5.艦艇群の歪み

5.艦艇群の歪み(1)

 八月一日付で、七番艇の仕事は分野別に分けて六番八番十三番で分担されることとなった。

 理由は、から。

 元々、七番艇の五席は春先に逝去され、それ以来空席が続いていた。そこへ水の問題が持ち上がり、買い付け担当だった三席が心労でリタイア。

 そこからは包括交渉となったために艦艇群総代として十三番艇に責任が移ったものの、いざもぎ取った水の利権関係の事務は結局七番艇に残っている。

 そして、この水の事務が相当な負担だった。

 生命線。代償を払って手に入れたそれを守ることに必死で、七番艇はどんどん消耗した。真っ先に未熟な補佐官の身体が音を上げ、艦代表として前に立っていた一席の心が折れ、後を受けた四席は交渉のために橋を渡って連絡が途絶え、追った六席も同じく連絡がついていない。

 そんな状況で残された二席は、補佐官を道連れに波に飛び込んだ。

「はーっ、なんで言わないかね、七番艇は」

「ちょっと鴎六席、言い方ってものが」

「あのねえ、明日海ちゃんは優しすぎるの。こういうのははっきりさせなきゃ」

「すみません、漏らすなって言われてて、どうしようも」

「……摩耶市が言ったの?」

「そう、です」

 十三番艇自治官舎。台風対応に追われる中、七番艇二席付補佐官――燈さんはここで保護されている。

 燈さんは怪我もなく救出された。彼女を巻き込んだ自治官の方は、現在治療中だ。怪我の方は大したことないものの、心がかなりやられているらしい。

 結局、最後まで折れずに残ったのは彼女一人。

 同じ補佐官として立派に思うと同時に、どうしてこんなことになったのかと怪しまずにはいられない。

「どんな脅迫受けたんだ」

「ちょっと鴎さん、言い方があるでしょうよ……。ごめんね、ほらこれ飲んで、それからゆっくりでいいから、話してみて?」

 一席ブレンドらしき紅茶を持ってきてくれた二席が六席をたしなめて、それでもやっぱり聞き出そうとする。

「……あの、このお茶、大丈夫ですか」

「ええと……どういう意味?」

 二席がこちらに聞いてくるけど、分かるわけもない。

「うちの一席のオリジナルブレンドで、落ち着くから飲んでみて?」

「そうじゃなくて」泣きはらした目で怯えたように。「水は、無事ですか」

 一体どういう意味かと問う前に、重みのある声が降ってきた。

「毒を入れるとでも言われたか?」

 一席の口から出た毒という単語に、燈さんの肩が震える。

 だからつまり。何かの要求を飲まなければ飲料水としても用いる水道水に毒を仕込むと脅されていた、ということ?

「なんのために?」

 ゆっくりと燈さんが説明したことによればこうだ。

 まず、櫻河艦艇群での一日あたりの水道使用量について、摩耶市の当初想定と実際に大きな差があった。

 これは、摩耶市側が工業用水の計算を間違えていたためだが、摩耶市は差分の無償提供を拒んだ。超過分の対価支払いもしくは供給停止を求める文書が届く。

 これが七月の十日だという。

 他艇の自治官に知らされることはなかった。なぜなら、摩耶市が毒物混入をちらつかせてきたため。

 七番艇はさぞ悩んだだろう。対価支払いに応じれば、他全ての金銭が絡む取引に影響する。しかし超過分供給停止を受け入れれば、生活にも工業にも支障が出る。財務を預かる内政艦において、その計算は容易かったはず。

 この規模になればもう七番艇で抱えるべき問題ではなくなっている。本来十三番艇へ移管すべきこと。

 それが許されず、また秘密裏に動く決断ができなかった時点で、七番艇の消耗は避けられないものになっていたと言える。

 泣くのが止まらなくなった燈さんの背を撫でてあげながら、なんと声をかけたものか分からない。つられて泣いてしまいそうになりながら、言葉を探して。

 先に六席が声を発した。

「燈さんだっけ?」

「……はい」

「まず七番の自治官連中のことはさっぱり忘れろ。いいな?」

「ちょっと六席、なに酷いこと言って……」

 黙っていろという風に手を挙げられた。

「お前には見込みがある。七番のクソどもの中でも折れずに生き残ったお前は、これからの艦艇群に必要な逸材だ。このまま野良にするわけにはいかん」

「……」

「だから、今日から俺のところで働け」

 何かを言いたいけれど、どこから手をつければいいのか分からない。

 鴎六席が差し出した拳に弱々しく、しかし確実に合わされていく燈さんの拳を、私は信じがたい気持ちで見た。

 涙声が、響く。

「まだ……まだ、終わりたくないです!」

「いい目だ。俺は鴎朝彦。十三番艇六席」

「燈夕奈、十八歳です」

 頷いて。

「契約締結宣言。十三番艇自治官第六席鴎朝彦付補佐官に、燈夕奈を任命する」

 自治官の宣言により、双方の艦環からホログラムウィンドウが立ち上がった。メッセージが走ると同時、音声読み上げも行われる。

《十三番艇自治官第六席 鴎朝彦 補佐官 燈夕奈 契約締結申請》

《意志確認 燈夕奈 契約締結に同意しますか?》

「……謹んで、拝命いたします」

《要件充足 契約締結承認》

《各種権限情報を更新します しばらくお待ちください》

 鴎六席の噂は悪い意味で有名だ。

 普通、補佐官をやろうなんて子はなかなかいない。

 艦環の権限情報がどんどん書き換えられていくのを目の当たりにしながら、頭の整理が追い付かないのを感じる。

「明日海」

 一席の声に振り返れば、頭にぽんと手を置かれた。

「ちょっといいかい。付き合って」


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