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 翌日、案の定寝坊をし、麻衣に叩き起こされた俺は、朝食もそこそこに電車に乗っていた。


「全く……しゃっきりして下さい!どうせ、遅くまで本を読んでいたのでしょう?」


 呆れた様子を隠そうともせず、麻衣が嘆息する。


「まあ、それもあるんだけど……あっちの方もやってたんだ」


「ああ、それなら私もやってみました。凄い技術ですよね、自分の適性に合わせた訓練も作ってくれて」


 麻衣もやっていたみたいで、よくよく目元を見てみると化粧で隠された隈が見えた。普段一緒にいる俺が知覚で見て気付くくらいなので、そんなに長時間やっていたのではないのだろう。


「本当だよな、紅嶺崎さんには今度しっかりとお礼しなきゃだね」


「そうですね、今度はリクエストを取って料理を作りましょうか」


「そうしようか」


 そうやって話していると、学園駅に到着した。多くの学生に混じって、桜が舞う道を歩いていく。昨日と違い、新入生である俺たちだけでなく、先輩達も登校しているため混雑具合は変わらない。むしろ、向けられる視線は増えたぐらいだ。


 学園では、学年を色で分けていて今年は、1年生が赤、2年生が黄、3年生が青となっている。これは学年が上がっても変わらず、来年の1年生は青が学年色となる。向けられる視線の主は、やはりというか黄や青の学生が多く、麻衣は勿論、数少ない男子学生である俺にも視線が向けられている。


 そんな視線を通り抜け教室に着くと、集合10分前という事もあってか多くの席が埋まっていた。


「優人、麻衣、おはよう!」


「おはようございます、朱夏」


「おはよ」


 席に着くと、先に来ていた朱夏が声を掛けてきた。


「二人とも、意外とギリギリだねー」


「それがですね、聞いてください!兄さんがまた寝坊して……」


 そのまま話始める二人。仲の良い友人が麻衣に出来てうれしいが反面、俺は少し寂しいぞ。そんな僅かな寂しさを誤魔化す様に端末を起動していると、明るい紫色が視界の端に映った。顔を上げると、空席だった前の席に木乃香が座っていた。


「おはよう、優人くん」


「こっちの席に移動してたのか……おはよう、木乃香」


「バディは近い席の方がええと思うてな。結構そうしてる人、多いみたいやで」


 その言葉に改めて教室を見ると、確かに所々二人組になって座っているところがある。一瞬、離れた席に座る田中と土谷と視線が合ったが、何かアクションを起こされることもなく外された。


「そうみたいだな……そうか、こういうことがあるから自由席なのか」


「そうかもしれんね」


そうこうしていると、チャイムが鳴り、須藤先生が入ってきた。


「今日の予定を伝える。各自、席に座り端末を起動しろ」


 ざわざわと騒がしかった教室内が一瞬で静まり、ガタガタと着席する音と端末が起動する音が響く。


「よし、ではこれから端末に送る資料に従って説明する」


 端末から情報受診の音が鳴り、自動的にファイルが展開される。そこには、今日のタイムテーブルが記載されていた。


「本日は、昨日も伝えたようにオリエンテーションを実施する。午前中は校内施設を、午後はCADのオリエンテーションを行う。それ以降は部活、委員会の見学時間としている」


「まず、校内施設に関してだが、諸君も知ってのとおり、本校の敷地は広大だ。各自の端末に地図があるとはいえ、新入生が迷子になるのは無い事ではない。そこで、入学してすぐにオリエンテーションを行う事となっている」


 映し出された校内地図が示されるが、外周区という強みを生かした広い敷地に所狭しと様々な施設が並んでいる。


「だが、新入生全員を教員で案内することは無理がある為、2年生が手伝いをしてくれることになっている。4人1組に対して1人の2年生が担当となるので、後ほどグループを組むように。また、集合時間は厳守するように」


「次に、CADオリエンテーションだが、この教室で座学を1コマ行った後、実技場へ移動し実際にCADの展開までを行う。以上だ。それでは、グループが出来た所から私のところへ来るように」


 再びざわつき始める教室。あちらこちらで話し合いの声が聞こえた。


「俺たちはこの4人でいいだろ?」


 俺の言葉にうなずく3人。都合のいいことに、すぐグループが出来上がった俺たちは須藤先生の下へ向かう。


「ん、早いな。第1グループは上坂兄妹に近藤、白衛か……よし、教室の外に担当学生がいるから、その指示に従うように」


「分かりました」


 端末で俺たちのグループを登録した先生は、教室の扉を示す。言葉の通り外に出ると、一人の学生が立っていた。


「お~、来たね~」


 ……随分とのんびりとした先輩だな。

教室の外にいたのは、ウェーブのかかった明るい茶髪にすみれ色の瞳の、なんとものんびりとした雰囲気の先輩だった。ありえないとは思ったが、一応袖の学年色を確認したけれど、2年生を示す黄色だった。


「私はね~、2年の伊波愛佳いなみあいかで~す。よろしくね~」


「は、はあ。俺は上坂優人です」


 強烈な個性に気圧されながら自己紹介をすると、他の3人もそれに続く。


「それじゃあ~、しゅっぱ~つ」


 おー、と挙げられた伊波先輩の右腕に合わせて俺たちも腕を挙げ、オリエンテーションは始まった。






 当初の印象と違って、伊波先輩の案内はとても丁寧で分かりやすいものだった。座学の場である教室棟、部活や委員会活動が行われる部活棟、CAD実技が行える広い3つのアリーナなど、そのほかにも講堂や食堂、プールなどがある運動棟と本当に広く、歩き通しだった俺たちは食堂に併設されたカフェテリアで休憩していた。


「いや~、私も1年間いたけど~、やっぱり広いね~」


「そうですよね!私もくったくたですよ」


各々が飲み物を飲みながら、見てきた校内施設の話に花を咲かせている。朱夏は運動棟が、麻衣は図書館が、木乃香はVR訓練室が気になったみたいで、それぞれの性格を表している。


「そういえば~、みんなは適性検査、どうだったの~?」


 伊波先輩の言葉に、それぞれが適性を伝える。頷きながら聞いていた先輩だが、やはり麻衣と木乃香のところで、眠たげだった目を驚きで見開かせ、驚嘆の声を上げていた。


「わ~、麻衣ちゃんの狙撃Bは私と同じだね~。木乃香ちゃんも近接Bか~……お姉さんも頑張らないとな~」


「先輩から見ても、やっぱり適性Bって凄いんですか?」


 思わずといった感じで朱夏が言う。その表情は少し不安げだ。新入生の中でトップ層である二人の適性に、大幅に差をつけられている状況は、気にする必要がないと分かっていても不安になるものなのだろう。そんな朱夏の姿に、伊波先輩は優しい眼差しを向けていた。


「そうだね~、適性Bは2年生でも少ない方だからね~……でもね、全然いないわけじゃないんだよ~」


 口調は相変わらずゆったりとしているが、不思議とその中に真剣さが混じっているのが分かる。


「ここはね~、みんな装者になるために来てるから、凄い人が多いんだよ~。本当に凄くって、私も初めは不安だったな~」


「適性Bでも、ですか……?」


 朱夏が驚いたように聞く。そんな様子に、先輩は何かに気付いたようで苦笑いをした。


「朱夏ちゃんは勘違いしてるよ~。私も言ってなかったけど~、私の入学時適性って狙撃Dなんだよね~」


 その発言に、俺を含めたみんなが驚きの声を上げる。それはそうだ、入学時に適性Dだった場合、2年生でC、3年生でBと、徐々に上げていくのが一般的だからだ。それを、1年間でDからBへ上げたということは、並大抵の努力ではない。


「これを言うと驚かれるから、あんまり言ってないんだった~。うっかり、うっかり…………だからね~、適性っていうのは目安でしかないから~、気にしすぎる必要はないんだよ~」


 その言葉に朱夏だけでなく、麻衣と木乃香も頷く。2人も、自分たちばかりが他と違う高い適性であったことに、何か思うところがあったのだろう。


「それにね~、この学園には装者を育てるために色んな準備がされてるから~、自分が学びたいって思って行動すれば~、必ず結果がついてくるよ~、私みたいにね~」


えへへ、と得意げに笑いながらそう言う伊波先輩。最初の印象はすっかり覆されて、とても努力家で頼れる優しい先輩というイメージが定着した。


「急な相談に乗ってもらって、ありがとうございます!……あ、あの、連絡先を交換してもらえませんか?」


「いいよ~……あ、今度は私のバディを紹介するよ~。由紀ちゃんって言うんだけど、1年生の頃からずっとバディを組んでるんだ~」


「ありがとうございます!」


 嬉しそうに伊波先輩と連絡先を交換する朱夏。一緒に俺たちも連絡先を交換する。そうこうしているうちに、集合時間が近づいてきた。


「それじゃあ~、そろそろ時間になるから戻ろうか~」


 飲み終わったグラスを回収して、返却口に置く。食堂は教室棟すぐ横にあり、1年生の教室は1階にある為、ゆっくり歩いて5分もかからない。教室に近づくと、既に多くの学生が戻ってきているのか、沢山の人の声が聞こえてきた。


「伊波先輩、今日はありがとうございました!」


「いいえ~、どういたしまして~」


 ニコニコと手を振る先輩と別れ教室に入ると、俺たちが最後だったようだ。


「よし、最後のグループが帰ってきたな。それでは、午前のオリエンテーションは以上となる。1時間の昼食の後、CADオリエンテーションを行うため、遅れず集合するように……では、解散!」


 須藤先生が教室から出ると、学生は弁当を取り出す者と食堂や購買へ向かう者に分かれた。


「俺たちは弁当持ってきてないんだけど……二人は?」


「私も持ってきてなーい」


「ウチも持ってきてへん」


「じゃあ、食堂に行くか」


 特に反対意見も出なかったので、俺たちは再び食堂へ向かった。






「愛佳、なんか機嫌良いじゃない……そんなに良い子たちだった?」


「いい子たちだったよ~。なんかね~昔の私達みたいな子もいたな~」


「昔のって、1年前じゃない……でも、そっか。今年は適性Bが3人いるって噂だもんね」


「あ、その内の2人は私のところ~」


「本当に?!」


 愛佳の言葉に私、逢坂由紀は驚きの声を上げた。96人中3人しかいない人の内、2人が同じグループだっただけでなく、その2人が“良い子”だったからだ。今の時期、1年生は入学試験時の適性検査の結果に振り回されがちだ。それが適性Bともなれば、舞い上がってしまうことが多い。それは、バディ間だけでなく、クラス内でも不和の原因となりがちだ。


「まあ、良い子なのは良かったね。コッチは優性思想に凝り固まった新入生でさ、私が近接Cって言ったら同じ適性評価だからって言う事聞かなくてさ」


「なに~、それはプンプン案件だぞ~」


 眠たげな目を歪めて、不快感を表す愛佳。その姿は、小動物が精一杯の威嚇を示している様で、傍から見たらとても可愛らしいものだった。


「もう……ありがとう。愛佳がそうやって怒ってくれるだけでも救われるよ」


「む~、由紀がそう言うなら~…………あ、そういえば~、新入生ちゃん達に由紀の事を紹介するって約束したんだ~。連絡先も交換したんだよ~」


「お、抜け目ないな。じゃあ、楽しみにしてるね」


「ご期待あれ~…………あ、料理部に勧誘するの忘れた~。メールしよ~」


 そう言っていそいそと、愛佳にしては早い動きで端末を取り出すと、メールを打ち始めた。そんな姿を横目に、私は残りの昼食を食べ進めるのだった。

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