5.艦艇群の歪み(2)
「鴎はね、ああいう子を拾う専門なんだ」
自治官舎の外、休憩用に置かれたベンチで煙管を撫ぜながら、一席は言った。
まだ穏やかな風。台風が来る前の一時の静けさ。
「どういうことですか?」
「そのまんま。自治官も人間だから、怪我したり死んだり病んだり色々するのさ。で、補佐官てのは自治官にべったり貼りついてるもんだから、自治官を失うと急に駄目になりがちでね。それを拾って、立ち直るまで面倒見る。そういう専門」
「本当ですか?」
「本当だよ。っていうか、鴎本人もそうやって立ち直った一人だからねえ。自治官として有能かはさておき、指導者としては一流さ。ああまあ、既に心が折れた子は、そっとしといてあげるんだけど……あの子はまだまだ、いけるから」
「でも、六席の補佐官はみなさん愛想尽かして、他の自治官に乗り換えますよね?」
「そりゃあ鴎だもん。元気になったら物足りなくて愛想も尽きるさ。別にそれでいいんだよ。そういうものだから。それで鴎はまた違う子に手を差し伸べられるわけだし」
今回の件で、自治官の不足はなおさら深刻になった。
台風が過ぎ去ったあとは、大規模な異動が実施されると思う。
自治官に上がる補佐官も、きっと出ることだろう。
その中にも、鴎六席のおかげで戻ってこられた人がいるかもしれない。そう思うと、今まで邪険に扱ってきたことが申し訳なくなってきた。
「……鴎六席、私のことも気にかけてくれてたんでしょうか」
「いやあれはただのちょっかい。今後も相手にしなくていいから」
「はあ」
毎日のように話しかけてくれていたのはそういう意味もあったのかもと思ったけど、それは違うらしい。
「鴎個人のことは嫌いだが、六席としてのあいつのスタンスはまあいいかなって程度だよ。あいつに明日海はやらん。何されるか分かったもんじゃない」
立て続けに煙管を吸って、一席は鼻を鳴らした。
やっぱり仲はよろしくない。
「ところで、水は大丈夫なんでしょうか」
「ライフラインの括りで管理は八番艇に任せたし、逐一検査してるから大丈夫。それに、毒だなんだはハッタリさ」
「なんで分かるんです?」
「摩耶市はな、『摩耶の誇る水を提供する準備がある』って言ったんだ。交渉テーブルでも、市長は水のことすげえ自慢してた。それに毒入れるとなると、まあブランドイメージの損失は免れない……そもそも、脅したのは摩耶市じゃないんじゃないかと思ってる」
確かに、特産品で相手を害することで対外的なイメージを悪くするのは間違いない。そういう発言自体が、まずい。
「じゃあ誰が……」
「決まってるだろ、国の方だよ。正確に言うと、圧力をかけて言わせたのかもしれないけど、まあそれはどっちでもいい。なんせ、なんでもいいから櫻河の勢いを削ぎたいのさ」
「……交渉はどうしますか。うちが任されてますけど……とりあえず抗議文でも送りますか」
「いや、向こう次第だ。こっちは七番が崩壊したからやむなし分担したって体で出方を見る。これに限らず交渉案件は十三番艇で全部見た方がいいだろうなあ」
そういう通達を打つよう言われ、その場でぽちぽちと打ち始める。自治官だけでなく各組合代表者にも発信するものだ。
統括艦一席に付いていると、こういう全艦通達文を書くこともとても多い。段々と慣れてきたように思っても、やっぱり緊張する。
今後、対外的な交渉事は一旦十三番艇に集約すること。
適切な艦・組合があれば引き継ぐ場合もあること。
とにかく艦・組合・個人の単位で勝手に抱えないこと。
これらを盛り込んだ文面に一席の了承を得て全艦への送信を終えてから、自治官舎へ戻った。
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