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月曜日、やたら進度の速い一般科目とCADの座学を終えると演習・実技の時間になる。この時間は選択制になっていて、適性を参考に学生が自分で履修する科目を選ぶ。月曜日は共通科目で、主に飛行や隊列などを行う。それ以外では、火曜日に近接、水曜日に射撃、木曜日に防衛、金曜日に狙撃とそれぞれの適性に合わせた授業が開講されている。
俺は全てに適性があるため、少し大変になるが全部の授業に参加しようと考えている。この授業に履修制限は無く、オリエンテーションで須藤先生が言っていた様に、学生本人の頑張りで全授業を履修することも可能だ。大変なことは、一週間で休まる日が他の学生と比べて少なくなる事、学期ごとの試験で全ての授業で実技試験があること、だろうか。
今日の内容は、VRシミュレーションルームでの飛行演習だった。前回のちょっと浮遊するだけとは違い、上下左右前後の動きがあるためバランスを取るのに苦労する学生が多かった。そんな中で、他の学生ほどバランスを崩すことなく飛行出来たのは、エピメテウスとの特訓があったからだろう。確実に実力が付いてきている実感に、自信と気力が沸く。
「優人くんさ━━ちょっとシミュレーターで練習していかん?」
授業が終わったあと、そう声を掛けてきたのは木乃香だった。確かに、お互いにどんな動きをするのか知らないし、俺は武道初心者だから木乃香が薙刀でどんな動きをするのか想像もつかない。エピメテウスとの特訓にも限界はあるだろうし。
「もちろん、やろう!━━あ、でもシミュレーターって空いてるのかな?」
「ふ、ふ、ふ━━こんなんもあろうかと、先週の内に予約してあってん!」
シミュレーターは手軽にCAD訓練を行えるため、向上心の高い学生に大人気だ。いかに装者育成を目的とした学園といえども、学生全員分の高価なシミュレーターを用意することは不可能なので、授業で使用する以外では予約制になっている。
「準備がいいなあ」
「抜け目がないですね」
「そうやろう?」
朱夏と麻衣の賞賛に、得意げな顔をする木乃香。実際あの時に、木乃香以外はそこまで考えが及ばなかったから、こうして備えていてびっくりした。
「それじゃあ、そろそろ時間になるさかいやろうか。1時間しか使えんし━━二人はどないすん?」
「私は一度、料理部に顔を出してこようと思います」
「私、昨日見れなかった部活があるからそっちの見学かな」
「じゃあ、今日はここで解散だね。また明日!」
それぞれやりたいことがあったようで、待たせることもなく解散する。シミュレーションルームから出る二人を背に、俺と木乃香はシミュレーターに入った。
『それじゃあ、タッグモードにするなぁ』
木乃香の声が聞こえたかと思うと、シミュレーターから“白衛木乃香さんからタッグ申請が来ています、受けますか?”といった表示がされる。“OK”をクリックすると、一瞬でリンクしたのか隣に木乃香が立っていた。
『最初は自由にやってみようか』
そう言ってCADを展開する木乃香。それに続いて俺もCADを展開する。武装は慣れ始めた突撃銃2丁だ。木乃香も薙刀を展開している。
『相手は二人とも近接装備で適性Cやさかい……っと、よし!これで設定完了!』
手元で木乃香がなにやら操作すると、VR空間に2体のCADを纏い、刀を展開した人形が出現する。真っ白だった空間も、実技アリーナと同じ円形の舞台へ切り替わっていった。直線距離をブースト移動しても、すぐには壁にぶつからない程度に広い空間だ。
『実際に近い設定が出来るって凄いでなあ。今日はこれを相手に練習しよう』
『りょーかい!』
俺たちが武装を構えると、人形たちも手にした刀を両手で構える。その姿はとても堂に入ったもので、機械的な不格好さを感じない。眼前に3カウントの表示が出て、カウントゼロになった瞬間、人形と木乃香が飛び出る。
人形は背中の翼によるブーストを使いながら、地面を滑らかに移動し距離を詰めてくる。それに対し、木乃香も中段に構えながら素早い足さばきで間合いを測りにかかる。明らかに熟練者同士と分かるスタートに一瞬、茫然とするがすぐに気合を入れ直し俺も動き出す。まだ飛ぶ必要もないため、走りながら3人の側面へ回り込む。
多少特訓したとはいえ、木乃香を避け人形だけに当てるなんて芸当は、俺にはまだ無理だ。そんな俺が銃で攻撃するには、射線に木乃香が入らないポジションで撃つしかない。
『回り込んで撃つ!』
『了解!』
お互いに短く言葉を交わし、人形との距離を縮めた木乃香は八相に構えを変えて斬りかかる。アリーナの中心で2体の人形と激しく打ち合う木乃香は、数の不利など物ともせず素人目には互角に打ち合っているように見えた。必然、3人の距離が近くなるため、誤射を恐れた俺は発砲できずにいた。
『訓練やさかい、遠慮せず撃ってええさかいね!』
そんな俺の姿が横目に見えたのだろう。気を使われてしまった。
『━━当たっても、ごめんね!』
それだけ叫ぶと、少しでも命中率を上げるために近づきながら引き金を引く。強烈な反動が両手を振るわせようとするが、CADのアシストでそれを抑え込む。それでも、それなりの数が木乃香に向かっていき、シールドに弾かれていた。
ゲームではないので、味方だろうが銃弾が当たればダメージになる。シミュレーションではシールドの値が一定に設定されていて、攻撃を受けるとそれを消費していく。そして、シールド値が0になった時点で戦闘不能扱いになる仕組みだ。実際の戦闘では装者の晶力量によってシールド強度が変わるが、学生の時点ではそこまで差が出ないこと、シールド無しでの徹底抗戦まで行うことが殆どないこと、それらを考えての仕組みだ。
そして、模擬戦ではその仕組みにより、相手のシールド値を0にすることを勝利としていた。
距離を詰めることで当たるようになった銃弾に、人形の1体が俺を脅威と認識したのか、木乃香から離れて此方に向かってくる。接近された場合、俺に対処法はないのでトリガーから指を話さずにバックブーストをかける。人形は右へ左へと回避しながら追いかけてくるため、追いつかれることはないが、俺の方もあまり命中していない。
木乃香の方がどうなっているかまで気に掛ける余裕はなく、ひたすら距離を詰め切られないよう壁沿いに逃げ回る。逃げるのに集中すれば射撃が、射撃に集中すれば距離管理が疎かになってしまい、結局中途半端になってしまうのがもどかしい。
AIではあるが、相手がいて考えて攻撃してくるというこの状況に、射撃だけ、移動だけの訓練では感じられなかった、複数の事を同時に判断して行うという“戦闘行為”の難しさを実感させられて
『くそッ……当たれぇッ!』
当てようと躍起になっていると、それを見抜いたように被弾を恐れず人形が一気に距離を詰めてきた。人形もCADを纏っているのだ、シールドの防御で多少の被弾は問題ない。遂に距離を詰められ、両手の突撃銃を切り飛ばされる。斬られた銃の破片が、ポリゴンへと戻りキラキラと舞っていく。
刀を上段に振りかぶった人形に、斬られると思った瞬間、人形が突然動きを止め“模擬戦終了”の文字が目の前に表示された。
『優人くん、お疲れ!』
文字と同時に消えた人形の向こう側には、人形を斬ったあとの残心を解いた木乃香の姿があった。軽く息を弾ませているが、被弾した様子がないのは流石武道経験者といったところか。
『いやー、びっくりしたで!すぐにやられてしまうかもって思うとったさかい━━凄いやない!』
薙刀を格納してこちらを見た木乃香は、興奮した様子でそう捲し立てた。
『いや、逃げるのだけで精一杯だったし……』
1人で2体の人形を倒した木乃香に、逃げっぱなしで最後はやられそうになっていた自分を比べて、情けなさを感じる。
『ほんなんあらへん!普通は刃物向けられただけで動けんよなる人が多いもの━━それをしっかりと逃げられただけでも大したものやで』
『そう、かな……?』
『そうやで!もっと自信持って!ほんと、ウチの目に狂いはなかった!』
改めて突き付けられた木乃香との実力差に、ちょっと前に抱いた自信を打ち砕かれていると、物凄い勢いで褒められた。木乃香としては、満足以上の結果だったらしく、しきりにアレが良かった、コレが良かったと言っている。というか、木乃香も戦闘中だったのに俺のことちゃんと見てたんだね……。
『あいつらは優人くんのこと、才能あらへんって言うとったけどほんなんあらへん!むしろ大粒の原石やで!』
手放しに褒められて、VR空間の筈なのに背中がむず痒くなる。
『とにかく!もっと自信をもって!』
『分かった!分かったから!ありがとう!自信持つから!もう背中のむず痒さが限界!』
木乃香の褒め殺しに耐え切れなくなり、大声でそれを遮る。
『あ、自信持った?』
『持ちました!』
俺の返答に満足そうに笑う木乃香。これはあれだ、俺が自信を持ったと言うまで続けるつもりだったな。入学式の時の落ち着いた雰囲気に騙されていたが━━この子、狸だ。
『こらええ予想外やったな。思うとったよりも何段階も訓練のレベルを上げて大丈夫や』
『……え?』
なにやら頷き、楽しそうに手元のホログラムボードを操作すると、さっきと似た人形が出てくる。ちょっと違うのは今度の人形は、刀だけでなく突撃銃をその手に握っていた。
『意外と射撃や回避の練習はいらんみたいやったさかい、あとはひたすら実践練習やな!━━とりあえず、落とされんようにしもって、相手の装甲を半分削ること目標にしよう!』
いい笑顔でそう言ってくる木乃香。いや、この場合は
『覚悟は決めた!……ど、ドーンとこいッ!!』
『その意気や!』
避けられない状況に覚悟を決めた俺は、気合を入れようとやけくそ気味に叫び、再び両手に突撃銃を展開するのだった。
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