海照りの桜 櫻河艦艇群へようこそ
姫神 雛稀
プロローグ
穏やかな気候の海に突き出した土地に、二万人ほどが色とりどりに暮らす。
それが
かつては艦艇が寄り集まっただけの集団だったものが、連結と延床増築を繰り返し、今の形に落ち着いた。いや、落ち着いたというのは語弊がある。この土地は今この瞬間にも進化を続けているのだから。
十三の艦艇がそれぞれ個性豊かに生活を営み、極狭の床面積を最大限活用するべくあらゆるものを電子化し、たった一片の雅をもって空間を昇華させる。限られた素材をいかに加工するか、その技術と才を互いに競って高め合う、そこに快楽を見出すことが粋の頂。
常に先を争って、ただし同胞の手を払うことはしない。
己の手柄は櫻河の手柄。全ての功績は賞賛と引き換えに櫻河の基礎に埋もれてゆく。櫻河の住人はみんな櫻河を国と呼び、国際的にも国と認められている。
けれど、私たちが橋を架けた先の国だけは、頑なに私たちを国と認めようとしなかった。
自由に生きる、我らは独立国家たる櫻河艦艇群。国だ。
橋の向こうの国は、櫻河への圧力を弱めない。これまで、譲れるところは全て譲ってきた。理不尽だと思いながらも、税金だってきちんと納めている。橋かけ料だと思って。
いざとなれば橋を落として移動することも不可能ではない。けれどそれは長年の間に海底に根差した各艦設備を全て切り離し、その他全ての増築パーツを捨て、航行可能な姿になってからの話だ。そんなことをすれば櫻河は二万の人口を抱えきれなくなる。
膠着状態の間に、橋の向こうの国は櫻河への輸出を制限し始めた。その成り立ちゆえまともな土壌を持たない櫻河の食料自給率はほとんどゼロだ。すぐに立ち行かなくなったのが水で、従来の水源池からの直接買い付けを禁止された瞬間に櫻河は詰んだも同然となった。海水の真水化設備もあるにはあるが、到底二万人を支えきれるものではない。諸外国に助けを求めるも、そもそも櫻河まで大量の水を輸送できるような船がない。
備蓄水を吐き出し尽くし、可能な限りの真水化を行い、海水利用も極限まで徹底し、それでも飢える寸前に、橋を架けた先、摩耶市の市長が言った。
『摩耶の誇る水を提供する準備がある』
橋と並行に通す大口径パイプによる上水供給と引き換えに摩耶市が要求したのは、摩耶市民の櫻河入国審査免除と、櫻河の将来的な摩耶市への正式編入。
普段なら受け入れられるわけもないその条件にも、櫻河は拒否できるはずもなく、ギリギリまで粘られた交渉の末、相手は摩耶市から日本政府へすり替わり、混乱回避策兼妥協案として櫻河へ先行移住者が送り込まれることとなった。
従順なふりをして再起を図る、時間稼ぎのためのプライドの切り売り。
摩耶市水道局の給水車によるピストン輸送の期間を経て、完成した大口径水道管から櫻河の浄水タンクに清水が注がれた。
何事も、命あってこその話。大丈夫、櫻河は何度でも立ち直れる。
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