第577話 F級の僕は、【異世界転移】を試み、謎の情景を垣間見る


6月21日 日曜日E17



「YESかNOだけでも結構です。あなたは“あちら側”に渡る事の出来るスキルか能力をお持ちですよね?」


……曹悠然ツァオヨウランが本当は“何を視た”のか、聞き出すためには、僕の方も少しは事情を説明するべきかもしれない。


そう考えた僕は、黙っていなずいた。

曹悠然ツァオヨウランひとちた。


果然グォラン……」


そして質問を重ねて来た。


「では、あなたが最後に“あちら側”を訪れたのは、いつですか?」

「今日の午後、ちょうどそうさんからチャットアプリに届いていたメッセージを確認する直前、こちらに戻ってきました。そして既にお話させて頂きました通り、今の所、合わせて5回、全てその……こちら側に戻って来た瞬間へと巻き戻っています」


僕の話を聞いた曹悠然ツァオヨウランは、心なしか表情が険しくなり、何かをじっと考え込む雰囲気になった。

十数秒、沈黙が続いた後、僕の方が先にしびれを切らしてしまった。


「え~と、そうさん?」


彼女はなお少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「あなたが毎回、同じ瞬間へと巻き戻っているとすれば、そこには理由があるはずです。一応、お聞きしますが、心当たりは?」


心当たり?

そんなのがあれば、こんなに苦労しないわけで。

僕は少し苦笑した。


「僕にも理由は分かりません。そもそも、なぜそうさんがその……命を落とすと僕が巻き戻るのか、僕の方が知りたい位ですよ」


言葉を返してから、僕の方も一応聞いてみた。


そうさんの方は、何か心当たりって無い……ですよね?」


しかし意外な言葉が返ってきた。


「心当たりと言いますか、今お聞かせ頂いた話と、私が得ている情報とを照合すると、説明が尽きそうな仮説ならあります」

「仮説?」


彼女は頷くと、その“仮説”を口にした。


「元々、あなたが“あちら側”から北極海の玄武シュアンウを特殊な手段で攻撃、消滅させた事がきっかけで、この世界における時空連続体にゆがみが生じました。そのあなたが“こちら側”に戻ってきたため、因果律そのものの乱れに発展した、と考えられます」

「なるほど……」


しかし僕は、すぐに少し奇妙な事実に思い当たった。


「その……僕は北極海でスタンピードを起こしていたモンスターを斃した後、具体的には昨日ですが、一度こちらに戻って第514話来ていますよ。その後、またあちらに転移しましたが」


そう。

彼女の仮説が正しければ、時空連続体とやらの歪みが生じた直後、つまりレヴィアタンを斃した直後、地球に戻って来た僕は、直ちに【異世界転移】が出来なくなり、その時点へと“巻き戻り”を繰り返す事になるのでは?


「それは恐らく、時空連続体に歪みが生じている状況で、あなたが何度も“転移”を繰り返した事で、今日の午後、閾値いきちを超え、とうとう巻き戻り現象に発展した、とも言えるのでは?」


……こういう時、ティーナさんがいてくれれば、もっと、より突っ込んだ質問を曹悠然ツァオヨウランにぶつける事が出来たのに。


そんな事を考えていると、曹悠然ツァオヨウランがずいっと身を乗り出してきた。


「ところで今、あなたは“あちら側”に渡る事は出来ますか?」


「それは……」


って、よく考えたら、【異世界転移】出来なくなっている話、彼女は知らないんだっけ。

どうしよう?

でもまあ、いまさら取り繕うのもあんまり意味無いだろうし。


そう考えた僕は、正直に答える事にした。


「転移出来なくなっています」

「“転移”出来なくなっている? それは既に試してみた、と言う事ですか?」

「そうです」

「最後に試したのはいつですか?」

「最後と言いますか、“巻き戻る”たびに試しましたが、転移が不可能になっています」

「では“今回”は、日本時間で今日の午後1時半前、と言う事でしょうか?」


僕はうなずいた。

大体、それ位の時間だったはず。


「現時点でも“転移”出来なくなっているかどうか、確認してもらってもいいですか?」


昼間【異世界転移】出来なかったのに、今、急に出来るようになっているとも思えないけれど……


「分かりました」


僕はとりあえず試してみる事にした。


「【異世界転移】……」


その瞬間!

懐に焼ける様な痛みを感じ、唐突に耳鳴りが襲ってきた。

周囲の情景がゆがんでいく……



気付くと僕は、真っ暗闇の中、黒く輝くピラミッドの傍に立っていた。

高さは数mあるだろうか?

表面に継ぎ目は全く見当たらない。

そしてその底部は奇妙な事に、地面から数cm浮遊している。

ふいに、何者かがそばに立っている事に気が付いた。

その人物が声を掛けてきた。

それに対し、“僕”は何事も無いかの如く、言葉を返していく。

不思議な事に、見えているはずのその人物の顔を、僕は認識出来なかった。

加えて交わしているはずの会話の内容もまた、認識出来なかった。

やがて会話は終了し、相手はかつかつと靴音を響かせながら立ち去って行った。

“僕”の方はと言えば、認識出来なかったはずの会話の内容に、なぜか焦燥感だけが膨れ上がり……



……か村さん! 中村さん!」


呼び掛けられる声で、僕は“現実”に引き戻されていた。

曹悠然ツァオヨウランが、僕の顔を覗き込んできていた。


「もしかして、何か“視え”ましたか?」


視えましたか?


彼女の質問を頭の中で反芻しようとして、僕は違和感を抱いた。


「どうしてそんな質問を?」


まるで僕が何かを“視た”前提での質問に聞こえるのだけど。

しかし彼女は直接質問に答える代わりに、僕の胸元を指差した。


「胸元にお持ちの品、見せて頂くわけにはいかないですか?」


胸元……

言われて反射的に伸ばした指先に、服の上から丸く硬い感触が伝わってきた。


『追想の琥珀』


代々のアルラトゥ舞女に受け継がれ、最後のアルラトゥ舞女、メルが僕にのこした、形も大きさもアーモンドそっくりな無色半透明の宝玉。

だけどそれが僕の胸元にある事を曹悠然ツァオヨウランは知らないはず。

自然に顔が強張って来た。

それに気付いたらしい曹悠然ツァオヨウランが、軽く頭を下げて来た。


「申し訳ありません。ですが今しがた……」


彼女があの、“円柱形の小さな物体”――言葉通りとすれば、黒い結晶体定理晶の模造品――を右の人差し指と親指とで挟んで見せてきた。


「これが輝きを放ち、同時に中村さんの胸元でも何かが輝くのが見えたものですから」


言われてみれば、周囲の情景が歪む直前。胸元に焼け付く熱さを感じていた。

あの時、追想の琥珀もまた、輝きを放っていたのかもしれない。

しかしもしそうだとすると、これはどういう意味だろう?

まさか曹悠然ツァオヨウランが“創造”した黒い結晶体の模造品と、『追想の琥珀』が共鳴でも起こしたというのだろうか?


僕は懐に手を入れ、『追想の琥珀』を取り出した。

そしてそれを、曹悠然ツァオヨウランに見えるよう、右の手の平の上に乗せた。


曹悠然ツァオヨウランが問いかけて来た。


「それが何なのか、聞いてもいいですか?」

「その前に」


僕は彼女に、逆に質問した。


「どうして僕が何かを“視た”と思われたのですか?」


彼女は少しの間、硬い表情で僕に探るような視線を向けてきた。

しかしすぐに表情を緩めると、言葉を返してきた。


「申し訳ありません。つい一方的に、あなたからの情報提供だけを受けてしまいました。私の方もご説明しないと公平とは言えないという事ですね」


え?

いやそういう意味で聞いたわけじゃないんだけど……

どうやら曹悠然ツァオヨウラン的には、あくまでもお互いの情報を取引きしているって事なのだろう。


曹悠然ツァオヨウラン黒い結晶体定理晶の模造品に視線を向けながら言葉を続けた。


「実はコレは今まで3回輝きを放ちました。最初はコレを創造した時、2回目はあなたが玄武シュアンウを斃した時、そして3回目は今です。いずれの場合も、コレが輝きを放った時、隠されていたはずの真実の一端が垣間見えました。ですからあなたも同じ経験をされたのでは? と考え、質問させて頂いたのです」




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