-9-

『そうか……やはり学園にも優性思想は居るか━━それにしても、白衛のお嬢様にバディを申し込まれるなんて、優人も隅に置けないな』


 模擬戦が決まった日の夜、俺は紅嶺崎くれざきさんと端末で今日あったことを話していた。麻衣は後で話すと、先に風呂へ入りに行った。

紅嶺崎さんに、料理部に入部した話をしたら俺らしいと笑われたが、件の模擬戦の話をすると通信で映る顔を歪めていた。それも、木乃香の話をすれば解消され、むしろ愉快そうに笑っていたが。


『いや、そんなんじゃないんですけど━━小さい時に1回面識があって、あとは向こうの気まぐれですよ』


『気まぐれ、ねえ……?まあ、白衛は近接の適性が高いから前衛としては信頼できるだろうな』


『それは木乃香にも言われました。なので、俺は模擬戦まで射撃を徹底的に訓練しようと思います』


 俺の言葉にうなずく紅嶺崎さん。


『そうだな、信頼できる前衛がいるのなら、後方から支援するのが得策だ。相手が鎬の弟子というのは気になるが、あそこは玉石混淆だからな。私もアドバイスくらいは出来るだろうし、お前は昔から要領が良かったから意外とすぐに上達するだろう』


『褒めてもご飯しか出せませんよ━━ありがとうございます。やられっぱなしは流石に嫌なので、よろしくお願いします』


『君らのご飯が見返りなら十分だよ。それじゃあ、また今度』


『はい、あとで麻衣からも連絡がいくと思うので、よろしくお願いします』


 そうして紅嶺崎さんとの通信を切った俺は、麻衣と入れ替わりで風呂に入った後、早々にVRゴーグルでの訓練を始めるのだった。






 VR空間に入ると、前回と変わらない真っ白な空間が広がっていた。


『おかえりなさい、優人様。今日はどのような訓練をしましょう?』


 相変わらずアバターが出てくることはないが、執事のような落ち着いたエピメテウスの声が聞こえてくる。


「今日は、というより来週いっぱいまで射撃を中心に訓練をしようと思ってる」


『……何かありましたか?』


 昨日も思ったけど、俺の発言に凄い柔軟に対応してくるAIだな。これも二三四博士の技術の賜物なのかな?今は自分の求めている事に対応してくれるエピメテウスの存在が有難い。


「来週の金曜日に模擬戦をすることになったんだ。タッグマッチで、相手は恐らく近接刀装備の適性Cが2人、こっちは近接薙刀装備の適性Bがバディなんだけど」


『……なるほど、確かに優人様が射撃装備だと相性が良さそうですね』


「そういう訳で、訓練よろしく頼むよ」


『任されました━━それでは、訓練の前に優人様のCADを登録したいので、少々お待ちください…………』


 そう言うとエピメテウスは黙り込む。確か、CADとも同期出来るんだったな。わざわざ有線で繋いだり、一度起きたりする必要がないのは煩わしくなくて便利だ。


『…………お待たせしました。優人様のCADと同期完了しました。CADを展開します』


 さほど待つことなく同期が完了する。展開されたCADは今日受け取った「吹雪」と全く同じものだった。視線で突撃銃を選択し、展開する。


「本当に同じだな━━やっぱり、凄い技術だよね」


『ありがとうございます━━早速ですが、訓練を始めます。よろしいですか?』


「お願いします!」


『了解しました。まず、優人様は銃器を使用したことがありますか?』


「いや、無いよ」


『では、射撃のより詳しい適性を確認します。私の指示通りに銃を撃ってください』


 それからはエピメテウスの言う通り、展開した突撃銃や支援突撃銃でとにかく素早く的を撃ったり、ランダムに出現する的を撃ったりしていた。エピメテウスが終了を宣言するまでやっていたので、いつの間にか1時間も経過していて驚いた。


『……解析完了。優人様は、なんというか━━適性が有るのか無いのか分からなくなりますね』


「どういうこと?」


『命中率や反応性を確認していたのですが、普通時間経過によってそれらは落ちてくるんですよ。習熟度によって落ち幅は変わりますが基本的にそうなります━━しかし、優人様は落ちるどころか向上していたのですよ。さすがに終盤は落ちてきていましたが』


 確かに、最初は全然当たらなかったけど途中は段々当たるようになっていた。集中力が切れてからはまた当たらなくなっていたけど。


「それは、何かまずいの?」


『いえ、むしろ好都合です。前半に向上したのは銃器の扱いに慣れてきたから、後半に落ちてきたのは純粋に疲労からでしょう。これなら、射撃訓練だけでなく簡単な飛行訓練も出来そうです。今日は少し休憩したら、射撃訓練をもう少し進めましょう』


「そっか、分かった!」


 そうしてクタクタになるまで訓練をした俺は、確かな手ごたえを感じつつ訓練を終了し、眠りについた。






『それで、あの原石はどんな感じかな?』


『あなたの想像通り、とてつもない可能性がありますよ。力を尽くして育てれば、育てただけ成長しますから。ティファレントへ至るのにも時間は掛からないのでは?』


 VR空間と同じ真っ白な空間で、エピメテウスが白いローブに全身を包んだ人物と話している。その人物は、二三四博士のところに居た人物と同じ人であった。いや、この空間に何の装置もなしに来ているのだから、純粋な人ではないのだろう。しかし、そんな事を気にする存在は、この場にはいなかった。


『それは良かった。今のティファレント達も優秀だが、あれだけでは先へ、進化の頂にはたどり着けない。敵や環境を打倒するのではなく、適応することこそ進化なのだから』


『人類を来るその時までに進化を促す、ですか』


『そうだ。この地球では様々な生き物が長い年月をかけて進化してきた。しかし、人類はどうだ。いくら進化を促してもお互いで争うばかりで━━』


『そのためのアビス、でしたか?』


『ああ━━少し時間は掛かってしまったが、まだ猶予はあるだろう。イエソドである時が重要なのだ。もう一方の原石の方はどうだい?』


『あちらは、“目”がいいですね。もしかしたら、一番先にあなたへ辿り着くかもしれませんよ』


『へー、それは楽しみだ。━━それじゃあ、くれぐれも頼んだよ』


『分かっています━━教え導く、それが私の役割ですから』


 エピメテウスの言葉に、満足そうに頷いたその人物は、いつものように煙が霧散するように消えていった。






 次の日、俺はVR空間の空にいた。


『初めてにしては上手ですよ。優人様』


「そ、そうかな?━━中々、バランスを取るのが難しいけど」


 オリエンテーションの時よりも高い場所で滞空しながら答える。足場がないため、身体に変な力が入ってしまい、現実だったら筋肉痛になってしまいそうだ。


 今日は射撃訓練の前に、飛行訓練を行っている。いつもは折りたたまれている翼が広がり、意識するだけで行きたい方向へ移動できる。といっても、まだスピードを出すことが出来ずゆっくりと移動するのが精一杯なのだが。


『難しい機動マニューバはやりませんから。上昇・下降・滞空と前後左右への水平移動が出来れば上出来です。あくまで相手との距離を保つ手段としてですから、上手くいかなくても最悪地上を走ればいいだけです』


「そうだけどさ……おっと……もっと練習が必要だよね」


 崩れそうになるバランスを維持しながら、ゆっくり下降して言う。地面に足が着くと、不思議と安心感が沸き上がってきた。オリエンテーションの時は短時間という事と、高揚感に呑まれて何も感じなかったが、長時間飛行するのは中々集中力を要するものみたいだ。


『とにかく、第一は射撃訓練です。飛行訓練もしますが、あくまでおまけです。習得できたらラッキー程度に思う様にして下さい。相手もCADには慣れていないはずですから、いきなり空中機動を駆使してくるなんてことはないですよ』


「それもそうだね」


 CADを格納して地面に寝ころび、揺るぎない安定感を全身で享受する。しばらくそうして休憩し、疲れた精神を休ませた。


『それでは、そろそろ続きをしましょうか。今日は時間があるんですよね?』


「うん、麻衣は朱夏に誘われて買い物に行ってるみたいだから」


『了解しました。では、そろそろ訓練を再開しましょう。次は射撃訓練ですよ』


 その言葉に起き上がり、CADを展開し突撃銃を構える。


「よし!ドンとこい!」


 そうして、俺はエピメテウスの指導を受けながら訓練を続けるのだった。






「翔太……模擬戦を取り付けたのはいいけど、白衛さんまで出てきて大丈夫か?」


「弱気になるな、浩二━━確かに、白衛さんまで出てきたのは予想外だったが、それでも一人はあの無能だ。僕たち2人でかかれば白衛さんを抑えることも可能だろう」


 鎬家大道場。そこで僕たちは、竹刀を向かい合わせながら話していた。この大道場は、鎬家に弟子入りしている人たちが主に鍛錬をする場だ。高弟や師匠方は別の道場で鍛錬しているため、週に1回の稽古以外はここでの自主稽古が主だ。


「才能ある者が潰されるなど、あってはならないことなのだ」


「そうだな……そのためには、負けられないな」


「ああ……やるぞ」


 その後、僕たちは激しく竹刀を打ち付け模擬戦に向けた自主稽古に励むのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る