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 一番廊下側に座っていたから、俺たちの自己紹介の順番は早かった。


「近藤朱夏です!適性は近接Dで身体を動かすのが大好きです!よろしくお願いします」


一つ結びの赤い髪を揺らしながら自己紹介をする朱夏。

パチパチという拍手を送られながら着席し、麻衣が立ち上がると男子学生の視線が強くなるのを感じた。


「上坂麻衣です。適性は狙撃Bです。狙撃銃を扱ったことはありませんが、適正を生かせるように精進していきます。よろしくお願いします」


やはりと言うか、適性のところでどよめきが起こった。

第1学年でランクBというは、それ程すごいことなのだ。

まあ、男子学生はそんなことより麻衣の美貌に見とれていたみたいだが……


そのまま自己紹介は進み、俺の番が来た。


「上原優人です。適性はオールD、上原麻衣とは兄妹です。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


拍手と共に着席するが、嘲るような視線が向けられているのを感じる。そっと伺うと、その視線の主は麻衣へ熱い視線を送っていた男子学生二人だった。


……自分たちが選ばれた者だと考えている優性思想の輩か


現代において、晶力の強さはそのまま、戦力の強さと同列視され、優遇される傾向にある。こちらに関しては、戦闘により増強することが殆どであるため、装者の能力比較ではあまり重要視されない。一方で適性は、才能やその人物の生活環境が大きな影響を及ぼすため、能力比較の対象になりやすい。そこで避けられないのが、優性思想の発生だ。


加えて、現代では15年の戦争の間に男性の数が激減、戦闘員の半数以上が女性であり、装者に至っては9割以上が女性という現状だ。そんな環境で、男性として装者学園に入学したという事実は、優性思想に染まった心をくすぐるだろう。


更に言うならば、麻衣と俺は兄妹で、生活環境は同じ、生まれも同じと考えるのは当たり前だから、適性の差はすなわち、俺が麻衣よりも劣っている証拠、だと考えているのだろう。全く、馬鹿馬鹿しい話だ。


思考に沈んでいた意識を改めて教室に向けると、特徴的な明るい紫色の髪の少女が立ち上がるところだった。


「白衛木乃香です。適性は近接Bで薙刀を使います。皆さん、よろしゅうお願いします」


 新入生首席の自己紹介に、大きな拍手が鳴り響く。麻衣の時と同じ適性Bだが、近接基本装備の刀ではなく、薙刀を使うという事は才能だけでなく武術も修めているという事なのだろう。


 挨拶の時に視線が合ったような気がするが、気のせいだろうか。あるいは、俺ではなく麻衣を見ていたのかもしれいない。


その後は特に大きな動きもなく、強いて言うならば件の男子学生がアピールするかの様に適性や出自を長々と語り、須藤先生に注意されていたぐらいか。


ホームルームが終わり、須藤先生と綾辻先生が退室すると、一気に騒がしくなる。聞こえてくるのは、カリキュラムの選択やCADの設定、そして“バディ”について。期限は来週とはいえ、早い者勝ちであるから、友人や適性の高い人と組みたいというのが全員の本音だろう。


 それは朱夏も同じようで、少し不安げな表情で振り返った。


「あのさ、麻衣と“バディ”組みたいんだけど……ダメかな?」


「それは……私は構いませんけど、兄さんはどうですか?」


2人の視線が俺に向けられる。そりゃ、麻衣と組みたいってのが本音だけど……


「まあ……朱夏ならいいよ。近接と狙撃で適性的にも相性はいいと思うし」


シスコンの自覚はあるけど、折角できた友達を大事にしてほしいので、断腸の想いで了承する。そうすると、俺が一人あぶれるわけなのだが……


「よかったぁ!ありがとう、優人!」


「ありがとうございます、兄さん。でも、そうすると兄さんのバディを探さないとですね」


「その件なんやけど……」


 唐突に横から声を掛けられる。視線を向けると、そこには白衛さんが立っていた。


「上坂さん……だと、妹さんと紛らわしいさかい、優人くんって呼んでもええかな?」


「え、ああ……良いですけど」


「それでな、バディの事なんやけど、優人くんが良ければウチと組まへんか?」


 突然の申し出に固まる3人。心なしか、教室内も静かになっている気がする。


「あかんかな?これでも、近接Bやし損はさせんて思うんやけど」


「い、いや……いけないことはないんだけど、どうして俺と?」


 やっと、それだけを返す。白衛さんに申し込むなら分かるけど、白衛さんから申し込むなんて、ましてやオールDの俺になんて。案の定、優性思想の二人が物凄い表情でこちらを見ている。


「んー、そうやな……勘、かな。優人くんは一廉の装者になるって」


 茶目っ気たっぷりにそう宣った彼女に絶句する。要するに、特に理由はないってことだ。

1学期ごとに変更出来るとは言え、裏を返せばその間は変更できないという事だ。1年生前半という事で、演習や実習は少ないけれど全くないわけではない。相性が悪い相手と組むと、自分の成績にも関わってくるのだ。


「気持ちは嬉しいけど、俺はオールDだし……」


「そうだ!白衛さんほどの人が、オールDだなんて低レベルと組む必要はない!!」


 横から大きな声で割り込んできたのは、先ほどから鋭い視線を送っていた男子学生だ。


「白衛家といえば由緒正しき薙刀術の大家たいけ、それがどこぞの家とも分からない奴とバディを組むなんて……挙句の果てにオールDだと!?ふざけるのも大概にしろ!」


「そうだ!白衛さんと組むのは、同じく由緒正しい刀術の大家、鎬家……の弟子である翔太か俺が正しい!」


 自分勝手な事をがなり立てる二人、確か田中翔太と土谷浩二だったか。2人のせいで、教室内の空気は険悪なものになってしまった。

お互いの発言に気を良くしたのか、優性思想全開の発言を続け、俺をこき下ろす発言をする度に麻衣と朱夏だけでなく、意外な事に白衛さんの表情も険しいものになっていく。


「さて、そんな訳だから白衛さん。僕と浩二のどちらかと組もう。もう一人はそうだな……上坂さん、もちろん妹さんの方だが━━君が相応しい」


 爽やかさを装った気持ち悪い声色で、麻衣へ声をかける田中に、俺の視線が一気に鋭くなる。麻衣も嫌悪感で一杯といった表情だが、二人の目にはそれが映っていない様子だ。


「それで、答えを聞かせてもらおうかな。勿論、答えは……」


「もちろん、お断りさせてもらいます」


 白衛さんが、田中の声を遮り拒絶の意思を突き付ける。


「私も、兄さんを馬鹿にするような人とは組みたくありません。それに、気持ち悪いですし……」


 白衛さんに続いて、麻衣もハッキリと拒絶する。それにしても、俺の為に怒ってくれている麻衣の姿に嬉しくなり、視線が緩くなる。


「な……な、な……なぜだ?!優秀なもの同士が組む方が良いに決まっている!」


 理解できないと顔を歪めて田中が叫ぶ。


「確かに、優秀なもの同士で組んだ方がええ結果を出す場合があるけど、ほら二人とも優秀だったらやで」


 入学式の時の様な、芯の強さを感じさせる声が二人の反論を封じる。


「確かに、ウチの家が薙刀術の大家なんて言われてるのは事実やし、鎬家が刀術の大家なのも事実や。そうやけど、それが君が優秀かて証明にはならへんやろう?」


「そ、それだったら、そいつが白衛さんと組むのだって……」


「お黙り!今話してるのはウチや、勝手に口を挟まんといて」


「は、はい!」


白衛さんの一喝に、田中と土谷が震えあがる。自己紹介の時に見せた穏やかな印象を覆すように、今の白衛さんには力強い、凛とした雰囲気が漂っている。


「君は虎の威を借る狐や。それにな、優人くんは君が思うてるほど弱ないで。色んな人を見てきたうちが断言する」


 そこまで思われていた事に嬉しさと同時に、驚きが沸き上がる。出会ったのは入学してから出し、言葉を交わしたのだってついさっきなのに……


「それに、麻衣ちゃんも言うとったけど、君らきしょいで」


 止めの一言に二人は何も言えず、こちらを一睨みすると、無数の視線から逃げるように教室を後にする。2人が出ていったからか、膠着していた教室の雰囲気は段々と柔らかさを取り戻していった。


 白衛さんは一つため息をつくと、こちらに振り返り頭を下げた。


「ごめんな、ウチのせいで嫌な思いさせて」


「そんな!むしろ庇ってくれてありがとう」


「そうですよ!白衛さんは何も悪くありません!」


「そうそう!悪いのはあいつら二人なんだから!」


 俺たちの言葉に顔を挙げた白衛さんは、自己紹介の時の様な穏やかな笑顔を浮かべていた。


「ほんと、おおきにね。優人くんの周りはええ人ばっかりやね。優人くんがええ人やさかいかいな?」


 嬉しそうに笑う彼女に、俺は先ほど抱いた疑問をぶつけた。


「その、一つ聞きたいんだけど……俺と白衛さんは今日が初めてだよね?どうしてそこまで俺の事を買ってくれるの?」


 俺の言葉に同意とばかりに首を縦に振る二人と見守る中、白衛さんは寂しそうな表情で口を開いた。


「そっかぁ……もしかしてとは思うとったけど、やっぱし覚えてへんかったか」


「え……」


「まあ、昔の事やったし、会うたと言うても1回だけやったけど……寂しいもんやな、ゆーちゃん・・・・・


 今のあだ名には聞き覚えがある。今じゃもう言わなくなったけど、麻衣が小さい時に俺を呼んでいた呼び方だ。でも、麻衣以外にその呼び方をする人なんて…………


「あ……」


 一人だけいた。昔、迷子の女の子を助けた時のことだ。その頃は、麻衣からゆーちゃんと呼ばれることに慣れていたため、麻衣と同じくらいだった女の子に“ゆー”と自己紹介したことがある。その時に女の子も名前を教えてくれていて、確か……


「この、ちゃん……?」


 俺の呟きに、華が開くような笑顔を浮かべる白衛さん、もとい、このちゃん。


「覚えとってくれた!嬉しいな」


「兄さん、そんなことがあったんですね…………その呼び方は私だけの物なのに」


 複雑そうな表情を浮かべて麻衣がボソボソと何か言っているが、俺は突然の再会への驚きで聞き逃してしまった。


「いやー、優人も隅に置けないね。コノコノ~」


 面白いネタを見つけたと、初めて声を掛けられた時と同じ様な表情で、ニヤニヤしながら朱夏が突いてくる。


「いや、そんなんじゃないって!そうだろ、白衛さん?」


「えー、忘れとったしなー、どないしようかいな?」


「いやいや、遊ばないでよ……」


「ウソウソ、優人くんとは何もないよ。バディに誘うたのも、信頼できるってのもあるけど、強なると思うたさかい。そ、れ、と、ウチの事は木乃香でええよ。なんやったら昔みたいに、このちゃんでもええんよ?」


 これが素なのだろう、楽しそうに笑う木乃香の姿に力が抜けた。


「改めてよろしく、木乃香」


「こちらこそ、よろしゅうな、優人くん!」


 こうして、俺は白衛木乃香とバディを組む事となった。

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