音と共に砕け散るターゲット。


「━━次」


 ターゲット撃破を必要以上に意識せず、淡々と呟く。それに答えるように、少し遠いところへ次のターゲットが設置される。集中を切らさないようにしながら、同じルーティンでそれらを次々と撃破していく。


『現在の距離、2400。命中率、90%以上をキープ』


「━━次」


 エピメテウスの声が耳に入るが、必要のない情報と判断して聞き流す。既に最初の2倍以上の狙撃距離になり、中てることが難しくなってきている。加えて、距離が離れることで銃弾の威力も減衰しているため、一撃で撃破出来なくなってきた。しかし、それには数発を中てることで対応し、撃破数を伸ばしていく。


『……ウォーミングアップ終了。最終狙撃距離3500。お疲れ様でした』


「ちょっとずつ伸びてますね……ありがとうございます」


 実際に凝っている訳ではないが、眉間を揉んで集中していた時の凝りを解すような動作をしてしまう。適性検査の結果を知った時、狙撃銃どころか銃すら握ったことのない自分が高い適性を示したことに、強い疑問を抱いていた。


「……でも確かに、私は狙撃銃との相性が良いみたいですね」


 突撃銃や近接武装も試してみたが、敵に近づくとVRとはいえ恐怖が勝り、狙撃銃の時と比べて撃破数は大幅に伸びなかった。逆に、狙撃銃では訓練を重ねるごとに狙撃可能距離が伸び、命中率も高い状態を維持出来ていた。


 それに関係あるかは分からないが、昔から遠くにある星を見るのが好きだった。はるか遠くにある瞬きを、望遠鏡を覗き込むことで捉えることにのめり込んだのは、父も天体観測が趣味だったからか。


 父に連れられて行った天体観測の時の光景は、今でも鮮明に覚えている。後で知ったことだが、装者であった父は狙撃適性に優れていたそうだ。そして、狙撃適性が高い装者は何かしら遠くの物を観察する趣味を持つ人が多いらしい。


とにかく、父の影響もあって私は、確かに他の人よりも“遠くを見ること”が多かったと思う。それが適性の高さに繋がったのかは、誰にも分からないことだけれど。


『少し休憩をしたら、ランダム出現での訓練を行います』


「分かりました」


 ランダム出現するターゲットへの射撃に、自分が動きながらの射撃、障害物がある状態での射撃と、様々な状況での訓練が続く。その訓練の中で、効率的に移動する方法、素早く銃口の向きを変える方法など、狙撃手として必要な能力が自分に蓄積されていくのが分かる。


『……狙撃訓練終了。適性はBのままですが、確実にスキルアップしていますね』


「ふぅ……ありがとうございます、エピメテウス。それにしても、1時間も訓練を続けていると流石に疲れますね」


『1時間、集中し続けられることは稀ですよ?』


「そうですね……天体観測をしていると、時間を忘れてスコープを覗き込んでいることはよくある事ですから」


『なるほど、元々の素養があったのですね』


「そうみたいですね━━休憩したら、もう少しだけ訓練をさせて下さい」


『承知しました』


 その後、私は追加で30分ほどターゲットを撃破し続けた。

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