第582話 F級の僕は、曹悠然と共に甲板に向かう


6月23日 月曜日E3-3



甲板に続く通路もやはり、非常灯も含めて全ての明かりは消えていた。

しかし動力機関が破壊され、電源を失っているはずの船内は、不気味な程静まり返っている。

僕はその事に強い違和感を覚えた。

この貨物船、正確な人数は分からないけれど、昼に船内を見て回った感じでは、少なくとも十数人以上の“本物の”船員達が乗り込んでいたはず。

ならばこの緊急事態発生を受けて、叫び声やら駆け回る物音やら響いてきても良さそうなのでは?


だから僕は、隣にぴたりと張り付いている曹悠然ツァオヨウランに聞いてみた。


「他の皆さんは大丈夫でしょうか?」

「それはこの船の乗組員達、という事ですか?」

「そうです」

「ご安心下さい。彼等は皆、こうした事態でどう対処すべきか訓練を受けています」


それは貨物船の運航にたずさわる者として、当然受けているであろう通常の避難訓練みたいなのを指すのか、それとも実は彼等もまた中国国家安全部MSSに所属しており、そういう意味での“訓練”を受けているという事なのか……


それっきり、なんとなく会話が途絶えてしまったけれど、数分後、僕達は無事、甲板に上がる扉に辿り着く事に成功した。

扉に手を掛けた曹悠然ツァオヨウランが、やや早口でささやいてきた。


「この扉を開ければ、“敵”から何らかの形で接触コンタクトがあるはずです。彼等がもし日本語を使用して何かを伝えてきても、全て無視して下さい。救命艇は左舷やや後方に設置されているのを使用しましょう。もし戦闘になった場合は中村さんにお任せしますので、障壁の展開の方、引き続き宜しくお願いします」

「分かりました」



甲板に通じる扉を開けた瞬間、緑に染まっていたはずのゴーグル越しの視界が、いきなり焼き付いたかのように真っ白になった。

慌ててゴーグルを外した僕は、周囲が昼間のように明るく照らし出されている事に気が付いた。


どうやら、サーチライトみたいなのが照射されている?


しかし暗所に慣れていた僕の目は、強烈な光のせいですっかりくらんでしまい、それ以上には周囲の状況を、うまく把握出来ない。

視界が奪われる中、拡声器越しに、中国語、続いてそのすぐ後に日本語で呼びかけられた。


「Nakamura Takashi xian-sheng. Wo-men rai tan-tan 」

「日本国均衡調整課嘱託職員の中村隆君。話をしよう」

「!」


僕の存在が把握されている?

緊張感が背中をサッと駆け抜ける中、言葉が続けられた。


曹悠然ツァオヨウランを我々に引き渡し、この件から手を引いてもらいたい」


その時、僕の右隣にいる曹悠然ツァオヨウランが、僕の背中にそっと左手を添えつつささやいてきた。


「支援します」


その言葉と同時に、すーっと潮が引くように視界が回復した。

そして通常よりも明らかに五感が研ぎ澄まされ、全身に活力がみなぎってくるのを感じた。


「状態異常を全て解除しました。それと、不必要かもしれませんが、一応、あなたの能力値も5割程上昇させました」


僕は思わず曹悠然ツァオヨウランの方に顔を向けた。

しかし彼女は何でもない事のように、僕達の後方、進行方向から見て左舷を指さした。


「打合せ通り、救命艇を使って脱出しましょう」


うながされ、彼女と一緒に歩き出そうとしたところで、再び拡声器越しの声が聞こえてきた。


「君が曹悠然ツァオヨウランからどのような話を吹き込まれているのかは定かではないが、実際はこうだ。その女は、国家安全部MSS第二十一局にて非常に重要な職務を任されていたにも関わらず、国家を裏切り、非合法なテロリスト共の集団である『七宗罪QZZ』の創設に参加した。しかしその正体が露見しそうになると、今度は『七宗罪QZZ』を裏切り、彼等から命を狙われる事となった。そして自らの命惜しさに、立場を利用して国家機密を盗み出し、それを手土産に再度『七宗罪QZZ』に戻ろうとしているのだ。彼女が犯した罪は裁かれねばならない。これは我々の問題だ。君には手を引いてもらいたい。もちろん、君自身の安全は保証する。加えて、曹悠然ツァオヨウランの確保に協力してくれるなら、応分の謝礼も支払おう」


こうした呼びかけを行ってくるところを見ると、彼等は中国国家安全部第二十一局そのものか、少なくともその関係者って事なのだろう。


僕は移動しつつ、僕にぴたりと寄り添っている曹悠然ツァオヨウランに囁いた。


「彼等はもしかして?」


彼女は強張った表情のまま、小さく頷きを返してきた。


「……はい。私の同僚達です。ただし残念ながら、彼等こそ『七宗罪QZZ』と手を組み、国家に仇成す裏切り者達です」


曹悠然ツァオヨウランが足を止めた。

僕達の目の前には、長さ数m程の小型船舶が、小さなクレーンのような装置に吊り下げられていた。


「これが救命艇ですか?」

「そうです」


短く言葉を返してきた曹悠然ツァオヨウランは、慣れた手つきで装置の操作に取り掛かった。

三度みたび、拡声器を通して“日本語で”声が掛けられた。


曹悠然ツァオヨウラン。君の企みは既に破綻している。君に秘かに協力していた吴沐阳ウームーヤンも拘束済みだ。これ以上罪を重ねる事無く、速やかに投降する事を強くお勧めする」


曹悠然ツァオヨウランの手が止まった。


吴哥ウーグァ……」


それっきり絶句してしまった彼女の顔色は、蒼白になっていた。

彼女は少しの間考える素振りを見せた後、僕に向き直った。


「中村さん、お願いがあります」


そして僕の返事を待つ事無く、やや早口で言葉を続けた。


「どうやらこのままでは先に進めそうもありません。確認ですが、中村さんの障壁シールドは核兵器の爆心地にいたとしても耐え得る強度を備えているでしょうか?」


僕は右腕にはめている腕輪をエレンが用意してくれた時に、説明してくれた言葉第179話を思い返してみた。



―――1秒当たりのMP消費率は上昇するけれど、魔法、スキル、物理、ブレス……種類を問わず、星を丸ごと破壊するような攻撃であっても、全て完全に防御してくれるはず。



星を丸ごと破壊(!)するような攻撃も完全防御できるなら、核兵器の直撃位、なんともないはず……って、改めて言うのもなんだけど、もしかしてこの『エレンの腕輪』、反則みたいな道具なのでは?

まあ、用意してくれたのがあのエレンだし、”創世神エレシュキガルの希望の光転生体“なら、そんな魔道具を作り出すのも造作なかったのかも、だけど。


少し場違いな感慨を振り払いつつ、僕は言葉を返した。


「大丈夫なはずです」


それにもし障壁シールドを破られても、僕一人なら、『エレンの祝福』による即死無効が仕事をしてくれれば、そのまま死んでしまいました、とはならないはず。

それはともかく、なぜ今、そんな質問を投げ掛けてきているのだろう?

まさか曹悠然ツァオヨウラン彼女の能力物質の創造を使用すれば核兵器の創造が可能で、今ここで爆発させてこの貨物船ごと相手“敵”を吹き飛ばそうとか、そんなムチャは考えてないよね?


「1513987」


突然、彼女が数字の羅列を口にした。


「15……なんですか? それ?」

「1513987です。覚えて下さい」

「え~と、ですから何の数字ですか?」


もしかして、彼女のスマホの直通番号、とか?

それなら以前、彼女とはスマホを介して直接会話第317話を交わしているから、アパートに戻って僕自身のスマホを調べればすぐに分かるはず。


戸惑っていると、曹悠然ツァオヨウランが言葉を返してきた。


「時間が無いのでご協力をお願いします。1513987です」


仕方ない。

謎の数字とはいえそんなに長くないし、15意味13桑名987、とでも覚えるとしよう。


「1513987、ですね」


彼女の顔に、満足したような、しかし異様な寂しさを感じさせるような、不吉な表情が浮かび上がった。


「“戻ったら” 聊天程序チャットアプリを使って、直ちに“私”にその番号を送信して下さい。そして午後7時にあの北新地の休息室ラウンジ七面鳥に来て下さい。あとは……今回の旅路の話を“私”に伝えて下さい」

「まさか……」


止める間もなく、曹悠然ツァオヨウランが走り出そうとした。



―――やめろぉ!!



僕は知らず大声を上げ……

飛び起きた!



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