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目を開くと、目の前には真っ白な空間が広がっていた。
『VR戦闘シミュレーションシステムへようこそ、使用者登録を行います。しばらくお待ちください』
落ち着いた男性の機械音声が響き、青い光が全身をスキャンする。ここはVR空間であるから、あくまで視覚的な比喩なのだろう。実際には、現実の何かしらの方法で俺の身体情報を把握しているのだろう。
『スキャン完了。あなたの名前を教えて下さい』
「上坂優人だ」
『……認証しました。ようこそ、上坂様。私は、このVR戦闘シミュレーションシステムのガイドAI、プロメテウスです。よろしくお願いします』
プロメテウスは、人類に火を与えたと言われる神の名前だ。差し詰め、使用者に“CAD技術”という名の火を与える役割といったところか……言い回しが少し厨二病だったかな
「よろしく。それで、ここではどんなことが出来るんだ?」
『ここでは、CADを使用した戦闘の仮想訓練を行えます。開発者により、様々な状況設定がされている他、使用者のCADと戦闘データを共有することで、より実践的な訓練を実施出来るようになっています。加えて、修練モードでは適性に特化した訓練を実施することが可能です』
CAD研究の第一人者が作ったのだから、凄いものなのだろうなと思っていたけれど、想像以上に凄いプレゼントだった。
そもそも、CADを都市内で展開することは基本的に禁じられている。対アビス用の兵器なのだから、当たり前の話だ。そのため装者は、入学式でも使用した大型筐体のVRシミュレーション装置で訓練を行うか、CAD展開を許可された一部地域での模擬戦を行うかのどちらかで、日々の訓練を行っている。
VR筐体の配備は力を入れられていたため、部隊ごとに使用することが可能だが、基地外には学園くらいにしか配備されていない為、勤務外では使用することが難しい。模擬戦に関してはそれ以上で、模擬戦場の使用申請や防衛シフトなどの調整が必要と、装者の戦闘訓練はその必要性に反して、充分とは言い辛い状況にある。
そんな状況で開発されたこのVRゴーグルは、使用者登録をしただけだが感じる圧倒的な没入感に、圧倒的な携行性を兼ね備えている。これが広まれば、装者の戦闘訓練環境を大幅に改善させるものになるだろう。
「俺はCADを使った事が無いんだけど、何からやった方がいいかな?」
『でしたら、まずは適性検査から実施しましょう』
「入学試験の時もやったやつか……分かった」
適性検査は、近接・射撃・狙撃ではそれぞれ3分間の、適性に合わせた状況下におけるアビスの撃破、防衛では3分間のタワーディフェンスが内容となっている。プロメテウスのアナウンスと共に翡翠色の光が全身を包むと、入学試験の時と同じ初期装備の「吹雪」が展開された。
展開と同時に疑似晶力フィールドは広がり、ヘッドセットのゴーグルには使用可能な武装が表示されていた。今、俺の手には何も握られておらず、検査に際して武装を展開していくようだ。
『はじめに、近接適性検査から行います……武装データ、ロード。近接装備、刀を展開します』
声と共に右手から結晶が広がり、刀の形へ急速に変形していく。変形は1秒にも満たない一瞬で行われ、結晶が砕けると鈍い光を放つ刀が握られていた。
『続いて、フィールドデータ、ロード。平野を選択』
白い部屋が瞬く間に書き換えられ、辺り一面の平野が目の前に広がる。水平線の先まで見えるあたり、物凄い再現度だ。
『それでは、近接適性検査を開始します……3、2、1、
プロメテウスの声に意識を切り替え、合図と共に出現したターゲットへ、俺は刀を振りかぶった━━
『検査終了……レポート作成中…………完了。適性、オールD』
「まあ、そうだよな」
入学試験の時と変わらない結果に、当たり前だという気持ちと、若干の落胆を抱く。
『しかし、訓練を重ねることで大きく適性を上昇させることが可能です』
プロメテウスの声が続く。その声に同情の色はなく、淡々と事実を述べているかのようだった。
『使用者、上坂の適性に合わせて訓練課程を作成することも可能ですが……実行しますか?』
プロメテウスの提案に、今日の教室での一件が脳裏をよぎる。優性思想主義は行き過ぎだが、アビスに対抗できる力が渇望されているのは事実で、あの男子学生の言葉はある一面で正論だ。
あの言葉に悔しさを感じなかった訳ではない。麻衣の適性に羨ましさを感じなかった訳でもない。だからと言って、いじけたり、八つ当たりしたりすることが、無意味なのが分かるくらいには理性的なつもりだ。そもそも、俺が麻衣に八つ当たりなんてすることが有り得ないのだけど。
そんな中でプロメテウスからされた提案は、とても魅力的なものだった。
「……その訓練をやれば俺の実力は上がるのか?」
『月並みな言葉でしか答えられませんが……期待を裏切らないよう努力します』
人間臭い物言いに思わず吹き出す。結局は、自分がやるか、やらないかなんだ。幸運なことに、VRゴーグルなんて物凄いものが手元にあるのだ。利用しない手はない。
それに……麻衣の前では、かっこいい兄でいたいからな
「プロメテウス、その訓練を受けさせてくれ」
『使用者、上坂からの承認を確認しました。それでは、基本動作の訓練から開始します』
その後、日付を越えるまで訓練を続けた俺は、翌朝に起きられない事を確信しながら眠りについた。
『……それで、君の子供達は“アレ”を受け取ってくれたのかい?』
『私の子供ではないんだけどな。ああ、喜んでたよ……しかし、本当に良かったのか?試作機とは言え、ほぼ完成品の次世代型訓練装置だろう?ヤツラが騒がしいぞ』
『ああ、アレは私がヤツラに隠して個人的に作成したものだよ。CADや装者の技術進歩・向上は大いに結構だが、ヤツラの私兵を強化してやる義理はない。ヤツラ管轄の次世代型訓練装置は絶賛
愉快そうに笑う画面の女性に向かってため息をつくと女性、紅嶺崎刀子は背もたれに身体をもたれさせた。ボサボサの白い髪にひどい隈が目立つ画面の女性は、よれよれの白衣に“君島二三四”と書かれたネームプレートを下げていた。ヤツラ、とは対アビス防衛部隊内にいる優性思想の輩の事だ。事ある毎に最新の技術をせびり、自らの肥やしにしようと企んでいる。
『それよりも、いつこちらに連れてきてくれるんだい?』
そんな輩の話は興味ないと一蹴し、身を乗り出しながら上坂兄妹の来訪日を聞いてくる二三四。
『まあ、待ってくれ。彼らも学園に入学したばかりで忙しいんだ。私の都合もあるし、早くて来週の日曜日になりそうだ』
『そうか……仕方ない。楽しみに待つとするか』
『そうしてくれ…………私としても二三四には感謝しているんだ。出来る限りのことはさせてもらうよ』
『ふっ、くれぐれもよろしく頼むよ』
二三四はそう言うと、通信を切った。二三四のCAD技術が高いのは周知の事実であり、私も体験させてもらったがフィールドやCADを
あまり人を自分の研究室に誘わない二三四が、彼らに限って積極的に誘うことに引っかかりを感じるが、自分の開発のフィードバックは欲しいものだと納得することにした。
「私も一緒に行くし、大丈夫だろう……」
暗くなった画面を眺めながら、私はそう呟いた。
紅嶺崎との通信が切れたことを確認すると、部屋の隅に立つ人物へ振り返る。
「こんな感じで良かったかな?」
その言葉に呼応して暗がりから進み出てきたのは、真っ白なローブに身を包んだ白髪の少年だった。
「ええ、やっと出てきた原石ですからね。大事に育てなければ」
閉じた瞳を開かぬまま中性的な声色で、少年はそう答える。薄く浮かべられた笑みは、少年の感情を押し隠して胡散臭い印象を与える。事実、彼は私の前に突然現れ、私が知らないCADに関する情報を提供する代わりに、いくつかの協力を要請してきた。その雰囲気と相まって、悪魔との契約の様な印象を受けたが、私はその手を取った。その時に提供された情報を基にCAD「吹雪」は開発され、対アビス戦線には無くてはならないものとなった。
「それで、わざわざ友人である紅嶺崎を騙してまであのAIを搭載したんだ。どんなものかぐらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」
「ふむ……まあ、ヒントくらいならいいでしょう。と言っても、あの名前が全てですよ。付け加えるなら、私が人類に敵対することはありません」
「人類……ずいぶん大きく出たな」
「いえいえ、本心ですよ……それでは」
そう言うと、変わらぬ笑みを浮かべながら、何時もの様にその姿を薄れさせ、比喩でもなく煙が霧散するかのように消えていった。
「……全く、本当に悪魔じゃないだろうな」
しかし、提供される情報に間違いや悪意はなく、私ですら考え付かなかった技術が多々あった。特に、晶気を使用した技術には目を見張るものがあり、ただのパワードスーツでしかなかったCADを「吹雪」の様に進化させることが出来たのは、一重に“ダアト”と名乗る少年の協力があったからだ。
「知識を名乗る者、か…………今考えても仕方ないことだな」
その正体へ思考が沈みそうになるのを止め、代わりに研究用の端末を起動する。パスワードを入力し、開発部共有のフォルダから一つのファイルを開いた。
「さて、アレの開発で時間を取られたことだし、コチラも進めなければ」
画面には、第3世代型CADの文字と、様々な姿の設計図が表示されていた。
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