第636話 F級の僕は、今更ながらのマルチタスクを指摘される


6月21日 日曜日31



「はい、これ」


エレンは特に何の躊躇もなく、自分がつい今しがたまで使用していた『夢現のスカーフ』を差し出してきた。

思わず受け取ってしまったけれど、それは同時に、エレンが魔族としての外見をいつわる手段を失う事を意味する。


「エレン。ありがとう。だけどこのままだと君が……」


いや、待てよ?

これはこれで一時的に又借りさせてもらって……


僕は先程、エレンも連れ出せる状況になった時に思いついていた考えを口に出してみた。


「ユーリヤさん。このスカーフ、1~2時間だけお借り出来ないですか? モノマフ卿との会談までにはお返ししますので」


ユーリヤさんが少しばかり怪訝そうな顔になった。


「理由をお聞きしてもいいですか?」

「実はですね。今、向こう地球でちょっと色々ありまして。知り合いを一人かくまう事になったんです。で、その際、こういう品があれば、より簡単に容姿をいつわれるかな、と。あ、でもこれ、この世界のアイテムですから、もしかしたら僕の知り合い地球人が使おうとしても効果を発揮しないかもしれないので、その確認をさせて頂ければ、と」


ユーリヤさんが微笑んだ。


「分かりました。そういう事情でしたら、そのままお持ちになって下さい」

「ありがとうございます。それであと……」


僕はエレンに視線を向けながら言葉を続けた。


「エレンもしばらくお借りしたいのですが」

「エレンさんを?」


元々、エレンが人間ヒューマンに擬装してユーリヤさんのもとに留まっているのは、反対勢力皇弟ゴーリキー派側の転移能力者ニヌルタ対策のためだ。


「はい。このスカーフ、ご用意下さったのは先代のアールヴ女王ノーマ様だったんですよね?」

「そうです」

「でしたら、ユーリヤさんもご存じの通り、僕はノエ……光の巫女様と知り合い第539話なので……」


ユーリヤさんが何かに得心した顔になった。


「なるほど。つまりエレンさんの転移能力で光の巫女様に会いに行って、『夢現のスカーフ』の同等品をご用意して頂けるかどうかお尋ねになる、という事ですね? その間、もし万が一ニヌルタがなにがしかの動きを見せたとしても、幸い、今はクリスさん転移能力者がこちらにいらっしゃいますし、彼女やアリアレベル70オーバーさんが、エレンさんの不在の穴を十二分に埋めて下さる、と」


話しながら、ユーリヤさんがアリアに視線を向けた。

急に話を振られた形になったアリアが、やや素っ頓狂な声を上げた。


「へっ? 私も?」


ユーリヤさんが笑顔でアリアに声を掛けた。


「もちろんです。だって私達友達じゃないですか。頼りにしていますよ」

「それはまあ……友達だし、何かあればちゃんと守るというか……」


アリアとユーリヤさん、いつの間にか“友達”になっていたらしい。


「そうそう、アリアさん」


ユーリヤさんが悪戯っぽい顔になった。


「この後、タカシさんもエレンさんも席を外されるみたいですし、あの話の続き、改めてゆっくりと出来そうですね」

「あ、あの話って……あ、あの話……よね?」


アリアがまた耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。

どうでもいいけれど、今日の彼女はいつもの5割増し位には感情表現が豊か……なような気がする。

それはともかく……


アノハナシッテナンダロウ?


……いや、ここは経験上、深くは追及しない方が良さそうだ。

うん。


気を取り直した僕は、改めてこの後の予定について説明した。


「では僕は一度、あっち地球に戻ります。それで……」


エレンに顔を向けながら言葉を続けた。


「10分位でまたこっちトゥマに来る事が出来ると思うから、その後、ルーメルに転移で連れて行ってもらってもいいかな?」




【異世界転移】で地球のボロアパートの部屋に戻ってきた時、机の上の目覚まし時計は午後6時前……


「こりゃ!」


オベロンだ。

多分だけど、むくれているはず。


「おぬし! モグ、このタイミングで、ムシャ、【ひへかいへんひ】ふるとは、ゴックン、何事じゃ!」


やっぱりこいつはお茶会に用意されていたデザートやらなんやらを、思いっ切り頬張っている真っ最中だったらしい。

僕は手早くクーラーとテレビの電源を入れた。


「時間無いからさ。適当にくつろいどいて」


そしてまだぶつくさ文句を言っているオベロンを無視しつつ、右耳に装着した『ティーナの無線機』を使って呼びかけた。


「ティーナ……」


すぐに返事があった。


『Takashi! 今は部屋?』

「うん。でもまたすぐにあっちイスディフイに行かなきゃいけなくてね。それで今の状況は?」

『ちょっとtrouble発生中。具体的にはElevatorの操作盤を解析中よ』

「操作盤を解析?」


確か曹悠然ツァオヨウランは、操作盤の入力方法を知っている第608話はずだけど?


『制御室を制圧していざElevatorを呼ぼうとしたら、入力するべきCodeが、Caoの記憶とは違うものに変更されていたの。多分だけど、あなたとCaoが体験してきた“閉じて壊れた世界”と、何かしら流れに変化が生じているのかも』

「それで、解析はうまくいきそう?」

『何とも言えないわ。ま、いざとなったら扉を破壊して、Elevatorの縦穴を直接伝って地下の最奥部に降りるかも』

「なんだったら僕も手伝いに行こうか?」

『ありがと。だけど多分、こっちは私達だけでなんとかなりそうよ。今のところS級が現れる気配も感じないし』

「分かった。まあ二人とも僕なんかより優秀だし、大丈夫とは思うけれど、無理はしないでね」

『任せなさい。それでSekiya-sanとの連絡はまだなんでしょ?』

「うん。まさにそれを頼もうとしていたところなんだ」

『了解。じゃあgroup modeに切り替えるわ』


僕は改めて声を掛けた。


「関谷さん」


ややあって声が返ってきた。


『中村君? どうしたの?』

『ヤッホー。元気?』


関谷さんと井上さん。

二人とも平常運転のようだ。


「今、少し時間、いいかな?」

『大丈夫よ』

「実はさ……」


時間もないので巻き戻り云々の話はすっ飛ばして、僕は単刀直入に、エマティーナさんと曹悠然とが、現在進行形で黒い四角垂ピラミッドを破壊するべく作戦実行中である事、

作戦が終了すれば曹悠然をかくまい、かつ僕達の協力者として迎え入れようと思っている事等を説明した。


井上さんが途中で僕の話をさえぎってきた。


『待って待って! 色々ツッコミどころ満載なんですけど!?』

「ごめん。あとでもっと詳しく説明するよ。それであともう一つ、これは関谷さんにお願いしたいんだけど、鈴木って覚えているよね?」

『もちろん覚えているわ。もしかして、彼女がまた何かしたの?』

「何かしたってわけじゃ無いんだけどさ……」


僕は昨日第524話、鈴木自身から彼女が置かれている地獄のような状況についての話を聞かされた事、

そして今日、あいつに買い物含めた面接試験を課している事を説明した。


「この後、また急いであっちに戻らないといけなくてね。しばらく返って来られないかもしれない。だから鈴木との連絡、関谷さんにお願い出来ないかな? それで、エマさんとも相談しながら、あいつと直接会って話をして、あいつの人となりを見極めてもらいたいんだ。皆の意見を聞いてから、実際、僕自身や異世界について説明するかどうか決めたいからさ」


井上さんの呆れ声が返ってきた。


『ねえ、物凄いマルチタスクになってない?』


いや、だからお願いしているんですが。


「そうだね」


あとこれ、いつもの事なんですが。


『まあいいわ。実は今、車でしおりんちに向かっている最中なの。多分、あと10分もすれば到着するから、その後、地球防衛軍X最高幹部の一人として、私としおりんとでそのタスク、見事やり遂げてあげましょう!』

「ありがとう。助かるよ。それで実際に鈴木と会うってなったら、僕の部屋使って。カギはポストに入れておくからさ。そうそう、いつものあのワームホール、工夫しておいたから、エマさんと曹さんも終わったら僕の部屋に戻ってくる予定になっているよ」


って、ティーナさん、反応無いけれど、彼女の事だし、確実にこのグループトークに聞き耳を立ててくれているよね?



鈴木の連絡先を伝え、さらに細かい話を詰めた後、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。


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