2.過剰免疫(3)

 千世さんの手持ちのお金をほぼ全て電子通貨に換えたあと、せっかくだからと制御塔を見学することにした。

 制御塔は八番艇にそびえ立つ、システム制御機関だ。櫻河で運用される全システムを一括して管理しており、言わずもがな艦艇群で最も高い場所。

 櫻河艦艇群の子どもたちは全員初等教育の段階で何度もここを訪れるから、ここで何が行われているかは基礎教養みたいなものになっている。櫻河住民として理解しておくべきシステムの中枢でもあるから、千世さんにも見せておくべきだろうという一席の判断だ。

 五番艇から八番艇までは横並びなので歩いての移動も簡単にできる。隣接艦艇は八層と九層を仮設廊下で繋いでいるから、それを伝えば原理的には全艦艇間を徒歩で動くことも無理ではないけど、あんまり現実的ではない。

 腹同士の連結ならさほど距離もないんだけど、縦の連結はどうしても艦の全長を縦断しなきゃいけないから大変なのだ。

 十分ほど歩いて八番艇に入ったあとは、エレベーターで一層へ。このあたりの構造は十三番艇とそう変わらない。

 ただし、一層の風景は全く違う。

 制御塔の根元が、甲板の半分以上を占めているから。

「ちょっと自治官に話を通すから待ってろ」

 制御塔の管理者は八番艇の自治官が担い、中で働く技術者は登録制。艦環の認証がないと入れないようになっている。

 自治官は艦内立ち入り制限が緩いので一席と私は自治官権限でフリーパスだけど、千世さんはそうもいかない。

 ほまれ一席が八番艇自治官にかけあってくれて、やっと私たちは制御塔に踏み入れた。

 螺旋状に上っていく廊下に照明は配置されず、代わりに消えることのない電子機器の作動ランプが青白く光る。

 歩くには心もとない照度に艦環を振って簡易ライトを起動させれば、両側に迫る箱型の機械群。微かな稼働音が響く。

「制御塔って、なんかスパコンの中みたいですね」

「みたい、というか、実際そうだからな」

 千世さんの感想に、一席は少し笑ってみせた。

「スパコンってなんですか?」

「大規模なコンピューターのことだよ。計算処理能力が高いから、色んな演算が速くできる」

「はあ。千世さんが知ってるってことは、他のところにもあるんですか?」

「あるよ。摩耶市も一個持ってるし、他にも何か国か見せてくれたし」

 ほまれ一席はときどき海外視察へ出向く。

 統括艦の一席なので、どうしても代表として出なきゃいけないことが多いためだ。

 そういうとき本当なら私も随行すべきなのに、まだ未成年だからと連れていってはくれない。帰国後どんなに質問攻めにしても、やっぱりこういう細かい話まで全部聞けはしない。

「この艦環っていうの、すごいシステムだと思ってましたけど、こんな大きな規模で処理してるんですね」

「うん。ここのエンジニアは、艦艇群住民の六割近く数になる。内部システム以外にも色々受注してるから、実際のシステム要員はその半分もいないと思うけど」

 少し廊下を進めばエンジニアの詰めるルームが見えた。

 システムごとに場所が違っていて、最初の部屋はライフライン担当。そのままずっと行けばもっと色々な担当の部屋が見れるけど別に見た目は変わらない。

 上まで行く必要もないだろうと制御塔を出れば、じきに一枠の終わりの時間。

 二席が来るまでに自治官舎に戻らなければならないので、慌てて十一層まで降りて流しの路舟を拾った。八番艇と十三番艇は直結航路がないので、急ぐときは割高でもこれに限る。

「制御塔の人たちは公務員なんですか?」

 千世さんの質問に、一席は言葉を選びながら答えた。

「あーいや、櫻河には公務員って概念がないから。どっちかというと、みんな公務員って言うのが正しいかな」

 これは前に一席から聞いたことがある。

 世界の多くの国では、人々の職業は公務員とそうでないものに分かれているらしい。

 公務員というのは、例えば国の維持発展のための仕事をやったりする人たちで、この人たちには国から報酬が支払われるそうだ。

 でも、櫻河では働く人全ての給料が国から支払われる。全ての商業活動は櫻河艦艇群の名義で行われるし、あらゆる損益は一元化されて、個人の働きに応じて報酬として支出されるだけ。

 だから世界的に見ると、櫻河人はみんな公務員とみなされるのだという。

 それと同じようなことを一席が説明すれば、千世さんはすごく難しい顔をした。

「やっぱり櫻河は社会主義なんですか?」

「広義でいうところのそれなんだろうとは思うけど」

「……そういえば、ここで一番偉い人って誰なんです?」

「ああ、そういうのはいない。みんなで役割分担して生活してるだけだから。自治官てのもあくまでも適性のある奴が仕切りをしてるだけだし。他じゃよくいるナントカ長ってのもいないしな」

 櫻河艦艇群の代表を出せと言われたら、それはほまれ一席になる。

 統括艦十三番艇の一席はそういう立ち位置だ。

 全自治官の中で特別精神の強い人間が当てられる。

 だからといって、艦艇群の中で偉いとかそういうことはない。自治官はあくまでも艦艇群の総意に基づき、それを遂行するのが仕事。

「それで国って成立するんですか」

「成立してるな。どうだ、面白いだろう、櫻河は?」

 一席は得意気に笑った。


7月18日 十三番艇自治官第一席公務報告事項

・融和政策移住者の艦艇群案内完了

・その他通常案件 計四十八件完了

・昨日分日次報告提出済

・艇内異常報告なし        

以上

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