3.秘密の左手
3.秘密の左手(1)
前に千世さんが言っていた‘引きニート’を調べてみた。
要約すると‘家の外に出ることができず、働くこともできず、またその意欲もない人’という定義になるそうだ。
櫻河にはいないタイプの人。
ただ、千世さんが元々それだと言われると少々違和感があった。だって、櫻河に来てからは結構出歩いてるし。
千世さんを迎えてもう十日が過ぎた。仮に無理しているのだとしても、そんなに長期間は気が持たないと思う。
「そろそろ千世にも仕事を決めてもらわんとなあ」
一席はお気に入りの煙草を丸めながら、ぽつりと呟いた。
「一応、色んな組合に頼んで毎日見学に行ってもらってるんですけどね」
日常生活で使うサービス類は一通り体験したようで、必要に迫られる度に入力している個人情報も既にかなり蓄積されていて、六席が嫌がるエラーもほとんど出ていないらしい。
「向こうがどういうつもりで千世をよこしたのか知らんが、まあ軌道に乗ってないよりは乗ってる方がいいだろ。明日あたり一回話をして――」
私と一席の艦環が同時に光り、自治官ダイヤルが鳴った。担当枠の自治官と補佐官に直通で繋がる、緊急連絡手段だ。
手首を返して応答する。
「はい、十三番艇自治官第一席補佐官です。どうされました? ……へ?」
かけてきたのは繊維組合の書記係だった。
「どうした?」
「千世さん、まだ来ないらしくて……」
今日の一枠は繊維組合の職場見学をお願いしているはずだった。先方もそのつもりで動いてくれていたのだが、八時を回っても姿が見えないので連絡してきてくれたのだ。
とりあえず本人の状況を確認すると返し、ダイヤルを切る。
「なんかまだ家にいるっぽいな」
一席が自治官権限で千世さんの艦環所在地を検索すれば確かにそこは彼の家。
「寝坊でしょうか?」
「はー、世話のかかる奴だ。……共鳴使うか」
煙管を置いて、艦環の自治官メニューから共鳴機能を引っ張り出す。
共鳴。これは通常通信とは異なり、かなり強力な呼び出しができる自治官専用機能。音量や振動、通知光も全てこちらで調整可能。
巷では強制召喚とまで呼ばれる、強権機能だ。
「……出ませんねえ」
「全部最大出力だぞ、これでも反応しないとなるとわざとだな。それ、もういっちょ」
何度繰り返しても千世さんは返事をしない。
一体何をしているのか。
「見てきましょうか」
「そうだなあ。頼めるか? 代わりにきつく叱ってきてくれ」
* *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます