3.秘密の左手(4)

ほまれ一席が二番艇三席補佐官だった頃、というのを私も見たことがある。

 出会いは三年前、中等部の社会見学で訪れた税関で。

 ちょうど日本との関係性が大きく動き始めた時期で、外交を担う二番艇の自治官たちは、大陸からの輸出入交渉の度に日本政府の干渉を受けては多額の関税を抜き取られていた。

 本来なら相手国と櫻河が個別に交渉すべき内容に、割り込まれて黙ってはいられない。

 二国の主張が真っ向からぶつかる。そして税関職員との戦いの末に押し負ける。

 櫻河は土地を持たないから、輸入しなきゃならないものはどんなに困難でも輸入せざるを得ない。

 輸出もそう。売らなきゃ外貨が手に入らないのだから、多少不利でも売るしかない。いかに粘っても、櫻河に諦めるという選択肢がない以上、勝てないのだ。

 私たちの見学中にもその戦いは始まり、そのときの自治官も押し負けた。けれど、自治官を押しのけて前に出た補佐官の女性は高らかに言った。

「貴様の言い分に穴を開けよう。一言一句漏らさずよく聞くがいい」

 口の端から笑みを絶やさず、しかしその目は一瞬たりとも笑わなかった。

 ものの三分で、税関職員は逃げ帰っていった。

「相手も法治国家だ。関税法とそれにかかる省令規則要領を全て網羅していれば、奴らの詭弁はすぐに見える」

 櫻河艦艇群が独立国家であることは揺らがない。

 しかしそれを盾にしても埒が明かない時は、相手の好きにさせないだけの論理的構成で追い詰める。

 この時期の関税交渉をわずか三週間で完全なる優勢にひっくり返し、関税に関しての不干渉宣言書への大臣署名まで勝ち取った伝説の補佐官。

 十三番艇自治官の最年少就任記録保持者。

 それが櫻河ほまれ。

 私の自慢の一席だ。

 就任前に募集のかかった補佐官の椅子。みんなが恐れをなして彼女に付くのを嫌がる中、私はチャンスだと思った。

 こんなに格好いい人のそばで学べるなら、どんなに素敵だろうと。

 優秀な人のアシスタントは簡単ではない。

 同じだけの知識と、同じだけの機転と、同じだけの才能が欲しい。

 そうやって貪欲に、ひたむきに努力し続けていきたい。



7月28日 十三番艇自治官第一席公務報告事項

・自治官予算執行内容確認

・修繕要望精査完了

・移動希望者面談日程調整仕掛かり

・その他通常案件 計二十一件完了

・昨日分日次報告提出済

・艇内異常報告なし        

以上

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