第634話 F級の僕は、お茶会に突入する


6月21日 日曜日29



仕切り直しの【異世界転移】で再度戻ってきたシードルさんの屋敷の中。

僕に割り当てられている部屋の状況に、当然ながら特に変化は見られない。

つまり南向きの窓越しに優しい陽光が射し込み、静寂が辺りを支配している。

ララノア達含めて他の人影が無い事、時間的に見てモノマフ卿との会談が既に始まっているとは考えにくい事等合わせると、多分、例の“お茶会”を楽しむため、皆で外出しているのだろう。


そう見当をつけた僕は、扉を開けて廊下に出た。

視線の先、数m程の場所で、この屋敷勤めのメイド姿の若い女性が窓を拭いているのが見えた。

目が合った彼女が笑顔を向けてきた。


「お戻りになられたのですね」

「またすぐに出ないといけないのですが……ユーリヤさん達もどこかへお出掛けでしょうか?」

「先程、英雄殿のお連れ様がお越しになられまして、ユーリヤ様はじめ皆様、サロンの方でご歓談なさっています。ご案内しましょうか?」


やはりサロンでお茶会を楽しんでいるようだ。


「お願いします」



彼女が案内してくれたサロンは、屋敷の1階、中庭に面した場所に設けられていた。

小ぢんまりとした空間に、派手さは無いものの統一された感じの調度品が置かれ、南向きに大きな窓が設置されている。

サロンの中央付近には白を基調とした感じのクロスが敷かれた丸いテーブルが置かれ、パッと見、どうやら全員僕のよく知る女性達数人が紅茶を片手に、それぞれ話を弾ませている。

僕がやってきたのに気付いたのだろう。

彼女達が一斉に顔を向けてきた。


僕から見て丁度正面にはユーリヤさん

その右隣に(精霊の力で人間ヒューマンに偽装している)エレン、さらにそのまま反時計回りにターリ・ナハ、ララノア、クリスさん、ポメーラさん、スサンナさん、アリアの順番に座っている。

彼女達を代表するように、ユーリヤさんが立ち上がった。


「おかえりなさい。今ちょうど、タカシさんの話で盛り上がっていたところですよ」


え~と……

僕の話で?


なんだか猛烈に気にはなるけれど、今は向こうでメインイベント潜入破壊大作戦が進行中。

あんまりここで長話に興じるわけにはいかない。

いつも通りテーブルの上の茶菓子に勝手に手を伸ばしているオベロンは、いちいち突っ込むとうるさいのでこのまま放置しておくとして……

とりあえずの“要件”を済ませるべく、僕はユーリヤさんに近付き声を掛けた。


「すみません。まだ“向こう”での用事が終わっていないので、この後すぐに戻らないといけないのですが……少しだけお話、出来ないですか?」

「構いませんよ。さあ、どうぞ」


ユーリヤさんが、エレンとの間に空間を作ろうと椅子を動かし始めたので、慌ててそれを手で制した。


「あ、いえ、その……出来ればユーリヤさんと二人だけでお話したいのです」

「私と二人だけで?」

「はい。駄目でしょうか?」


僕が今、ユーリヤさんと相談したい話題は二つある。

一つは当然、モノマフ卿との会談について。

まあ、こちらの方は、予定の時刻の確認だけしておけばいいだろう。

実際の会談の場で、僕が発言させられる瞬間は多分来ない……と思いたい。

そしてもう一つは……


ユーリヤさんがかつて使用していた、そして今はエレンが使用している“精霊の力で容姿を変化させる事の出来る浅葱あさぎ色のスカーフ第307話”についてだ。


あれと同等品を借り受ける事が出来れば、

そして曹悠然ツァオヨウランがそれを使用可能であれば、

彼女が新しい容姿を得て、新しい人生をそこから歩み始めるのに大きな助けとなるはず。


ただし……


僕は目の端でスサンナさんとポメーラさん、二人の姿を確認した。

二人はエレンの本当の外見が魔族である事を知らないはず。

加えて彼女達、一般的な帝国の人々ヒューマンにとって、魔族は明確に敵対種族であると聞いている。

ここで不用意にスカーフの話を持ち出して、彼女達と共にテーブルを囲み、たまに頓珍漢な受け答えをしているであろう黒髪の少女エレンが、首に同じ色のスカーフを巻いている事に気付かれて、実は見た目魔族が偽って人間ヒューマンに姿を変えている……とバレないとも限らない。


そういうわけで、ユーリヤさんと二人だけで色々相談したかったのだが……


ユーリヤさんがなぜか探るような視線を向けてきた


「それは何か……私と個人的なお話をしたい……という事でしょうか?」


個人的といえば個人的だ。

なにしろ、ユーリヤさんとは全然関係の無い僕の世界で、僕の知り合いである曹悠然をかくまいたいって話なのだから。


「そうです」

「私は……構わないのですが……」


話しながら、ユーリヤさんがなぜか自分の左側に視線を向けた。

そこにはアリアの姿があった。

何かぶつぶつつぶやいている。


「タカシはユーリヤさんと、こ、個人的なお話がしたいんだ~。へ~。ふ~ん……」


アリアはなぜかいつもと違ったぎくしゃくした動きで、“左手で”紅茶のカップを手に取ると、思いっ切り飲み干した。

そして、彼女のさらに左手に座っているスサンナさんが、少し戸惑った雰囲気になっているところへ、クリスさんが口を開いた。


「アリア、それ……」


クリスさんはアリアが手にしているカップを指さしながら、くすりと笑った。


「スサンナさんのだよ?」

「え? あれ!?」


アリアが慌てた感じでカップをテーブルに置き、左隣のスサンナさんに思いっ切り頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! ちょっと慌てちゃって!」


……うん。

アリアにしてはそそっかしいな。

多分、こういうお茶会の雰囲気に慣れてなくて、それで言葉通り慌てちゃったんだろう。

こういう失敗って、よくある話だ。


ユーリヤさんが立ち上がった。


「タカシさん。その個人的なお話って、どうしても私と二人っきりで無いとダメですか?」

「はい。お時間は取らせませんので、そうしてもらえると大変ありがたいのですが……」


って、あれ?


項垂うなだれ、しょんぼりしているはずのアリアから、僕に向けて物凄い圧が放たれているように感じられる。

なんだろう?

あ!

きっとあれだ。

緊迫した状況が現在進行形の場所地球から、急になごやかな雰囲気の場所イスディフイにやってきたので、僕自身気付かない内に、神経がちょっと過敏になって、そんな風に感じているだけなのかも。


そんな事を考えていると、ユーリヤさんが(僕的には)よく分からない事を言い出した。


「抜け駆けと受け取られるのは、やっぱりフェアじゃないですよね」


抜け駆け?

何の話だろう?


「タカシさんのおっしゃる個人的なお話、アリアさんとエレンさん。それにララノアも一緒に聞かせてもらうわけにはいかないですか?」


彼女の言葉に……


アリアが顔をパッと上げ、

エレンはぴくっと眉を動かし、

ララノアはいつも通りフードを目深まぶかにかぶり込んでいる。


……ッテ、ナニコレ?


戸惑っていると、ユーリヤさんが“ねっ”とでも言いたげな感じで僕の顔を覗き込んできた。

彼女の澄んだ瑠璃色に輝く瞳に、僕の顔がはっきりと映り込んでいるのが見え……って!


「ちょ、ちょっと、ユーリヤさん?」

「はい。なんでしょう?」


にこにこされていますけれど、顔、近いですよ?

という言葉は飲み込んで……


僕はさりげなくユーリヤさんから顔を離しつつ、考えてみた。


ユーリヤさんの意図はよく分からないけれど、少なくとも彼女が挙げた3人。

アリアにエレンにララノア。

ユーリヤさんもアリアも、それにララノアも、エレンの外見が魔族である事を知っている。

だから彼女達なら、別に今から僕がする話に同席してもらっても全く問題は発生しないはず。

むしろエレンをこの場所から連れ出せるのなら、スカーフを一時的に又借りして、とにかく曹悠然の容姿を変更出来るかどうかだけでも確かめてきたいって提案も出来る。


「分かりました。それでは……」



―――ガタタッ!



大きな音を立てて、アリアが立ち上がった。

彼女は真剣そのものの表情を向けてきている。


「私も覚悟を決めたから。しっかり見届けてあげる」


見届けるってナニ?


ララノアも立ち上がっていた。


「ご……ご主人様に……お仕え……一生……」


うん。

なんだかいつもの5割増し位には前のめりな感じだけど、とにかく君には一生お仕えしてもらいたいと思っているよ。

って、“一生”っていうのは言葉のアヤだよね?


エレンも立ち上がっていた。


「……」


うん。

こちらはいつも通り……のような気がする



そういうわけで、僕は彼女達と一緒に屋敷の3階、バルコニーへと向かう事になった。


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