4.嵐の前の嵐(2)
一席とのランチのあと、授業の支度のために自宅の玄関をくぐれば、騒がしい空気に包まれた。
うちは五人姉弟。私が一番上で、この時間帯は全員家に揃っているため、うるさいのなんの。下は四人とも弟で、上二人は高等部一年の双子、その下は中等部三年と二年。
随分歳の近い兄弟に思うけど、双子と一番下は養子のため、誕生日の計算は合わなくて当然である。
櫻河における養子制度はごく一般的なものだ。理由は様々なため、親が二組いるという子も多いし、元他人の十人兄弟なんかも珍しくはない。
一昔前には孤児に一律で櫻河姓を与えて艦艇群全体で育てていこうという動きがあったらしいけど、そんな回りくどいことをせずとも養親になりたい者は余るほどいる。
実際に櫻河姓を賜ったのは、わずか三人。そのうちの一人がほまれ一席だ。
養子となるのは櫻河の中で生まれた子よりも外で生まれた子の方が多い。受入れ過多で運営破綻寸前の養護施設から持ち込まれたりする。出生届を出す前にこっそり持ち込むルートを斡旋する専門の組合まで存在している。
私の弟たちも外生まれだけど、みんな生後数日のうちに紫家へ来ていて、記憶も思い出も全て櫻河でのもの。
「姉ちゃん、こづかいちょうだい!」
「おれも!」
「お前らばっかずるいぞ」
「おれにもちょうだい!」
「あーげーなーいーかーら。あんたらちょっとは静かにしなさい。お父さんまだ寝てる時間でしょ?」
「大丈夫だよ、防音してるし」
「そうそう、防音」
防音防音と合唱する弟たちを押さえながら自分の部屋を目指す途中、艦環が淡く光った。
一席からの通信なのを確認して、部屋に飛び込む。
「はいはーい。今から仕事するから、邪魔しないでね」
言った傍からドアに突撃してくる愚弟たちに対し、冷静に施錠。それも補佐官権限での強固なもの。あまり無茶をして体当たりを続ければ、一時ペナルティで艦環ロックがかかる。
大人げないと言うなかれ、私も苦労してるんだから。
時々思う。どうしてうちの両親はこんなに年の近い男子どもを集めてしまったのか、と。
新生児を養子にしたのだから、年齢の計算くらい簡単にできたはず。なのにどうして。
いつか聞こうと思っている疑問をひとまずは胸にしまい、艦環を振って応答。
「お待たせしました。弟たちに絡まれてて」
『ああ、ごめんな。さっき六番艇の二席に会ってな。どうやら台風が来るらしい』
「この時期ですか。困りましたね」
『ああ。まだ修繕が追い付いてない。とりあえず三席四席が計画起案してくれるらしいんだけど、明日から総出で対策だ。……出れるか?』
櫻河艦艇群にとって台風は脅威だ。
貿易関係とライフラインの調整をつけなければならないし、完了していない修繕工事も、応急処置でもいいから済ませておかなきゃならない。湾に突き出た二桁艦三隻は特に波に飲まれやすく、必要ならあらかじめ一桁艦に避難しなくてはならない。
そしていざ直撃となれば、自治官補佐官は昼も夜もなく総出で対応することになる。もちろん住民もみんな自己防衛で、全櫻河をもって耐える。
並行して送られてきた天気図を左の艦環で映せば、五日後の上陸予定。
「大丈夫です。今日のうちに一席の部屋に移りますね」
『いつもごめんな。やっぱ明日海がいないと不安でさ』
「えへへ、そんな風に言われると照れちゃいます」
『ありがと。じゃあ今日の四枠終わりごろに迎えに行くから』
「分かりました」
通常、自治官は担当艦の中に住んでいる。こういう非常時に自治官舎と行き来しやすいように、極力移動の少ない経路を選んで割り当てられる。
補佐官はというと、そもそもが未成年の学生兼業ばかりということもあって、専用の区画割り当てはほとんどない。私みたいに別の艦で家族と住んでいる場合は、自治官の部屋を間借りして非常時対応にあたる。
さてと。
三枠開始までまだ一時間以上ある。
さっきの話を補佐官仲間に共有すべく、チャット機能を立ち上げた。
補佐官リンクスと名付けられたルームに情報を投下すると、それぞれから反応が返ってきた。
情報へのお礼やら、予定の中止を残念がる声やら。
十三艇六枠それぞれの自治官に原則一人以上ついている補佐官は、単純計算でその総数七十八人以上になるはずだが、実際には六十七人しかいない。
そもそも自治官が定員充足されていないことと、鴎六席のように補佐官のいない自治官がいるから。ときどき一人で二人以上の補佐官を付けている自治官がいてもなお総数は減る。
私のように高校生補佐官が多いけど、一度別の職業でステータスを得たあとで専門知識を持つ補佐官として自治官に付いている場合もあるし、年齢は様々だ。
『そういえば』
台風への反応が一通り済んだところで、少しテンションの違う発言が上がってきた。
『うちの一席、多分辞めると思う』
しばしの沈黙のあと、十三番艇二席補佐官――早蕨くんが返す。
『七番艇って、そもそももう奇数二人欠けてなかった?』
『そう。それで、一席にかなり負担かかってて。補佐官もいないし、実質常に仕事してる感じで……二席も、結構やばいけど』
仮に一席が降りれば、七番艇の自治官は三人。既定の半分だ。
まともに機能するとは言い難い。
『燈は大丈夫なのか?』
『なんとかね。でも家にはもう十日以上帰れてないよ、これも官舎の仮眠室から繋いでる』
『大丈夫じゃないだろそれ』
『手伝いに行こうか?』
『もっと早く言えよ!』
『手伝いっていうか、普通に自治官欲しい。仕事回らない』
みんなの声を、燈さんはそうじゃないんだと一蹴した。
そりゃそうだ。
補佐官がいくらいたって、自治官がいなきゃ、意味ない。
七番艇の管轄は内政。全艦予算十三億の大半をここで執行する。確かに最近処理が遅くて、十三番艇もかなりの額を立て替えたりしている。
『誰か自治官上がろうって奴いない? 今上がると確実に七番艇補充で一席になれるけど』
どの艦でも一席は重要なポジションだ。
自治官に上がっていきなり一席というのは、並の器では務まらない。それこそ、ほまれ一席くらいの人でないと。
残念ながら、私たちの中にそんな人材はいない。
『燈は上がらないのか?』
『馬鹿かお前。私が上がったら、二席の補佐官誰がやるんだ。うちみたいなボロボロの艇に人育てる余裕があると思うのか』
『そんなに怒るなよ』
自治官という立場は実に特殊だ。
特に今の緊張状態では、いつでも矢面に立って命を張る覚悟が求められている。自治官の判断が櫻河の行く末を左右しかねない状況では、致し方ないこと。
特に外交の二番、内政の七番、防衛の十一番に統括の十三番――この四艦は真っ向からの戦闘になることも多く、心身を傷める自治官が非常に多い。
そして、そういう枠への補充はとても難しい。
空いている十三番艇の五枠も、夜間帯の統括担当という、万一のときの責任の重さから適役を選出できずにいる。
通常ならベテランをスライドさせればいいものの、今の状況ではその決断さえできないのだ。
『台風で被害が出たら、七番艇は総崩れするかも。六番と八番には迷惑かけると思う、ごめん。あと、十三番』
『……なに?』
『七番の仕事、万一のときはそっちに流れるからね、よろしくね』
補佐官リンクスを閉じたあと、燈さんと少しだけ音声通信をした。聞こえたのは、すすり泣く声と助けを求める言葉。
一体何があったのかを聞き出そうとすれば、いっそう泣く。
内政担当の七番艇――櫻河艦艇群の要の一角と呼べるそこで起きていた事態に驚かされるまで、そう時間はかからなかった。
7月29日 十三番艇自治官緊急対応通達
・台風接近に伴う対策計画策定完了
・応急修繕計画に基づく修繕開始
・急を要しない処理の取り扱い停止
・避難計画配布及び避難開始
各位において十分な対策を講じられたし
以上
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