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 CADの歴史は短い。アビス襲来から数年、地球に突如発生した新物質“晶気”について研究していた君島一二三博士が、アビスに対抗した少女から“晶力”を発見した。晶力を媒介にすることで、晶気が様々な物質へ返還出来る事を解明した一二三博士は、それを兵器とすべく研究を重ね、試作CAD「飛鳥」が誕生した。


 ただ、この時点でのCADはパワードスーツの延長でしかなく、予め用意されていたパワードスーツに乗り込み、晶力を媒介に剣と盾を形成できる程度のものだった。それでも当時としては大きな戦力で、配備された戦場でアビスへ一矢報いる事に成功していった。


 その後、関東決戦という大きな戦いもあったが、CAD研究者であった一二三博士の娘である二三四博士の尽力もあり、改良を重ねられたCADによって何とか現在の生存圏を死守することに成功していた。


 二三四博士の功績は父である一二三博士に並んで大きく、CADを晶気によって完全形成することに成功、晶力シールドの開発やそれに伴う「天岩戸」建設、第2世代型CAD「吹雪」開発など、現在人類が生活する上でなくてはならない数々を開発した。


 そういった歴史があり、限られたエリアではあるが人類は仮初の平和を享受出来るまでになった。


「━━以上が、CADの誕生から現在に至るまでの簡単な流れになる。これらの開発が無ければ、10年前の関東決戦で関東圏の人類は絶滅していたと言われている。諸君らは、そういった“兵器”を扱う者になるべく、この学園に入学したことを忘れないで欲しい」


 凄惨な画像を背景に、そう締めくくった須藤先生は、どこか悲しそうな顔をしていた。教室はシンっと静まり、1時間前の喧騒が嘘のようだった。何人かの学生は顔を青くし、涙を浮かべている者すらいる。


 「天岩戸」が完成して以来、アビスの直接的脅威に曝されることのなかった学生には、アビスの攻撃により黒く結晶化し、崩壊していく人々の映像はとても刺激の強いものだった。


「さて、少々刺激の強い物もあったので、休憩時間を設ける。30分後に第1実技アリーナへ集合するように」


 それだけ伝えると、須藤先生は教室を後にした。いつもならすぐに騒がしくなる教室も、今回ばかりは静かなままだった。


「実感湧いてなかったけど……アビスって、あんなに怖いものだったんだね」


 ポツリと、朱夏が呟く。沸き上がる恐怖を抑えるように、強く握りしめた両手が白くなっていた。映像には、崩壊していく人々の悲鳴も収められており、今も強く耳に残っている。


「そうやな……ウチもお母さんから話してもろうた事しかなかったさかい……辛いな」


 朱夏と木乃香の二人が暗い表情である一方で、麻衣は悲しげな表情だった。恐らく俺も同じような表情をしているのだろう。脳裏に思い起こしているのは、今でも夢に見る10年前のあの時の光景だ。


 迫りくる黒い結晶達、周りでは悲鳴が響き、紅い光が乱舞するたびに儚い音が響く。目の前にあるのはCADを展開して必死にアビスの攻撃を防ぐ両親の背中。腕の中には幼い麻衣が居た。当時の俺は恐怖に支配されながらも、抱き着き震える麻衣の感触に、辛うじて泣き叫ばずにいられただけだった。


「二人は大丈夫なの……?」


 あまり顔色が変わらなかった俺たちに、なんとか気分が落ち着いてきたのだろう、朱夏が不思議そうに聞いてきた。


「そうですね……もしかしたら、皆さんと比べてショックは少ないかもしれません……」


「そうだな……俺たちは━━━━アビスを直接見たことがあるからな」


「それって━━、まさか?」


「ああ……10年前の関東決戦で、俺たちは復興区に居た。そこで俺たちは━━俺たちだけが生き残った」


 絞り出すような俺の言葉に、沈痛な面持ちで黙り込む二人。そんな二人の姿を見て、周りの空気がさっきよりも暗くなっていることに気付いた。


「ま、まあ……そんな訳で皆よりは比較的ショックが少なかったってこと!」


「そ、そうですよ……二人とも、そんなに暗くならないでください!」


 そんな空気を払拭するため、努めて明るい声を出す。麻衣もその空気に気付いたのか、こちらも慌てて二人に声を掛ける。そんな俺たちに心配をかけまいとしたのか、二人もぎこちないながらも笑みを浮かべた。


「二人がそう言うなら……」


「そうやね……そろそろ移動せんとだし、行こっか」


 そうして、暗くなった雰囲気を振り切るように俺たちは実技アリーナへ向かった。






 「何人か遅刻者がいたが、今回は目を瞑ろう━━しかし、これからは実技になる。無理やりにでも気をしっかりと持ち、集中するように。さもなければ、怪我をするのは自分だけでなく、周りなのだと自覚しろ」


 俺たちの事を気遣いながら、気を引き締めるように諭してくる須藤先生。その言葉に、下を向いていた学生達が顔を上げた。


「では、これよりCADオリエンテーションを始める。まず、諸君らにCADを支給する。名前を呼ばれた者は前に出るように。くれぐれも、私か綾辻先生の指示無くCADを展開しようとしないように。これに違反した者は、CADを没収の上、退学処分となる」


 そんな須藤先生の言葉があったが、CADを受け取った学生からは、とても素晴らしいプレゼントをもらった子供のような高揚感が漂ってくる。最難関の学生とはいえ、高校生であることに変わりはない。ちょっと前の暗い雰囲気が簡単に変わるのは、いい意味で切り替えが早いと言えるだろう。


「次、上坂優人」


 名前を呼ばれ前に出る。アリーナに設置された機械で設定を確認した綾辻先生から、腕輪型のCADを受け取り、左手首に着ける。列に戻ると、朱夏がキラキラした目でCADを眺めていた。

鈍色の武骨なソレは、その色の印象に反してとても軽くフィットし、シンプルな造りは装着者の動きを阻害しない配慮を感じさせた。


「全員に行き渡ったな。次に、CADの展開を行う。CADの展開は、諸君らも持っている晶力を流し込み、それに反応したCADが自動的に行うようになっている」


 そう言うと、須藤先生から翡翠色の光が発せられたかと思うと、次の瞬間にはCADから同じ色の結晶が先生の全身を覆い、砕け散った。キラキラと舞い消える結晶片を振り払い、現れたのは“装衣そうい”と呼ばれる戦闘スーツと「吹雪」を纏った先生の姿だった。


「基本的に、意識を集中させることで晶力の流し込みは出来るが、難しい場合は声を出すことでより簡単に出来ると言われている。展開が難しい者は、試してみるように━━それでは、互いの距離に注意してCADを展開しろ」


 須藤先生の言葉に、アリーナに広がった学生が思い思いの場所でCADを展開していく。すぐに展開できる人もいれば、苦戦して須藤先生に言われた通り声を上げて展開する人など、様々だ。


 自分の左手首に着けたCADを見ると、似たものを着けていた両親の姿が脳裏をよぎる。あの時の両親の姿を思い浮かべながらCADに集中すると、まばゆい光と共に翡翠色の結晶が俺を包み━━━━CAD「吹雪」が展開されていた。


 着ていた制服は分解され、下腿と前腕に展開される装甲の邪魔にならない範囲が、身体にピッタリとフィットする装衣へと変わっていた。背中には折りたたまれた翼が広がり、目の前にホログラムゴーグルが展開される。ゴーグルには、昨晩やった訓練装置の様に使用可能な武装が表示されていた。


『展開出来た者はそのまま待機。武装はまだ展開しないように』


 展開されたヘッドセットから須藤先生の指示が聞こえる。周りを見ると、ほとんどの学生が展開を完了していて、残りもあと少しといった様子だった。近くを見ると、麻衣や木乃香、朱夏も展開を完了させていた。3人とも制服から装衣に変わっているため、「吹雪」の白い装甲だけでなく、視線を向けないようにしてきた高校生らしからぬプロポーションが眩しい。


『━━よし、全員の展開が完了したな。それでは、武装の展開をする。ゴーグルには視線感知機能があるので、視線を向けるだけで展開可能だ』


 言われた通りに視線を武装表示の一番上、“刀”に向けると右手から結晶が生え、刀を形作った。訓練装置と全く同じ動きに驚きを覚える。━━いや、あの訓練装置の作り込みが凄いのか。


 その後は、他の展開可能な装備を展開したり、実際に歩いたり、軽く浮遊したりとCADの基本的な操作を一通り行い、オリエンテーションは終了した。重い印象を受ける身に纏った装甲や巨大な翼は、晶気を変換して作られたからか生身のように軽く、むしろいつも以上に動きやすかった。今日は軽く浮遊しただけだったが、それでも空を飛ぶという行為は得も言われる快感を覚えるものだった。


 CADを格納すると、制服が再構成された。最後に、須藤先生からCADの無断展開が厳禁であることがアナウンスされると、今日はその場で解散となった。今日、明日は部活・委員会勧誘期間なので、アリーナを出ると何人かの先輩から声を掛けられた。と言っても、主に声を掛けられるのは麻衣と木乃香なのだが……

 そんな先輩方の勧誘を断りながら、お誘いを受けた伊波先輩の部活見学へ向かうため、俺たちは部活棟へ向かっていた。


「そういえば優人さ、さっきのオリエンテーションの時、チラチラ私達の事見てたでしょ……どうだった?」


 突然、先頭を歩いていた朱夏が振り返り、ニヤニヤしながらそう言ってくる。他の2人もこちらを見ており、木乃香は朱夏と同じようにニヤニヤと、麻衣はすまし顔だが少し頬が赤い。


「優人くんもお年頃やさかいねー、あ、ほやけど優人くんの反応は気になるな」


「えーっと、その……ごめんなさい」


 潔く、頭を下げる。女性は視線に敏感だと聞いていたけど、想像以上だった。冷や汗が背中を伝う。


「いやいや、顔上げてって……ちょっとからかおうと思っただけだったんだけどな━━」


 そう言った朱夏の表情は、嫌悪感ではなく罪悪感が浮かんでいた。木乃香も苦笑いだ。


「もー、想像以上の反応でびっくりしちゃった」


「そうやな……まあ、優人くんなら少しくらい見られてもええけど」


「え……それって━━」


「もう!この話題はこれで終わり!兄さんも、今度から気を付けて下さいね!」


「は、はい!」


 もう耐えられないとばかりに麻衣が話を遮る。強い口調で強引に話を終わらせた麻衣は、気恥ずかしかったのか二人に文句を言っている。正直、麻衣が話を終わらせてくれなかったら、ドンドン深みにはまっていた気がする。


 そうして、そのまま賑やかに話しながら俺たちは部活棟へ入っていった。

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