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「お~、いらっしゃ~い」


 料理部の部室に着くと、相変わらずマイペースな伊波先輩と、隣には灰色のセミロングで長身の先輩が立っていた。


「お、君らが愛佳の言ってた新入生か━━ようこそ、料理部へ」


「あ~!由紀ちゃん、それ私のセリフ~」


「いや、誰が言ってもいいでしょ?」


 その掛け合いは、二人の仲がとても良い事を伺わせた。オリエンテーションの時に言っていたバディの先輩だろうか?部屋の隅にはオーブンがあり、クッキーを焼いているのか部屋の中には甘い香りが充満していた。


「あー、もう。新入生をほったらかしにしちゃったじゃん━━ごめんね!愛佳って凄いマイペースだからさ、オリエンテーションの時大変じゃなかった?」


「いえ━━伊波先輩はとても丁寧に案内をしてくれました」


「ほんと?いやー、愛佳みたいな先輩でも立ててくれるなんて、良い後輩たちだね」


「も~、由紀ちゃんそれどういう意味~?私でも怒るよ~」


「ウソウソ、ごめんって━━いけないいけない、またほったらかしにしちゃった。改めまして、愛佳のバディの逢坂由紀です。よろしくね!」


 伊波先輩と対照的に、逢坂先輩は明るく周りによく気を配る性格らしく、伊波先輩と話しながらも俺たちを気にかけてくれた。俺たちも自己紹介をしていると、オーブンがクッキーが焼きあがったことを知らせてくれた。


「丁度焼きあがったね━━愛佳に上坂くん達が来るって聞いてたから、二人で作ってたんだよ」


 そう話しながらミトンを着けた逢坂先輩がオーブンを開けると、きれいに焼き上がったクッキーがその姿を見せた。


「時間が無かったからね、1種類しか作れなかったけど味は保証するよ」


「と~っても美味しいから、食べて食べて~」


「ありがとうございます!甘いもの大好きなので、嬉しいです!」


 見ただけで絶対美味しいと分かるそれに、甘いものに目が無い俺は釘付けだ。知っててやった訳ではないのだろうけど、俺の心は既に入部へ傾いている。


「美味しい!先輩、さすが料理部ですね!」


 真っ先にクッキーを口に入れると、丁度良い甘さが脳に幸せを伝えてくる。


「優人、凄い食いつきだね」


「まあ、兄さんは将来糖尿病が心配になるくらい甘党ですから━━ほんとだ、凄い美味しい!」


「へ―、優人くんって甘党やったんやな。今度、和菓子やら持ってこようかいな」


 俺に続いてクッキーを口に入れた3人の評価も上々だ。

麻衣も言っているが、本当に甘いものが好きで休日に自分でもケーキやクッキーを焼いている。あと、洋菓子のクリームも、和菓子の餡子や和三盆も全般的に大好きなので、木乃香の差し入れには期待大だ。


「喜んでもらえてよかったよ~」


「そうだね、上坂兄の反応は予想外だったが━━男の子は甘いものが苦手だと思ってたからね」


「一般的にはそうらしいですね。俺は甘いものが大好きなので理解できないですが……」


 話しながら次々とクッキーを食べていると、逢坂先輩が紅茶を淹れてくれた。飲みやすい温度で、さらにクッキーへと手が伸びる。他の3人や先輩達も手が進み、そこまで多くなかったクッキーはあっという間に無くなってしまった。


「伊波先輩、逢坂先輩、御馳走様でした!本当に美味しくて、手が止まりませんでした」


「そう言ってもらえると、作った甲斐があるな~」


「出来たらそのまま入部してくれると嬉しいな。2年生は私たちだけだし、先輩達は実習であんまり来れなくなってるからね」


「もちろんです!」


 言うが早いか、端末を取り出して入部届を申請する。


「兄さんが入るなら、私も入りたいです。私も料理は好きですし」


 俺に続いて麻衣も入部届を提出する。木乃香と朱夏は別で見学したい部活がある様で、入部はしなかった。


「活動は火曜と木曜で、部室はいつも鍵をかけてるけど、私達は結構ここに入り浸ってるから、空いてたらいつでも来てね。活動も部員が作りたい物を作るだけだから、結構緩いよ」


「ここ、活動の時以外は人が来ないのに日差しが良いから、穴場のお昼寝スポットなんだ~」


 強制されて料理をする訳じゃないのは、ポイントが高い。それにしても、いつも眠そうにしていると思ったら、やっぱりしてるんだ昼寝……


 こうして、料理部に入部した俺たちは逢坂先輩とも連絡先を交換すると、部室を後にした。






「二人が気になってるのって、CADVR戦技部だっけ?」


「そうだよー、私は適性がまだ低いからね。練習あるのみだよ」


「ウチも、実際に身体動かすのは家の道場で出来るけど、CADはそうもいかんさかいね」


 二人がそれぞれ答えてくれる。確かに、木乃香は薙刀を使うって言ってたから、そういった環境が近くにあるのだろう。朱夏は一般家庭だったそうで、学園で出来る限り修練したいそうだ。


「それにしても、戦技部って部活棟じゃなくてVRシミュレーションルームの横に部室があるんだね」


「そうですね、VR訓練装置を使うので合理的と言えばそこまでですけど」


「出身者が対アビス防衛部隊に多いさかい、他の部活と比べて優遇されてるんやて。まあ、装者を育成する場所やさかいしゃあないのかもしれんけどなぁ」


 木乃香の言葉に納得する。確かに、装者を育成する学園なのだから入部者は多いだろうな。俺たちは紅嶺崎さんからのプレゼントがあるから家でも好きな時に訓練が出来るけど、普通は設備の整ったところでしか出来ないからな。


 VR棟に入ると、予想通りというか多くの新入生と先輩がひしめき合っていた。


「やっぱり人気だね、凄い人だ!」


「これだけ人が多いと目ぇ回りそうになるなぁ」


「お、新しい子かな?いらっしゃい!4人とも見学?━━あ、2人だけ?じゃあ、2人はこっちに来て、そっちの2人も興味があったら声かけてね!」


 中を見て回っていると、部員らしい先輩が来て慌ただしく見学希望を告げた二人を連れていく。やっぱりこれだけ人がいると、説明する側も大変なんだなと眺めていると、あまり出会いたくない2人組を見つけてしまった。昨日、教室で絡んできた優性思想の二人だ。むこうも俺たちに気付いた様で、話していた先輩に二言三言話すとこっちに歩いてきた。その顔にはネバつくような笑みが浮かんでいた。


「麻衣さんも戦技部に入部希望ですか?やっぱり、貴女のように才能ある人は入部しますよね。かく言う僕も入部する予定でして、良ければ一緒に見学していきませんか?」


 俺の顔を見ずに麻衣へまくしたてる田中。俺も麻衣も不快感をあらわにしているが、当然のごとく気付かれない。俺が口を開くよりも早く、麻衣が答える。


「━━━━色々と言いたいことはありますが、まず私は戦技部に入部しません」


「なぜだ?!入部すれば貴女の才能はさらに研ぎ澄まされることが約束されているのに……そうか、そこの無能━━」


「そもそも!もし仮に、私が入部を考えていたとしても兄をそうやって貶める人がいる部活には入りたくありません」


 割り込んだ麻衣の言葉に、空気を求める金魚の様に口を数度開け閉めした田中は、敵でも見るような目を俺に向けてきた。昨日の木乃香の言葉で懲りたかと思ったが、そこまで殊勝じゃなかったみたいだ。


「貴様が、彼女を縛っているのか!彼女の才能は貴様も知っているだろう。才能ある者には、その才能に相応しい環境があって然るべきなんだ!それを凡夫が邪魔をするなど……」


「そうだ!ただの一般人が学園に入学出来ただけでもありがたいと思え!」


 ヒステリックな声が耳をつんざく。部室にいた人々もただならぬ気配に気づき始め、コチラを見ている。そもそも、人の話を聞かない田中に、田中の太鼓持ちで的外れなことを言っている土谷では、話し合いにもなりそうもない。


「兄さんは関係ありません!これは、私の意思です」


「いいや!そいつの所為だ━━やはり、貴女のバディは僕らが相応しい。今からでも遅くない、バディの変更届を……」


「いい加減にして下さい!何度も言っていますが、貴方達と組む事は今後一切有り得ません!」


「そこまで!あんた達は昨日ので懲りてへんかったのか」


 お互いヒートアップして、言い合っているといつの間にか傍に来ていた木乃香が間に入る。朱夏も麻衣の傍に立ち、二人を睨んでいる。木乃香の登場に気圧されたのか、今までの勢いが嘘のようにたじろぐ二人。優性思想の理論で言えば、二人よりも木乃香の方が上位なのだから無理もない。


「し、しかし!貴女もそうだが、足手まといと組む事は貴女の才能を潰すことになりかねない!」


「またその話か……あのね、確かに優人くんや朱夏ちゃんは今はまだ適性が低いけど、これからの訓練で絶対に伸びる!」


「そんな保障、どこにもないじゃないか!」


「そりゃあ、あんた達が言うとこの薙刀術大家で培うたウチの目ぇが保証する」


 自信満々にそう告げた木乃香に、反論できない二人。その悔しそうな表情を見て、やっと話しが終わるかと思っていたが、そう簡単ではなかったようだ。


「だったら━━白衛さんがそこまで言うなら、僕らが実際に確かめてやる!おい!上坂兄、僕たちと勝負しろ!」


「いや、急になにを言い出すんだよ」


「怖いのか!」


「そうじゃなくて……」


 田中の突然な申し出と、土屋の相変わらずな言葉に呆れを通り越して頭が痛くなる。


「そもそも、何で勝負しろって言うんだよ」


「それは━━VRCADでの模擬戦だ!」


 VRCADでの模擬戦。これは、学園の規則でも認められている事らしく、先輩方も訓練で実際に行っているものらしい。CADを実際に使用せず戦闘訓練を積め、自分の実力を把握出来るため、むしろ推奨すらされているとのことだ。


 そして、この時期にはバディの相性を確認するために行われたり、今回のようにバディ相手の奪い合いでの決着方法として使われたりすることもあるらしい。あくまで、基準の一つになるだけで、必ず勝者とバディを組まなければいけない訳ではないらしいのだが。


 得意げに話す田中の話を要約するとこんな感じらしい。所々ではいる自慢や俺への嘲笑は聞き流した。麻衣たちも可哀想なものを見る目をしている。


「それで、もちろん受けるよな?」


「いや、もうバディは組んでるから受ける理由がないんだけど……」


「逃げるのか!」


 ああ、もう!そう言う事しか言えないのか!さすがにイライラが募ってくる。と、木乃香が袖を引っ張ってきた。


(もうさ、めんどいさかい勝負を受けて負かしちゃわん?タッグマッチなら万が一もないし)


(それは、有難いけど……いいの?迷惑じゃない?)


(うちも面倒になってきたさかい、一回徹底的に叩いてやろうと思うて)


 相当癇に障ったらしく、好戦的な笑みを浮かべる木乃香。


(分かった。よろしく頼む)


(任された!)


「そこまで言うのなら、やってみようやない。もちろん、うちも参加してええんやんな?」


「いや、それは……」


「当事者が部外者扱いってのは流石にありえんよなあ?」


「ぐ……それは、そうだが……」


 背後に龍を幻視させるように凄み、畳み込む木乃香の剣幕に押された二人はこれを了承した。その後の話し合いの結果、模擬戦は来週の金曜日に行う事が決まった。

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