5.艦艇群の歪み(3)

 五十二件。

 さすがに組合や個人単位での該当はなかったものの、各艦が手を焼いていた交渉事がこんなにあった。

「どーすんのこれ、集めたからには捌くんだよね、ほまれ」

「いやー、思ってたよりあったなあってびっくりしてる」

「ほまれー、勝手に暴れるのやめてって言ったろ」

「暴れてないよ。暴れては、ない」

 さすがに多く、仕方がないので蓬二席を呼んではみたが、だからと言ってなにが解決するでもない。

 言い合いを続けるばかりの自治官を放っておいて、早蕨くんと二人でせっせと選別する。

「エネルギー関係の価格交渉は継続案件だ。相手も従来から同じだし、これは三番艇に返そう」

「医薬品と穀物も同じ状態。十番艇と九番艇にそれぞれ返すね」

「なにこれ、不動産投資?」

「ただの法人営業だろ、持ちこむ奴も馬鹿だし、ここに放り込んだ奴はもっと馬鹿。何番艇だ」

 そんな作業の結果、残ったのは二件。

 水の件ともうひとつ。通信干渉の件、というのがあった。

 八番艇の五席補佐官に頼んで送ってもらった資料では、艦環の通信電波が摩耶市沿岸部の通信障害を引き起こしている可能性があるらしい。この数週間それが酷いそうで、抗議を受けているとのこと。

 摩耶市から送られてきた図面には影響範囲とその範囲内の他の通信施設が記されていた。

「これはなんかこう、そうかもしれないなって思うな。そのへんどうなの、元八番艇一席補佐官としては?」

 話を振られた蓬二席が、ふうと息を吐いて笑う。

「冗談きついなあ。そもそも、通信干渉とかそういう類の問題は昔からないんだよ。制御塔がどれだけ気をつけて通信範囲をコントロールしてると思ってるんだ。ふざけるのもいい加減にしてほしいもんだね」

「ああ、そう。……で、これ摩耶市は何だって言ってんの?」

「櫻河通信網――つまり、艦環の通信可能エリアを後退させろとの要求ですね」

「意味が分からん。大体ね、艦環通信が他の何かに干渉するようなこと自体がないんだって。あれ独自技術だからね? あの情報量をあの速さで飛ばしてるの、普通の技術じゃないんだ。他の適当な電波なんかと一緒にしないでほしいもんだよ」

「おう、分かった。分かったから蓬落ち着いて? ええと、じゃあまあこれも八番に戻そう。あっちでちゃんと説明してもらおう、ね」

 これで一旦全案件の整理がついたことになる。

 あとは台風に備えて、水の件に構えて。


8月1日 七番艇事務分掌変更通達

変更事由:七番艇自治官不在のため

以下の通り他艦にて処理することとする

・全艦都市機能に関する一切:八番艇

・全艦財務等に関する一切:十三番艇

・七番艇住民福祉に関する一切:六番艇

以上

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