四、君が消えた夜

神楽の弟、諏訪紀斗すわ のりとが行方不明になったのは二年前の夏。

神楽が12、紀斗が10歳の時の話だ。

毎年村で行われている七狐祭しちこまつりの夜だった。

その日、祭りの会場の七狐神社は参加した村の人々で賑わっていて、その中に神楽と紀斗もいたのだ。

「あ、大地だいち陽介ようすけー!」

神社について早々に紀斗は友人を見つけ、そちらに走っていく。

「見てみて、飴細工だ!神楽も来て!」

普段は大人しい性格の紀斗も、この日は珍しく浮かれて走り回っていた。

もう何度も来た地元の祭りなのに、よくそんなに喜べるよなぁ、などと思いながら、神楽は紀斗を追いかける。

「わかった、わかった。今行くから。」

「うん!」

紀斗と友人は二人並んで駆け出していく。

提灯の明かりが照らす境内で、あちこちから聞こえる村の人達の楽しそうな笑い声や屋台の音に、神楽の気分も高揚する。

面や玩具の屋台、食べ物の屋台に金魚すくいや風船の屋台。

辺り一帯に響く祭囃子と明々とした橙色の光が、普段は外灯や喧騒のない静寂な田舎に一夜限りの彩りを添えていた。

そんな、ごちゃごちゃとした明るい雰囲気の中にいるのが、神楽は好きだった。

……あの時までは。


神楽がそれに気づいたのは、もうそろそろ帰ろうと、丁度神社を出た時のことだった。

「嘘……ない……」

巾着に付いていたキーホルダーが、いつの間にか失くなっていた。

それはその日、今年は一緒に祭りに行くことが出来なかった友人の凪人から数年前、旅行のお土産にともらった物で、神楽はそれをかなり気に入っていた。

「……ちょっと戻って探してくる。」

「え、今から?明日でもよくない?」

神楽がそう言って神社に戻ろうとするのを、紀斗は引き留めた。

「少し探すだけ。すぐ戻る。先に帰ってていいよ。」

「……まぁ、それなら……」

結局、紀斗は神楽に付いてきた。

かくして神楽と紀斗は、友人達と別れて二人で神社まで戻ったのだ。

その時の自分の行動を、後に神楽は深く後悔することになる。

しばらく神社の中を捜索しているうちに、後方から紀斗の声が聞こえた。

「あ!それ神楽のだよ!なんで逃げるの!?」

何故か少し慌てたような声。

近所の子供の誰かがキーホルダーを拾って、意地悪で紀斗に渡さず逃げ回っているのだろうかとその時は思った。

神楽は弟の声が聞こえた方向を振り返った。

「どうしたー?キーホルダー見つかったか?」

その瞬間目に飛び込んできたのが、神楽が見た紀斗の最後の姿だった。

誰かを追いかけるようにして雑木林の中へ駆け込んでいく弟。

追いかけている相手が誰なのかは分からなかったが、雑木林に入る瞬間に翻った明るい色の着物の袖と、さらっと揺れる黒髪のようなものが見えた。

「待って!」

弟が叫ぶ。

彼はそのまま暗い雑木林に消えた。

まわりで後片付けをしていた大人達の中にもそれを目撃した人がいて、「そっちは危ないぞー?」と、注意する声も上がったが、紀斗は戻ってこない。

神楽がすぐにその後を追おうとすると、祭で出たゴミをまとめていた村の住人の一人に止められた。

「紀斗君追いかけるなら、おじさんも行くよ。神楽君だけじゃ危ない。」

それは、この村で農業を営む熊野豊くまの ゆたかという人物で、神楽達家族の家のすぐ近くに住んでいた。神楽も紀斗も、幼い頃からこの人にはかなりお世話になっている。

「豊おじさん、今紀斗が誰追いかけてったのか見た?」

神楽が尋ねると、豊は眉をひそめた。怪訝に思っていると、次の瞬間、彼の口から飛び出したのは衝撃的な一言だった。

「俺には紀斗君が一人で走ってったように見えたんだけど……他に誰かいたの?」

「……え?」

その途端、神楽の周りのまわりの音の全てが遮断される。絶句したまま立ちすくむ神楽の隣、豊は困った顔でおろおろしていた。

その後、まわりにいた他の人たちも集まってきて、紀斗探しに協力してくれたが、正直、そこから先の出来事を、神楽はよく覚えていない。

確か、何時間経っても紀斗が見つからないとわかるやいなや、神楽と紀斗の両親や警察も駆けつけ、村の皆が総出で捜索するに至ったのだ。

……それ以降、神楽は祭りに「行けなく」なった。かつて好きだった明るく賑やかな祭りの雰囲気は、神楽にとって地獄と化した。

特に七狐祭はトラウマとなり、両親をはじめとする村の人達は、そんな神楽を今も心配している。


……このまま紀斗が見つからなかったなら。

神楽は思う。

自分は一生、自分を責め続けるだろう、と。

大きな罪の意識と共に、これからの人生を進むのだ。

「紀斗がいなくなった責任は、俺にある。」

そう考えることで、彼はいつからかその全てを受け入れ、そしてそれを仕方のない事だと心のどこかで諦めた。

「……祭、行けないな。」

すっかり日の沈んだ窓の外をぼんやり眺め、神楽は再び呟いた。

























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