第581話 F級の僕は、曹悠然の戦い方について質問する


6月23日 月曜日E3-2



―――ズズズズゥゥン……



遠くで何かが破壊される衝撃音が僕達の部屋を揺るがせるのとタイミングを合わせるようにして、部屋の電気も消えてしまった。

そして僕の右腕に、曹悠然ツァオヨウランが飛びついてきた。


障壁シールドを!」


鋭い叫び声が上がり、僕は慌てて障壁シールドを展開した。


攻撃を受けた?

或いは船が何かに衝突するとか、予期せぬ事故が発生した?


しかし何者かがが部屋になだれ込んで来るとか、緊急事態発生を告げる船内放送が流れるとか、とにかくそういった何事も起こらないまま、周囲は静けさを取り戻してしまった。

ちなみに部屋の電気は消えたままだ。


数秒後、僕の右腕にしがみついている曹悠然ツァオヨウランが、囁くように口を開いた。


障壁シールドの防御半径は2m程とおっしゃっていましたよね?」

「はい」

「ではこのまま移動して、保険櫃ロッカーの物品を取り出す事は可能ですか?」


この障壁シールド、一度展開してしまうと攻撃的意図の有無にかかわらず、人は外部から内部に侵入する事は不可能第181話だ。

しかし今までの経験上、理屈は分からないけれど、展開したままでも物品ならば、障壁シールド越しに出し入れする事は出来る。


「多分、大丈夫なはずです」


僕の言葉を聞いた曹悠然ツァオヨウランは暗がりの中、僕の右腕を引っ張るように、ゆっくりと移動し始めた。

そして壁際に置かれた荷物入れに辿たどり着くと扉を開け、中から何かをいくつか取り出した。

そしてその内の一つを僕の左手に押し付けてきた。


「これは?」


暗がりの中、うっすら見える輪郭と手触りからすると、色々部品がくっついたゴーグルっぽく感じられるけれど。


「暗視と防毒に関する機構が付いた風鏡ゴーグルです」


短く言葉が返ってきた後、曹悠然ツァオヨウランの顔が近付き、彼女の髪から立ち上るほのかな香りが鼻孔をくすぐった。

彼女はそのまま、そのゴーグルを素早く僕の顔に装着してきた。

鼻と口、そして目元がそのゴーグルにより覆われ……

ゴーグル越しの視界が一気に明るくなった。

とはいえ、テレビでよく見るような、いかにも暗視スコープですみたいな、緑色に明るくって感じだけど。

すぐ目の前、緑の視界の中に浮かび上がる曹悠然ツァオヨウランも、慣れた手つきでゴーグルを顔に装着した。


曹悠然ツァオヨウランが改めて僕に向き直った。


「どうです? 見えますか?」

「はい」

「息苦しさは無いですか?」


問われて一度、大きく深呼吸してみた。

ビジュアル的には簡易マスクというか、フィルター越しに空気が吸い込まれているはずなのに、意外な事にほとんど違和感は無い。

そしてお互い、言葉も非常に明瞭に交わす事が出来る。

多分だけどこのゴーグル、中国国家安全部MSS御用達ごようたしの便利道具なのだろう。


僕はもう一度深呼吸してみてから言葉を返した。


「それも大丈夫そうです」


曹悠然ツァオヨウランは満足そうにうなずくと、僕を部屋の扉へと誘導した。

そして扉に手を掛けた後、一旦その手を下ろして僕にささやき掛けてきた。


「ここから移動する前に、今から私達が取るべき行動について、少し打ち合わせをしておきましょう」


そして僕の反応を確認する素振りを見せながら言葉を継いだ。


「おそらく“敵”は先程の最初の攻撃で、この船の動力機関と電気系統を破壊したはずです」


やはり彼女は先程の“衝撃音”を、何らかの“攻撃”によるものと認識しているようだ。


「もしかして、僕達がこの船に乗っている事、気付かれてしまった、とか?」


この貨物船を“特別手配”してくれたのは、僕達があの北新地で会った謎のすけすけネグリジェの人物第574話だ。

そして曹悠然ツァオヨウランは、“彼”――と呼んで良いと思うんだけど……すけすけネグリジェ越しの胸毛凄かったし――を友人と呼び、相当程度信頼している様子であった。

状況から類推すれば、あのすけすけネグリジェの人物は、彼女が所属する中国国家安全部MSS第二十一局の関係者で間違いないだろう。

しかし同時に彼女の話によれば、彼女の同僚たちの中に、『七宗罪QZZ』と繋がっている“裏切者”達がいるらしい。

ならば彼等が本気で調べれば、たとえあのすけすけネグリジェの人物が僕達を“売った”りしなくても、僕達がこの船に乗り込んでいる事実に辿たどり着けた可能性はある。


曹悠然ツァオヨウランが、少しうつむき加減になった。


「……分かりません。もしかするとまだ私達の行方はつかめておらず、とりあえずこの時期に秦皇島しんこうとうに接近する船舶に対して、“臨検”を試みているだけの可能性も……」


事前に教えてもらっている話通りなら、明朝8時に、この船は秦皇島しんこうとうに入港する予定だったはず。


言い淀みつつそこで言葉を切った彼女は、再び顔を上げた。


「とにかく“敵”が次に取るであろう行動は、排気系統を利用して、船内に有毒な気体ガスを流し込む事になるはずです」

「有毒ガス!?」

「害虫駆除と同じですよ。“臨検”対象が人間であれば、そうする事で対象を甲板へと誘導出来ますから」


なるほど。

だからこそこのゴーグルには、防毒機構が組み込まれているって事なのだろう。

ちなみに僕が今展開している『エレンの腕輪』による障壁シールドは、有毒ガスはおろか、放射能さえ完全に遮断する事が可能第229話だ。

まあ、曹悠然ツァオヨウランは僕が障壁シールドを展開出来る事をこの前第566話まで知らなかったみたいだし、その性能についても詳しくは把握できていないと思うけれど。


「では僕達は、このまま船内に?」


相手“敵”が甲板で待ち構えているのなら、わざわざ相手の思惑に乗らない方が良い気がする。

しかし曹悠然ツァオヨウランは首を横に振った。


「船内に留まっていれば、最悪、最終的には船ごと破壊されてしまうかもしれません。ここは既に我が国中国の排他的経済水域内です。この船をいかように“処理”したとしても、後でどうとでも説明する事が可能です」

「それなら僕達は、どうすれば……」

「このまま甲板に向かい、救命艇に乗り込み、この船を脱出しましょう」

「ですが甲板で待ち伏せされていたら? 或いは救命艇を攻撃されたら?」

「その時は申し訳ありません。“敵”の排除に関して、お手伝いをお願い出来ますでしょうか? もちろん報酬には加算させて頂きます」


こんな時まで報酬云々って……

少しばかり込み上げてきた場違いな可笑しさを一生懸命噛み殺しつつ、僕は言葉を返した。


「分かりました。よく考えたら船内みたいな閉鎖空間より、外に出た方がかえって戦いやすいかもしれませんね」


相手も“地上戦”に応じてくれるのなら、相手の人数や等級次第だけど、いつもの【影】大量召喚からのゴリ押し戦法が通じるかもしれないし。

あ、そう言えばインベントリの中に、『ガーゴイルの彫像』10個第388話あったっけ?

アレ使えば、レベル81のガーゴイルを10分って制限時間付きだけど、MP消費無しで召喚出来る。

曹悠然ツァオヨウランに渡しておけば、彼女の戦い方の幅が広が……って、待てよ?


重大な事実に気が付いた僕は、今更ながら曹悠然ツァオヨウランに聞いてみた。


「曹さんの戦い方って、聞いてもいいですか?」


魔法が得意とか、物理近接が得意とか。


僕の腕に絡められた彼女の腕が、僅かにぴくっと震えた。


「それは私の能力について知りたい、という事ですか?」


彼女の声にはあからさまな警戒感がにじんでいた。

彼女の性格をかんがみれば、こうした返しは想定内ではあるけれど、僕としても彼女に何が出来て何が出来ないかを知っておいた方が、戦いやすくなるわけで。


「まあ、そういう事ですね」

「……すみません。私の能力の一端は既にお見せしています。あれ物質の創造以外の能力に関しては、安全保障上の理由から伏せさせて下さい」


う~ん……ここはまず、僕自身の戦い方を開示した方が、話も通りやすいかな?


「え~と、僕は第567話にお見せした【影】……」


しかし途中でさえぎられてしまった。


「中村さんの戦い方に関しては、既に承知しております。ご説明して頂く必要はありません」


なんで知っているのだろう?

という疑問は置いといて。


「ですが曹さんの……」

「実際に戦闘に至った場合は全て、中村さんの好きなように戦って頂いて結構です。私を障壁シールドで護ってさえ下されば、決して足を引っ張る事は無い、とだけお伝えさせて下さい」


そして僕の返事を待つ事無く、再び扉に手を掛けた。


「では行きましょう」



こうして僕達は部屋を出て、暗闇の中、甲板目指して歩き始めた。


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