1.ようこそ櫻河艦艇群へ
1.ようこそ櫻河艦艇群へ(1)
櫻河艦艇群の夜は美しい。
海面より遥か上の層から眺めているだけでも細波の凹凸に外照灯の反射が煌めいて、静かな水面に表情を掬える。
時間を確かめようと傾けた左手首に浮かぶデジタル数字は、約束の二十分前であることを知らせていた。
「そろそろ向かいましょうか」
「そうだなあ、これだけ吸ったら行くかなあ」
上司を見れば悠長にも煙管なんか取り出して、呆れた顔をしていたらしい私にちょっとだけとはにかんだ。
刻み煙草を丸めて詰めて、燐寸で炙って一服。
お気に入りの煙管は金属部分に桜のシルエットが彫り込んである特注品。
長くて細い指を底に這わせるような持ち方で吸い込み、吐き出して。手首のスナップを効かせて残滓を落とすと、おもむろに立ち上がった。
十三番艇。
櫻河艦艇群を構成するうちの最も張り出した一角。
その最上層ともなれば、常時潮風にさらされる。
ちょうど天窓から吹き込んだ強めの風が机上の書類を撫ぜてひらつかせ、同時に彼女の纏う
桜模様を漉き込んだ紗の生地で作られたそれは、櫻河の伝統衣装。裾の方にざっくりとしたひだを成しながら、上半身から足首までを覆う。それだけならいつもの格好だが、今日はさらに枝垂れ羽織まで着る気らしい。
櫻河において、櫻紗に枝垂れ羽織という組み合わせは通年いつでも使える正装。誰しも一度は着たことがある、艶やかな装い。
椅子の背から持ち上げた羽織に慎重に腕を通し、わざと袖を巻き込むように腕を上げて、枝垂れと呼ばれる所以の房飾りを揺らした。
「さぁて、仕事だよ明日海。気合い入れな」
「はい、ほまれ一席」
彼女の名は櫻河ほまれ、十三番艇自治官第一席。私の敬愛する上司。
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