第637話 F級の僕は、ノーマ様の消息を聞く


6月21日 日曜日32



シードルさんの屋敷4階バルコニーに【異世界転移】で戻ってきた瞬間、声を掛けられた。


「おかえり」

「エレン。ただいま」


彼女はバルコニーの隅、僕からは少し離れた建物の壁に、一人もたれるようにして立っていた。

ちなみに他の皆、ユーリヤさんにアリア、そしてララノア達の姿は無い。

多分だけど、あの後すぐにお茶会に戻ったのだろう。

エレンが笑顔で近付いてきた。


「それじゃあ、ルーメルに転移する?」

「うん。宜しく」


すぐ傍まで歩いてきた彼女が何かを唱えた。

瞬間、僕のルーメルでの定宿じょうやど(※いつも決まって宿泊する場所)であり、若干懐かしさも感じる『暴れる巨人亭』2階の僕が借りている部屋の中へと視界が切り替わった。

ルーメルの季節と時間は、日本のN市と完全に同期している。

つまりこの星の南半球に位置し、先程冬の午後2時半頃だったはずのトゥマとは異なり、ここ北半球に位置するルーメルは夏の夕方、午後6時半頃のはず。

窓から差し込む西日が部屋の中を茜色に染め上げている。


ここで留守番をしているというエレンを部屋に残して、僕は一人で廊下に出た。

1階、宿泊者用の飲食スペース兼酒場の方から、数人の男女がにぎやかに話す声が聞こえてくる。

時間帯からして、そろそろここに宿泊する冒険者達が戻ってくる頃合いだ。

そのまま廊下を歩き、階段を下りる途中で、階下で忙しそうに立ち働くノエミちゃんと目が合った。


「タカシ様!」


彼女の性格からして、ただかくまわれているだけっていうのは嫌なのだろう。

どうやら以前第22話と同じように、宿の仕事を手伝っているようだ。


挨拶代わりに、彼女に軽く右手を上げながら笑顔を返すと、近くで馴染みの冒険者達と軽口を叩き合っていた宿の主人、マテオさんも僕に顔を向けてきた。


「お! タカシじゃないか。相変わらず神出鬼没だな。お前、絶対部屋の窓から出入ではいりしているだろ?」


それ、前にも聞いた気がする。

苦笑しつつ、マテオさんに言葉を返した。


「すみません。お仕事、邪魔しちゃって」

「なあに、別にまだ何もしちゃいないよ。ま、本格的に忙しくなるのはこれからだ」


マテオさんと話していた冒険者達が席に着くのを見計らってから、改めて僕は彼とノエミちゃんに話しかけた。


「少しの間、ノエミちゃんをお借り出来ないですか?」

「ノエミを?」


マテオさんはちらっとノエミちゃんに視線を向けた後、僕にささやいてきた。


「いいぜ。どのみち本当は、こんなところで働かせたらダメなお人だしな」

「マテオさん」


エルフだからか、それとも単にマテオさんの囁き声が意外に大きかったのか……

ノエミちゃんはにっこり微笑みながら言葉を続けた。


「そういうお気遣いは無用です。元々、私がお願いして働かせて頂いているのですから」

「そうだったな。ま、そういうわけだから、のんびりしてきていいぞ」



ノエミちゃんを連れて部屋に戻った僕は、インベントリに収めていた『夢現のスカーフ』を取り出した。


「ノエミちゃん。これってどんなアイテムか分かる?」


スカーフを目にした彼女は、手に取るまでもなく即答した。


「『夢現のスカーフ』ですね」

「知っているんだ」

「知っているも何も、そのスカーフは私の祖母で先代の女王ノーマ様が、私の従姉妹、エミリアさんの嫁入り道具の一つとしてお持たせになられた品ですよ。エミリアさんとは年も近く、幼い頃には姉も交えて皆でよく遊びました。それがまだお若かったのにあんな事になられて……」


まあ従妹同士だったら、一緒に遊んで……って、あれ?

エミリアさんはユーリヤさんのお母さんで、確か彼女を生んですぐ、つまり19年前にはお亡くなりになっている。

その彼女とノエミちゃんは、よく一緒に遊ぶ位年齢が近かったって事は……


僕の考えが伝わったわけでは無いのだろうけれど、とにかくしんみりしかけた雰囲気を変えるかの如く、ノエミちゃんが悪戯っぽい笑顔になった。


「あら? タカシ様。もしかして今、私の年齢を逆算しようとしませんでした?」

「あ、いや、そんな事は……」


あるけれど。

しかし光の巫女という立場に加えて、年齢というファクターからも、本当はノエミ“ちゃん”なんて呼んだらダメなのかもしれない。


「うふふ。冗談ですよ。それで……」


ノエミちゃんがスカーフに視線を向けながら言葉を続けた。


「そのスカーフがどうかされましたか?」

「実はね……」


僕は手身近に、僕の世界で匿いたい人物がいる事、

その際、その人物がこうしたアイテムを使用可能であれば、より簡単に容姿を偽れるのではと考えた事、

等を説明した。


話を聞き終えたノエミちゃんが、申し訳なさそうな顔になった。


「ごめんなさい。そのスカーフの同等品、現状では、ご用意するのは恐らく不可能に近いかと……」

「そっか……」


ユーリヤさんも“逸品”という言葉を使っていた。

つまりそれだけ希少なアイテムって事なのだろう。

仕方ない。

曹悠然ツァオヨウランの容姿を変える手段、別の手を……

そうだ!

オベロンの時みたいに、ティーナさんとテオに頼んで、曹悠然用の光学迷彩機能付き戦闘服を用意してもらうっていうのもありかもしれない。

で、それを基本、四六時中身に着けておいてもらう。

あ、でもそれだと、彼女は喫茶店を訪れたり買い物を楽しんだりのような普通の生活は出来ないって事になってしまうな……


そんな事を考えていると、ノエミちゃんが意外な事を言い出した。


「一応、条件さえ揃える事が出来れば、私でも恐らく同等品を作成可能とは思うのですが……」


え?


「ノエミちゃんでも造れる?」

「はい」


彼女がうなずいた。


それなら……


「時間はかかっても構わないから、お願い出来ないかな?」

「実は……」


ノエミちゃんは口ごもりつつ、言葉を継いだ。


「その条件というのが、特殊な材料を使用して、特殊な手法で編み上げたスカーフに、私が神樹の間で祈りを込める事なので……」

「そっか……今の状態だと、どうやって神樹の間に近付くのかっていうのが最大の問題になるね」


本来ならば、光の巫女こそ神樹の間にいなければならない存在だと聞いている。

しかし今、光の巫女であるノエミちゃんは、自身のノルン様ノエル様から追われる身として、ここルーメルでかくまわれている状態だ。

その問題を解決する事無く神樹の間に近付けば、恐らくこの前と同じような事態第248話おちいるだけだろう。

まあ、スカーフ云々関係なく、この問題も出来るだけ早急に解決しなければいけない話なんだけど……


「ノーマ様がいらっしゃったらなあ……」


思わず言葉が漏れた。

500年前第157話のあの世界で会った彼女は、さげすみの対象となっていた獣人族のリーダー、ボレ・ナークさんと、周囲の反対を押し切ってまで面会し、盟約まで結んで下さった。

本当の意味で尊敬出来る素晴らしい女王陛下だった。

このスカーフもきっと、人間ヒューマン至上主義の帝国に嫁ぐ孫娘エミリアの身を案じて持たせたに違いない。


ただ、もうあれから500年が過ぎている。

アールヴ神樹王国での滞在時にも全然話に出てはこなかったし、エルフの平均的な寿命ってよく分からないけれど、彼女のノエミちゃん曾孫ユーリヤさんの世代が活躍するこの時代、既にこの世を去っていると考えてまず間違い……


「そうですね。おばあ様、もう御隠居なさっていますし……」


あれ?

ノエミちゃん。

今“隠居”って言った?


「もしかしてノーマ様、御存命なんですか?」


ノエミちゃんがうなずいた。


「はい。まだ亡くなられたとはお聞きしていないので、今も霊廟れいびょうで過ごされていらっしゃるかと」

「霊廟? アールヴの王宮か街中まちなかに、そういう施設なり場所があるって事?」

「いえ、霊廟は……」


言いかけてノエミちゃんは、なぜか途中で一度口ごもった。


「まあ、この場にはタカシ様とエレンしかいませんし、お二人にでしたらお伝えしても構わないでしょう」


そう前置きしてから、ノエミちゃんは“霊廟”と、必ずそこで余生を過ごす事が定められている“元”光の巫女の“隠居”について話し始めた。


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